第3話:『2人目の侵入者、ボクっ娘は重力を無視する』
深夜の2LDK。
疲れ果てた茜がお風呂場に向かおうとしていたその時、心臓が口から飛び出しそうになった。
窓際。月の光を背負い、銀色の髪を揺らして「それ」は座っていた。
「ひっ……お化け!? 侵入者!? ちょっと、ここのセキュリティはどうなってるのよ! 築浅オートロック、コンシェルジュ付きの2LDKがぁ……!」
悲鳴を上げる茜をよそに、隣にいたリエルは「あ!」と声を弾ませた。いつもの無邪気な笑顔で一歩前に出る。
「ねえリエル、この子……あなたの知り合い?」
「んー? リエルは何も知らないよ! 誰かいるね! お友達かなぁ?」
リエルは相手が何者かも、自分がどれほど異常な力を持っているかも分かっていない。
ただ「新しい誰か」がいることにワクワクして、全能の瞳で相手を見つめた。
しかし、リエルのチート能力――あらゆる情報を読み取る【マスター・ログ】をもってしても、その少女の周囲だけは、ノイズが混じったような「空白」になっていた。
「リエル、危ないから私の後ろに……」
「……あの子、リエルと同じくらい……ううん、リエルとは少し違う種類の『匂い』がする!」
リエルは無自覚ながらも、本能的に察していた。
目の前の少女が、自分と同質の「規格外」であることを。
沈黙する室内に、銀髪の幼女が静かに口を開いた。
「……ボクの世界には、キミみたいな『不自然』はなかったな。……キミも、この世界の人間じゃない……ね?」
銀髪幼女の瞳が銀色に冷たく光る。
瞬間、リビングの重力が反転した。
数十万した北欧ブランドの高級ソファが、ミシリと悲鳴を上げて天井に向かって浮き上がったのだ。
「わあ、すごい! お姉さん、浮いてるよ! 手品? リエルも混ぜてー!」
リエルは、銀髪幼女が放つ殺気にも似た威圧感を「遊びの誘い」だと勘違いして、ニコニコしながら指を鳴らした。
リエルが無意識に展開したチート作成のウィンドウが、幾何学模様となって空中に広がり、銀髪幼女が操る超能力の波動と激しく干渉し合う。
「ねえ君はだあれ? リエルはリエルだよ! えへへ、なんか楽しくなってきた!」
「…………ボクはミク。ボクの周りでは、すべてが、ボクに従う……」
リエルの無邪気な『世界の書き換え』と、ミクの静かな『物理法則の超越』。
リエルが「すごーい!」と声を漏らすたびに、部屋中の空気がパチパチと弾け、茜の家財道具が絶滅の危機に瀕する。
「待って! 二人ともストップ! ここ、賃貸なの! 敷金どころか賠償金で年収が吹き飛ぶからやめてぇぇ!!」
茜の命がけの絶叫が響き、ようやく二人は動きを止めた。
ミクがふいに指を下ろすと、重力から解放されたソファがドサリと床に落ちる。
「……お姉さん、うるさい……。ボク、ただ居場所を探してただけ。……ここは、ボクのいた場所より、ずっと暖かいものを感じる……」
ミクは脱力したようにフードを深く被り直した。その瞳には、幾年も孤独に過ごしてきた者特有の、寂しさが宿っている。
「うんうん、茜のおうちはいいところだよ! ミクも一緒に遊ぼう!」
リエルがミクの手をぎゅっと握る。
ミクは一瞬、びくりと肩を震わせて拒絶しようとしたが――リエルのあまりに屈託のない笑顔に毒気を抜かれたのか、小さなため息をついて視線を逸らした。
どうやら、勝手に同居が決定してしまったらしい。
世界を書き換える無自覚チート幼女に続き、物理法則をゴミ箱に捨てる脱力系超能力幼女。
茜の2LDKは、もはや都内の一等地のマンションではなく、全宇宙の特異点と化していた。
「……これ、まさか、あと一人増えたりしないわよね? もしそうなったら、マジで私、神様に喧嘩売ることにならない……?」
茜のその予感は、後々、ピンク色の、そして魔法陣と共にやってくる三人目によって、最悪の形で的中することになる。
彼女の「平穏」という名の貯金残高は、これから訪れる「はちゃめちゃ」によって、マイナスの彼方へと消え去る運命にあった。
著者あとがき
お読みいただきありがとうございます。
「みずいろドロップ」です。
一人でも大変なのに、二人目がやってきました。
リエルが「システム」担当なら、ミクは「物理」担当。
一ノ瀬家の壁の耐久度が心配ですが、茜さんのコンサルスキルでなんとかこの難局を乗り切ってほしいものです。




