第6話:『最強たちの妥協点、あるいは2LDKの生存戦略』
メロが加わった翌朝。茜の2LDKは、これまでにない「ピリついた」空気に包まれていた。
食卓には、茜が執念で作り上げた「普通の朝食」が並んでいる。
水色のリエルは「わーい、ごはん!」と無邪気にスプーンを振り回し、銀色のミクはクローゼットの扉を数センチだけ開き、その隙間でトーストをハムスターのように齧っている。
そしてピンク色のメロは、ミクが変質させた元・高級ソファ(現・巨大エリンギ)に不機嫌そうに深く腰掛けていた。
「ちょっと! なんで私がこんな狭い箱の中に、こんな『得体の知れない女たち』と同居しなきゃいけないのよ!」
メロがリエルとミクを指差して吠える。
「えー、リエルはリエルだよー!」
「……うるさい。……ボクには、構わなくていい。……でも、クローゼットだけは譲らない……よ」
ミクは静かに、しかし強力な斥力バリアを物理的に展開した。近づく空気がパキパキと鳴り、メロの魔力と干渉して火花が散る。
「もう! そんなのどうでもいいのよ! 私はかつて一つの大陸を一人で灰にさせたし、あらゆる魔法体系の根源を解き明かして、至高の魔導理論を確立させた伝説の存在なのよ? この世界の理だって、私の魔法一つで跪かせてあげるわ!」
メロは苛立ち紛れに、禍々しい装飾の杖を振り回した。
「私は認めないわ。こんな軟弱な椅子も、魔力が一切こもってない食事も……!」
「あ、メロ! その杖をテレビのほうには向けないで!」
茜の制止も虚しく、メロの魔力が最新の4Kテレビに干渉した。
「……何よこの黒い板は! 私を閉じ込める術式の一種かしら!? 鏡よ、世界を映し出しなさい――【真実を映す鏡】!」
パリィィン! とテレビの表面が魔力でコーティングされ、ニュース番組の代わりに「毒々しい花が咲き乱れる異世界の荒野」が映し出される。
「テレビを異世界の監視モニターに変えないで!! 修理代いくらすると思ってるのよ!」
茜はこめかみを押さえて深呼吸した。
このままでは家が物理的にも経済的にも消滅する。茜は食卓を拳で叩き、コンサルの顔になった。
「いい、みんな。ここに住むなら、最低限のルール……『役割分担』を決めるわよ」
三人の最強が、一斉に茜を見た。
「まずリエル。あなたは『環境保全・管理担当』。何かあったらすぐに教えて。あと、家の壊れた部分はチートで『なかったこと』にして。現状復帰があなたの任務よ」
「はーい! リエル、お片付け担当だね! 得意だよ!」
リエルは「消去」と「修復」を履き違えている節があるが、ひとまず良しとする。
「次にミク。あなたは『物理ロジスティクス担当』。買い物袋を浮かせて運んだり、重い家具を動かしたり。でも、クローゼットに引きこもってていいから。無理はしないで」
「……。……ボク……浮かせるだけなら……やる。……でも、外は嫌……」
ミクはまだ茜以外とは目を合わせないが、小さく頷いた。
「そしてメロ。あなたは……そうね。その天才的な分析能力と魔力で、『家事プロセスの最適化』をお願い。掃除魔法とか、使えるでしょ?」
「……! 冗談じゃないわ! この大魔導師メロに、掃除なんて雑用を――」
「あら、残念。天才のあなたなら、この世界の『全自動洗濯機』や『電子レンジ』の仕組みを一瞬で理解して、誰よりも効率的にこなせると思ったんだけど……。無理ならいいわ、私がやるし。所詮は魔法より科学の方が合理的ってことね」
茜は、外資コンサル仕込みの「プライドを刺激する交渉術」を繰り出した。
「……っ! 言ったわね!? そんなの、術式を三つ! いや二つも組めば数秒よ! 私がこの家を一番完璧に管理してやるんだから!!」
メロはまんまと茜の策にはまった。
鼻息荒く立ち上がったメロの前に、茜は冷え切ったスープの入ったカップを指し示した。
「じゃあメロ、そこに白い箱があるでしょ? 『電子レンジ』っていうの。これは食べ物を温める機械なんだけど、やってみる?」
メロは目の前の白い家電を「鑑定」の魔法でじろじろと睨みつける。
「ふん、魔力も術式も感じない無機物……。はっ! 分かったわ。これは『対象の分子を強制振動させて熱を発生させる禁術の触媒』ね? こんなまどろっこしい箱を使うなんて、この世界の人間は怠惰だわ!」
メロは電子レンジを「低俗なライバル」と見なしたのか、不敵な笑みを浮かべて杖を構えた。
「出力効率が悪すぎるわ。熱伝導率の術式を直接書き込んで――見なさい! 本物の『熱魔法』がどういうものか教えてあげる! 【紅蓮の獄炎】!!」
「ちょっと待って! 火力調整を――!! それ爆発するやつ――」
茜の制止が間に合うはずもなかった。メロが放ったのは、巨大なドラゴンをも消し飛ばす極大魔法の火球。
しかし、ここでミクとリエルが動く。
「……お姉さんの家が、溶ける。……【反射】」
ミクの展開したバリアが、メロの炎を室内に拡散させないよう封じ込める。
「わわっ! じゃあリエルが『レンジの周囲を破壊不能オブジェクト』に書き換えるね!」
ドガァァァン!!
キッチンからピンク色の爆炎が上がった。
結果、レンジの中から「完璧な適温で温まったスープ」と、なぜか魔力を吸って黄金に輝く謎の生命体(スープの具材が変異したもの)が飛び出してきた。
「……勝ったわ。『変な白い箱』よりも私のほうが一億倍効率よく温められたわね」
メロがドヤ顔で、煤けた前髪を払う。
「いや、レンジ大破してるから! 本気で魔法を撃つやつがあるかー!!」
茜の絶叫がマンションに響き渡る。
メロは「ふん。ち、ちょっと出力計算をミスしただけよ……」とツン気味に顔を背けるが、その耳は恥ずかしさで真っ赤だ。
リエルが「あはは! 明日はリエルがチートで冷蔵庫と戦うね!」と笑う。
「もう戦わなくていいから! 平穏に暮らさせて!!」
三人はまだ、お互いを信頼しているわけではない。
リエルはミクが不思議でたまらず、ミクはメロの騒々しさに怯え、メロは二人を「得体の知れない刺客候補」として監視している。
その中心で、茜は天を仰いだ。
「……よし、とりあえずレンジは今度買い直すわ。私は会社に行ってくるから、家を……家だけは残しておいてね……」
茜が玄関を出る背後に、三人のバラバラな返事が響く。
最強の幼女たちが集結した2LDK。その平穏への道のりは、情報の改竄によって隠蔽され、物理法則からも排除され、魔導によって焼き尽くされ――。
あまりに遠く、そして険しいものだった。
著者あとがき
お読みいただきありがとうございます!
「みずいろドロップ」です。
ついに三人三様の役割(?)が決まりましたが、さっそく電子レンジが犠牲になりました。
文明の利器をライバル視する大魔導師メロと、それを無言でカバーするミク、楽しそうなリエル。
一ノ瀬茜さんの胃壁が削れる音をBGMに、第6話をお届けしました。
「冷蔵庫VSリエル」の回も……いつか書くかもしれません。




