第5話:『紅蓮の雨と、空から降ってきた最強最カワの魔法使い』
「……ミク、お願いだからそこで浮いてて。リエル、あなたはおもちゃを消去しないで片付けて。……って、聞いてる!?」
週末。茜は、もはや異界の駐屯地と化したリビングで掃除機を回していた。
年収800万。本来なら家事代行を頼める身分だが、リビングに銀髪の幼女が浮遊し、クローゼットが重力異常を起こしているようなこの家に他人を入れれば、翌日には政府の特務機関に連行されるだろう。
「茜、お掃除? リエルもやるー! これきれいにしなさいって登録すればいいんだよね!」
「……ボクは……いい。……埃、怖いし……」
リエルが身を乗り出す一方で、ミクはクローゼットの扉を数センチだけ開き、怯えた小動物のように様子を伺っている。
「いい、二人とも座ってて! 二人の『お手伝い』は、大抵ろくなことにならないから!」
茜の制止は届かない。リエルが掃除機を手に取った。
「この『ごみを吸う箱』、おなかすいてるみたいだね。リエルがいっぱい食べさせてあげる!」
リエルが指を鳴らした。
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【SYSTEM LOG】
対象:家庭用掃除機
コンフィグ書き換え ≫ 属性:【ブラックホール】
吸引力:【無限】
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「ちょ、待っ――」
ズゴゴゴゴ!!
家庭用掃除機から、およそこの世のものとは思えないブラックホールのような轟音が鳴り響いた。
埃どころか、カーペット、北欧ブランドの高級ソファ、果てはテーブルにある「来週の経営戦略資料」までが、事象の地平線の彼方へと吸い込まれていく。
「やめてぇぇ! 私のQOLと給料を吸い込まないで!!」
慌ててコンセントを引き抜く茜。掃除機は断末魔の煙を吹き、リエルの異常な能力に耐えきれず、ひしゃげた鉄屑へと「書き換え」られた。
「……あ。……ボクのところに……紙、飛んできた」
ミクがクローゼットの中から、吸い込まれかけた資料の一枚を不思議そうに摘まみ上げる。
「……お姉さん、これ……大事なの? ……直して、あげようか?」
「お願い、ミク! それだけでいいから!」
見かねたミクが、クローゼットの中から小さな手をかざす。
「……超能力……。……分子レベルで……再構成……」
ミクの銀色の瞳が光り、吸い込まれた家具たちが、空間を歪ませながら吐き出された。
しかし、他者との交流を断ってきたミクには「元通りの家具」という概念が希薄だった。
再構成されたソファは、なぜか巨大なエリンギのような形をしており、カーペットはざらついた砂漠の砂に変質している。
「……あ。……少し……間違えたかも。……やっぱり、ボクには……無理だ……」
ミクは申し訳なさそうにするどころか、「やっぱり自分は関わらないほうがいいんだ」と言わんばかりに、またクローゼットの中へ閉じこもってしまった。
「少しじゃないわよ! 私の家がメルヘンな地獄絵図になってるわよ!」
茜は膝から崩れ落ちた。
外資系コンサルとして数多の企業不祥事を解決してきたが、この「善意による物理的崩壊」をどうロジックで説明すればいいのか。
*
その日の夕方。
都心の空は、不吉なまでの「紫色の夕焼け」に染まっていた。
茜が嫌な予感を抱いて窓の外を見た、その時だった。
ゴオォォォッ!!
茜たちのいる階よりも遥か上空。空間がガラスのようにひび割れ、そこから極彩色の巨大な魔法陣が展開された。
中心から溢れ出したのは、これまでの二人とはまた質の違う、圧倒的な魔力。
「な、何!? テロ!? それともリエルの仕業!?」
「違うよ! あれは――」
リエルが叫ぶのと同時に、空からの「圧」が室内に叩きつけられた。
リエルの「無自覚な全能」と、ミクの「無意識な超越」が、外からの巨大な異能に呼応するように強く反応する。
ピキッ、とリビングの窓ガラスにヒビが入る。
リエルの周囲にデバッグウィンドウが乱舞し、クローゼットからはミクの銀色の波動が溢れ出した。
その「最強の反応」を、空中の少女は見逃さなかった。
「……見つけたわ。こんな辺境の世界に、これほどの力を隠し持っている者がいるなんて」
光の中から、一人の少女が舞い降りてきた。
鮮やかなピンク色の髪。手には禍々しい宝飾の杖。
少女は空中を一歩踏みしめるたびに、見えない階段があるかのように優雅に降りてくる。
彼女の鋭い視線は、室内で異能を放つリエルとミクに釘付けになっていた。
「この強大な魔力反応……。私の過去を狙い、追いかけてきた刺客かしら。……いいわ、邪魔をするなら、この世界ごと焼き払う……ッ!」
メロの背後に巨大な火炎の翼が展開され、杖の先が発火する。
対するリエルは「えへへ、あの子こっちへ来るみたい!」と無邪気に反応し、ミクは「……来るなら、消す……」と瞳を銀色に染める。
2LDKが、一瞬で「世界の終焉」の戦場に変わる。
だが。
「――やめなさいって言ってるでしょ!!」
その中心に割って入ったのは、異能も何もない、ただの社畜OL・茜だった。
「茜、危ないよ!」「……お姉さん、死んじゃう……」
二人が動揺する中、茜は真っ直ぐにメロを見据えた。
茜は見てしまったのだ。世界を焼き払うと豪語するメロの、杖を握る指先が小刻みに震えているのを。
その瞳が、刺客への憎しみではなく、孤独と空腹に耐えかねて泣き出しそうな子供のそれであることを。
茜はメロの前に立ち、膨れ上がる魔力の渦を無視して、お母さんのように言い放った。
「……そんなに怖い顔しないで。……あなた、お腹空いてるんでしょ? それに、どこか怯えてる」
メロの動きが、ピタリと止まった。
「な、何を……っ。私はメロ! 世界を統べる最強の魔導師よ! 食べ物なんて魔法で――」
ギュルルルル……。
静寂の中に、メロの可愛らしいお腹の音が響き渡った。
メロの顔が、自身の髪の色よりも深い真っ赤に染まる。
「うるさいうるさいうるさいうるさーーい!! 殺すわよ! 全員消し飛ばして、更地にしてやるんだから!!」
「はいはい、更地にする前に手を洗いなさい! ちょうど野菜炒めができるところなんだから!」
絶叫するツンデレ魔法使いを、茜は慣れた手つきで(あるいは半ば強制的に)リビングへ引きずり込んだ。
最強の三人が、ついに一つ屋根の下に揃った瞬間だった。
著者あとがき
お読みいただきありがとうございます!
「みずいろドロップ」です。
ついに三人目の最強幼女、メロが登場しました。
豪華な魔法で世界を焼き払おうとした彼女を止めたのは、最強の魔法でも超能力でもなく、茜さんの「野菜炒め」でした。
三者三様の最強っぷりと、それに振り回される茜さんの明日はどっちだ!?




