0002 地獄の始まり
ヴァールトン・カシミリア作戦中佐は、この目の前の光景が忘れられなかった。少し操縦が上手くいっていれば、紛争省のビルに旅客機が体当たりしていたのだ。しかし、これは酷い。酷すぎる。可燃性の高い航空燃料で焼かれた乗客達とパイロット、それにハイジャック犯の黒焦げの骸が、機体が墜落した地面に転がっているのだ。ソメリト合衆国の歴史上、最も悲惨な光景である。102年前のテラース最終戦争でも、ここまで酷くは無かっただろう。
これは、軍事行動では無い。テロ行為である。あの最終戦争にて、この惑星「テラース」の天下を取ったとされる合衆国に対して、最初から民間人を1人でも多く殺す為に実行に移された、犯罪行為である。
102年の膿が、血と共に吹き出た結果であろう。今思えば、身内からも「酷い」「最悪」と評された「合衆国暦100周年記念式典」が、原因の1つとしか思えない。アイデア自体は否定しないが、実現した式典は「自己顕示欲」」に満ちたとんでもない代物で、発想は良し、ただ結果が最悪であった。
でも、自業自得とするのには、こちらが被った損失は大きすぎる。今回の「511」と呼ばれている同時多動テロにて発生した死者数は、確認できただけで4200人である。その大半がグラウンドゼロであるマニューバー市のデルタ・ビルにて被った被害である。
ヴァールトン作戦中佐は、近々大規模な出兵が行われると覚悟していた。大義名分はある。兵も艦も飛行機もある。しかし、今回戦う相手は、テロリストだ。これまで通りのルールが通じる敵とは思えない。紛争省は勿論、アッシュハウスに詰めている政府スタッフ一同、全員やる気ムンムンであろうが、思い切り水を差させるしか無い。
エミリー・プラス戦姫曹長を前にして、ギガント・クルス作戦大佐は厳しい目線を相手に向ける。彼女は「デルタ・ビルを守れなかった無能者」の筈であるが、政府広報の搦め手により「愛のヒーロー」とされている。旅客機の体当たりに対して、これを撃墜すること無くあえて武器を捨てて、ビルを庇って相手に非暴力を訴えた。「邪悪なヴィラン」はこれを受け入れずに、デルタ・ビルに突入し、これを完全に破壊した。愛無きテロリストに対話は不要。これを徹底的に叩くべし。
エミリー・プラス戦姫曹長の思っていた展開では無かった。スポークスマンによりいつの間にか英雄にされてしまったが、英雄は求められて創られる、消耗品の1つである。死ぬまで英雄であった人間は、特に軍人では1人も居ない。ここに居るのも、人間である。
ギガント・クルス作戦大佐は、彼女を見つめる。今日は、スポークスマンによる搦め手により英雄になったヒロインの労を労う訳では無く、守るべき命令を守れなかった自己中部下に処分を下す訳でも無い。今後の予定が決まったので、それをエミリーに伝える為に呼びつけたのだ。
「エミリー・プラス戦姫曹長、本日をもってマニューバー市地区護衛隊の任を解き、第1戦姫師団への転属を命じる。理由は言わんでも分かるかな」
「分かりません。私は負けたんです」
「そんなのは知っている。知っているんだ。正直な、私はお前が憎い。憎くてたまらん。デルタ・ビルとスカイバスター78便の乗員乗客、どちらを救うべきか、既に命令は下されていて、明確な方針が示されていたのにもかかわらず、お前はそれを無視して、自分の欲に負けて両方とも救おうとして、両方とも殺したんだ。分かるかっ!」
最後に感情が表に出るギガント。エミリーは一切反論しない。事実だからだ。認めるしか無い。どんなに弁明したとしても、任務に失敗した軍人が何をどう言っても言い訳にしかならない。
「グラウンドゼロには、私の弟が瓦礫と共に眠っている。これに報いるのには、全面戦争だけだ。限定戦争なんて緩いやり方では、第二、第三のテロリストを産むだけだ」
「その敵とは、何でしょうか」
「ベクトルスタンが支援していると言う反ソメリト合衆国テロ組織「ヘルベルダー」だ。連中は前々から小規模な反合衆国運動やテロ活動を繰り返していたが、今度はその活動の集大成として実行したのだ」
「それで、「ヘルベルダー」と戦うのですか」
「あいつらはピエロだ。こいつらを支援しているセントラル・イースト地方の反ソメリト合衆国勢力を纏めて叩き潰す」
「無謀です。今すぐ」
「黙れ!」
ギガント・クルスは、今度こそ感情を声に現す。
「何が無謀だ、何が無茶だ、そんなのは百も承知だ。もしアッシュハウスの求める通りの戦争を行えば、戦線は広すぎる! 地の利は敵にある! ゲリラ戦を行われたら手も足も出ない! 分かっているんだ! だがな、それで4200人の犠牲者をどう弔えというのだ、遺族に何と説明すべきだ、これで報復に出なければ、誰も我々を許しはしないだろうよ!」
ハリケーンは一頻り暴風を豪雨で周囲の空気を乱すと、元のギガント・クルス作戦大佐に戻り、エミリー・プラス戦姫曹長に告げる。
「既にアッシュハウスでは1分1秒でも早く主犯格に対する報復措置を行うべしと言う方向で話が進んでいる。準備出来次第、大規模な軍事作戦が行われるのは既定路線だ。今更、「愛」と「優しさ」に出番は無い」
「第1戦姫師団と言えば」
「そうだ、我が国が保有する戦姫部隊の中で最精鋭のエリート部隊だ。マニューバー市の護衛隊唯一の戦姫が転属するのだから、栄転だ」
「その程度の報告であれば、メールの一通で済む筈です。何故にわざわざ大佐のオフィスに呼びだされたのでしょうか。ご説明お願いします」
「個人的な動機だったとしても、許すか、許さないか」
「ただの確認です。お気になさらず」
「では、ハッキリ言ってやる。今回の第1戦姫師団への転属は、本官が強く要請した上での決定だ。今回の戦争、第1戦姫師団は最前線にて戦わされて、酷使されて、消耗させられて、神経を削られる過酷な任務が待ち受けている。「愛のヒーロー」が何処まで「愛」を貫けるかどうか。そいつを見てみたいと思って、お前をこの世で最も辛く残酷な世界に送り込むんだ。世間の馬鹿な大衆や、舌先三寸で物事を丸め込む狸の政府とは違い、俺はお前なんて絶対に認めないし、絶対に許さない。越権行為だろうと公私混同だろうと、どんな誹りを受けようとも、心が壊れた弟の妻と、実質上の孤児となった甥っ子の姿を見る度に、お前がもしあの時、命令に忠実であれば、違う世界があったかも知れないと思うのだ。そう思えば、お前の示した「愛」なんて無意味だ。自己満足だ。あいつらにそんなものは必要ない。そして、我々も必要としていない。お前のその「愛」を、俺は「憎悪」に作り替えてやる。待っているぞ。お前が単なるキラーマシーンになって、心も体もボロボロになって帰ってくるのをな」
「作戦大佐殿の本心は理解しました。何処へ配属されようとも、エミリー・プラスはエミリー・プラスであります」
「……それがお前の答えだな。まぁいい、好きにしろ。俺も好きにやらせて貰う」




