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第4話:『最強の2人はお留守番ができない』

「……いい? 二人とも。喧嘩はダメ。壁を壊すのもダメ。あと、知らない人が来ても絶対にドアを開けちゃダメよ。分かった?」


出勤前、茜はリエルとミクに何度も、それこそ重要クライアントへの最終プレゼン以上に熱を込めて言い聞かせた。


リエルは「はーい! 良い子にしてる!」と元気よく返事したが、銀髪のミクは、寝室のクローゼットの隅で膝を抱えたままだ。


「……ボク、ここから出ないし……。ボクに構わないで……」


壁を向いたまま、消え入りそうな声で呟くミク。

彼女にとって、この狭く暗いクローゼットは、外の世界から自分を守り、同時に世界を自分の破壊的な力から守るための『砦』なのだ。


服の隙間に身を潜めれば、自分の強すぎる力が周囲を壊してしまう恐怖から、ほんの少しだけ解放される気がした。


茜は後ろ髪を引かれる思いで、職場(せんじょう)へと向かった。


       *


茜がいなくなって一時間。

リビングには、しんと静まり返った気まずい空気が流れていた。


リエルは、茜が「これでおとなしくしててね」と置いていった知育菓子を、空中投影したデバッグ画面をいじりながら楽しそうに組み立てている。


ミクはクローゼットの扉の隙間から、その様子をじっと観察していた。


(……あの子、なんであんなに笑ってるの。ボクの世界には、あんなに光り輝くものなんて、なかった……)


ミクは他人が怖い。自分の強すぎる力が、周りのものを壊し、遠ざけてきた孤独の記憶が彼女を縛っている。

けれど、そんな自分を「面白ーい!すごーい!」と言って笑い飛ばすリエルの存在は、ミクの頑固な心の扉を少しずつノックしていた。


「ミクも一緒に遊ぼうよ! テレビっていうのがね、すごーく面白いの!」


リエルが気さくに呼びかける。ミクは肩を震わせ、さらに奥へと引っ込んだ。


「……ダメ。……ボクの近くにいると、ボクの力が……キミを消しちゃうかも……」


「消えないよ! リエル、『消えない』って世界に登録コンフィグしてるもん!」


「……理屈になってないよ……」


噛み合わないやり取りを繰り返していた、その時だった。


『ピンポーン。お荷物でーす。一ノ瀬様、サインお願いしまーす』


玄関から響いたチャイムの音に、二人は顔を見合わせた。「開けちゃダメ」と言われていたが、リエルは興味津々だ。


「ねえミク、あの箱の中、何が入ってるか見える?」


ミクは目を閉じ、玄関の向こう側を【透視スキャン】した。


「……。……あ。……甘い匂いのする、丸いもの。……何、これ。……ボク、こんなにいい匂い、嗅いだことない……」


孤独に耐えるため、ただ「生存」することだけに特化してきたミクにとって、この世界の『お菓子』が放つ甘美な香りは、あまりに暴力的なまでの誘惑だった。


孤独な胃袋が「きゅぅ」と小さな音を立てる。


「おいしそう! よし、開けよう!」


「……ダメだよ。……茜が、ダメって……。それに、ボク、知らない人……怖い」


震える声で止めるミクをよそに、リエルはすでに玄関のドアノブを掴んでいた。


「だいじょうぶ! 怖い人はリエルが消しちゃうから! ……あ、ロックの概念を『開放』に登録(コンフィグ)!」


ガチャン! と、最新の電子ロックが構造自体を書き換えられて解錠される。


「こんにちはー! その甘いやつ、リエルにちょうだい!」


「うわっ!? ……え、あ、はい……」


扉を開けると、そこには台車を引いた困惑顔の配達員。

想定していたこととは違い、突如飛び出してきた幼児に、彼は腰を抜かさんばかりに驚いていたが、リエルは気にせず荷物をひっ掴んだ。


ミクはクローゼットの中から、恐怖で体を強張らせながらその様子を見守っていた。

しかし、リエルが箱を抱えて戻ってきて、中身のドーナツ――茜が頼んでいた定期便の詰め合わせ――をミクの目の前に差し出した瞬間。


ミクの心が、そして重力が揺れた。


「ほらミク! これ、すごくいい匂いだよ!」


「……。……少しだけ、……なら……」


ミクは恐る恐る、クローゼットから一歩だけ外に踏み出した。


       *


数時間後、茜が帰宅したとき。


「……え、嘘でしょ……?」


玄関は開いたまま。床には宅配便の伝票が無造作に落ちている。

最悪の事態(空き巣、あるいは幼女たちの暴走)を想像し、心臓をバクつかせながらリビングに飛び込むと、そこには異様な光景が広がっていた。


ミクがクローゼットの「入口」に座り、リエルがその横に、少しだけ距離を置いて並んでいる。


二人の間には、ミクの無意識の超能力によって【巨大化】し、さらに【無重力化】してふわふわと宙に浮いたドーナツがいくつも浮かんでいた。


ミクは小さな口で、浮遊する巨大ドーナツを一生懸命、でもどこか幸せそうに頬張っていた。


「あ、茜! おかえり! ミクね、これ美味しいって!」


「……。……お姉さん、これ……美味しい……。ボク、またこれ、食べたい……」


まだ手は繋いでいない。視線も完全には合わない。

でも、彼女が自分からクローゼットの外へ足を出し、誰かと「美味しい」という感情を共有した。


それは、彼女の長い孤独な歴史における、小さな、けれど確かな一歩だった。


「…………」


茜は、怒るのを忘れてその温かな光景を見つめた。


――が、コンサル脳が瞬時に「()()」を引き戻す。


「……ちょっと待って。宅配の人に、この『浮遊する巨大ドーナツ』と『透ける美幼女』を見られた可能性、何%!? 誰か、私のコンサル能力でこの超常現象(コンプライアンス違反)を説明してぇぇ!!」


お留守番は、セキュリティ的にも隠蔽工作としても大失敗だった。

茜の激務に、「近隣住民への言い訳」という新たなタスクが追加された瞬間であった。

著者あとがき


お読みいただきありがとうございます。

「みずいろドロップ」です。


クローゼットに引きこもるボクっ娘ミクですが、ドーナツの誘惑には勝てなかったようです。

最強の二人にお留守番を頼むのは、世界を救うより難しいのかもしれません。


少しずつ距離が縮まっていく(?)二人と、一向に平穏が訪れない茜さんです…

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