0019(第1章 完) 「正義」無き戦い
無我夢中。
その境地に至ると、人間はいとも容易く壊れてしまう。今の彼女こそが、マロニスティラ・ズィークトこそが、その証明であった。兎に角、こいつに、レンヴェル・マニストに対して、動きを封じる動きをしなければならない。
武器を使うか? いや、そんな猶予は無い。蹴るか? それも無い。さぁどうする、あと数瞬で、こいつは自爆する。動きを止めなければ、一瞬でも良い、その一瞬が欲しい。何でも良い、何か行動しなければ。
殴るか? いや、拳を作る暇がない。であれば、もういっその事だ。平手打ちにしてしまえ。何発でも、何十発でも、何百発でも、兎に角叩き続けるしか無い。こいつには、一瞬でも猶予を与えてはならない。何もさせない、声を出すのだって許さない。兎に角、一瞬でも相手に何か動きを許してしまえば、その間に自爆される。
そこには、もう如何なる屁理屈も存在してはいなかった。本能だけ、感情だけで、何の動機づけも無い。であるが故に、この瞬間のマロニスティラ・ズィークトこそが、この地獄の様な、否、地獄そのものの光景の中で、最もその地獄を体現した存在になっていた。
そして、レンヴェル・マニストを名乗る白人の女性が気絶したところで、ようやくマロニスティラ・ズィークトの手が止まる。彼女の指は、ところどころで皮が剥がれて、血が出ていた。美しかった、さっきまでは美しかった、レンヴェル・マニストの顔は、デカい瘤が2つ出来上がっていた。
事の始まりもまた、お互いに細かいことなど覚えていない。エミリー・プラスとマロニスティラ・ズィークトの2人の戦姫が、政治的な都合にて剣では無く警棒を構えている中で、巨剣を振り回すレンヴェル・マニスト。どちらが優勢なのかは、見た目には現れていた。一撃でも食らえば、身体が吹き飛ぶ巨剣を相手に、警棒とは言え棒きれ一本で、2人がかりで二本になっているとは言え、1度ミスすればそれで終わりと言う条件は変わらない。
それでも、エミリーとマロニスティラの中で、1つの疑念が根強くなっていた。こいつ、それ程強いのだろうか。強い? いや、この場合は「巧いか」どうかだ。力は互角である。得物に差があるだけだ。なのに、その得物を使いこなせていない。明らかに「訓練不足」。むしろ、こちらが徐々に押している展開である。
このまま押し切るか。そう思っていた矢先に、レンヴェルは距離を取ると、巨剣を地面に落として告げる。
「降伏する。私の負けだ」
エミリーもマロニスティラも、最初は警戒する。このまま相手を信用するほど、相手の言動に対して楽観視できない状況にある。このまま信用は出来ない。エミリーが、先ずレンヴェルに近づいていく。エミリーには、幾つかの選択肢があった。その中の1つを、エミリーは選んでいた。
近づいていく。1歩踏みだし、2歩前に出て、3歩、4歩、5歩ときて、遂にレンヴェルの身体に触れようとした時、その一瞬の彼女の不自然な動きを見て、エミリーは動けなかった。動く余裕があったのは、マロニスティラ・ズィークトだけであった。
終わった頃には、もうマロニスティラの頭の中には、何の感情も無かった。ただ1つ、残っていた感情は、達成感のみであった。もうこれ以上の働きは出来ない。周囲の銃声も落ち着いてきた。どうやら、この「托卵」と名付けられた作戦、勝ったのはこちららしい。
勝った。とは言っても、虚しいだけだ。「敵」はこれで最後ではない。これでセントラル・イースト地方の全ての混乱が収まる訳では無い。何で自分達はここでこんな事をしているのだ。
帰ろう。このでっかい白人女性を、恐らくはレンヴェル・マニストと言うキャラクターを背負わされた、何処かの雇われ戦姫を連れて、取り敢えずソメリト合衆国へと運ぶまで。こちらの、「任務部隊」の仕事はそこまでだ。
早速、生きたまま捕らえてきたレンヴェル・マニストに対して、探りが入れられたが、そのどれもこれもが、期待に反するものであった。出身国は勿論、年齢・本名すら不明で有り、分かっているのは白人であると言うことだけだ。
両頬の「瘤」が癒えてきたところになって、本人からの供述も捻り出そうとしたが、これも上手くはいかなかった。
「私は雇われただけよ。戦姫として産まれたけど、軍規違反をおかして軍を追い出されて、食い扶持を探していく内に、当時はまだ名前も無かった組織に雇われた」
雇われたら、何をやっても良いのか。
「仕方が無いでしょう。戦姫と雖も、食わねば死ぬのみ。愛国心とやらは、最低限持っていたつもりだったけど、キャラクターを演じていく内に、力が入っちゃって、過激な方向に行ってしまったわ」
これまで殺したメロス・ベクトルスタン・ダロス・カーディアス等々の国々での「デザートイーグル」が起こした、数多くのジェノサイドについて、何か思う所は無いか。
「何も無い」
アッシュハウスにて行われた報告会は、到底明るい代物にはならなかった。もっと分かり易い結末を用意して欲しかったのだ。悪逆非道の、不倶戴天の、絶対悪が必要だったのだ。純粋な悪のみを求めていたのに、蓋を開けてみたら、相手は「悪」ではなく、単なる「アルバイト」であった。
これでは、次の選挙で勝てるのか。バイト先であった「デザートイーグル」は、第2、第3のレンヴェル・マニストを雇えば良いだけである。何なら、レンヴェル・マニストが以前所属していた「ヘルベルダー」についても、各地に散らばって其処彼処にてテロ工作を行っている中で、こんな「つまらないシナリオ」は無い。恐らくは、メロス国に対する攻撃の理由であり動機づけ、「大量破壊兵器の有無」について、合衆国国民が味わった「絶望」と「失望」に匹敵する事実である。
だからこそ、この「アルバイト」に対する処罰については、国中で議論が起こっていた。生かしたまま一生償わせるべきだ。いや、死刑で良い。いやいや、物事の背景や繋がりについて、何も分かっていない中で、結論ばかり急くのでは意味が無い。四分五裂の議論が行われた末に、アッシュハウスと、合衆国最高裁判所は、以下の様な結論を出した。
「被告が所属していたテロ組織「ヘルベルダー」が行ったマニューバー市のデルタ・ビルへの同時多動テロにて、4200人もの犠牲を出した罪に関しては、これに関与した絶対の証拠が無く、今現在では根拠の無い噂話程度のレベルでしかない」
「被告の罪状の中で、唯一認められるのは「デザートイーグル」に所属している間に行われた現地住民へのジェノサイドに関するものだけであり、「ヘルベルダー」と共に行っていたとされる各テロ行為についてもまた、物的証拠も無く憶測で物事を見ているだけで、被告の犯罪について確たる証拠があるのは、テロ組織「デザートイーグル」の独立宣言後のジェノサイドのみである」
「よって、合衆国最高裁判所は、被告に65年の禁錮刑を言い渡す」
後に、「名前の無いテロリストなのに死刑に出来ない司法」と、後ろ指を刺される裁判となったが、65年の禁固刑は、彼女が行った事件について、重いのか軽いのか、判断しかねる微妙な一線であった。
ソメリト合衆国のメディアでも、この結末について、報じるのには勇気が必要であった。矢張り、「敵」に対してはそれ相応の「キャラクター」であって欲しいのである。その方が、分かり易く生きる事が出来る。物事を「善悪」でもって論じて、決して自らの「善」を譲らない、単純明快な「理屈」と「戦法」によって、弱者をひたすら打ち倒してここまでのし上がった「テラース」唯一の軍事大国が、ここへ来てその根本的な部分についての見直しを迫られる事態であった。
エミリー・プラスは、今一度、そこへ来ていた。グラウンドゼロ、マニューバー市にて崩落したデルタ・ビルの献花台には、未だに花を供える人々が絶えない。4224人の民間人の死者の名前が刻まれた石碑を前にして、エミリー・プラスに不意に話しかけてきたのは、老嬢である。
「あなたは、ここで剣を捨てた。それでも尚、得物を変えて砂漠で邪悪な「悪魔」を倒すはずだった」
老嬢は、腕に大きめのバッグを提げている。中身が何なのかは、分かっていた。だからこそ、エミリー・プラスはあえて黙っていた。
「今のあなたは、剣を持っていない。あなたはここで死ぬ事によって、私の娘夫婦と孫の犠牲の手向けとなるのです」
だったら、さっさとやれ。
その後、テロ組織が勝手に独立国宣言を出した「デザートイーグル」は、その地域での活動を完全に周辺諸国、それにソメリト合衆国の軍が抑え込んで、事実上の敗北まで持っていくまでに、エミリー・プラスの死後15年を待たねばならなかった。
第2章へ続く




