表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/9

第2話:『出社、したくないのに付いてくる』

昨夜の「公園菓子盆事件」から一夜明け。

一ノ瀬茜の2LDKは、微かに甘い香りが残る異空間と化していた。


「……夢じゃなかった。マジか」


鏡を見ると、リエルのチートで「書き換えられた」肌は、高級エステに一年通い詰めたかのようにツヤツヤだ。しかし、茜の胃はストレスでキリキリと痛む。


玄関でパンプスを履こうとした茜の横で、水色髪のリエルが当然のように自分の靴を履いていた。


「よし、茜! 準備完了だね。リエルも一緒にその『かいしゃ』ってところに行くよ!」


「行くわけないでしょ! いい、リエル。私は今から『戦場』に行くの。子供がピクニック気分で来ていい場所じゃないの!」


茜は必死でリエルを部屋に押し込めようとした。しかし、リエルはニカッと笑って指を鳴らした。


「だいじょうぶ! リエル、だれにも見えなくしたよ。あと、茜の『つかれ』も全部消してあげる!」


パチン、と乾いた音が響く。


――――――――――――――――――――

【SYSTEM LOG】

対象:一ノ瀬茜

状態異常:【倦怠感】【睡眠不足】【精神的疲労】を消去

追加バフ:【認識阻害(リエル限定)】

――――――――――――――――――――


「……リエル? どこ?」


「ここだよー! おてて、つないで!」


何もない空間から声がする。触れると、確かにそこにリエルの小さな手がある。

この子を一人にするリスクと、連れて行くリスク。

コンサル脳がはじき出した答えは「目の届く場所に置く」だった。


「……いい? 絶対、何も触っちゃダメ。喋っちゃダメ。空気のフリをして」


「わかったー! リエル、窒素ちっそになる!」


……窒素の意味、知ってるのかな。

不安を抱えたまま、茜は地獄のオフィスへと足を踏み入れなければならなかった。


       *


大手外資系コンサル、オフィスフロア。

静まり返ったフロアに、無機質なタイピング音だけが響く。


茜がデスクに座ると、隣の空間から「へぇー、ここが戦場かぁ」と楽しげな小声が聞こえ、茜は心臓が止まりそうになる。


そこへ、フロアの空気を凍らせる足音と共に「彼」が現れた。

茜の直属の上司、通称『氷の処刑人』こと佐久間マネージャーだ。


「一ノ瀬君。昨日の修正案、まさかまだ出していないのかね?」


「あ、はい! 今、最終チェックを――」


「遅い。君の時給はいくらだと思っている? その給料に見合う価値を、一秒でも早くアウトプットしたまえ。……プロならね」


佐久間が茜のパソコン画面を覗き込み、冷徹にキーボードを叩く。

その時、茜の隣で「()()のフリ」をしていたリエルの空気が一変した。


(この人、茜をいじめてる……! めっ、だよ!)


「あ、リエル、ダメ――」


茜の制止は間に合わなかった。リエルが透明な手のまま、佐久間の背中を「ぽん」と叩く。


【性格改竄:強制ポジティブ】発動。


「……一ノ瀬君」


佐久間の声が、突然、聖母のような慈愛に満ちたトーンに変わった。


「君のこの資料、……なんて素晴らしいんだ! まるで宇宙の真理を映し出す鏡のようだ! ああ、君を急かしてしまった私を許してくれ。今すぐ有給を取って、ハワイにでも行ってきなさい。経費で! 私の自腹でもいい!」


フロア全員の手が止まる。


「マネージャー!? 急にどうしたんですか!?」


さらにリエルは止まらない。

茜が「今週中に終われば奇跡」と嘆いていた膨大な未処理データを、指先一つで【完全自動解析&超美麗スライド化】。


「できたよ、茜! これでゆっくり遊べるね!」


何もない空間から、神の如き整合性を持ったスライドが次々とプリントアウトされ、オフィスを舞う。


「一ノ瀬君! 私は君を愛しているぞ(部下として)! さあ、一緒にダンスを踊ろう!」


「落ち着いてくださいマネージャー! 誰か、救急車! いや、除霊師を!!」


周囲の同僚たちは「一ノ瀬が上司に呪いをかけた」と言わんばかりの恐怖に満ちた視線を送っている。

茜は、透明なリエルを抱きかかえるようにして(周囲からは虚空をハグする変質者に見える)、給湯室に駆け込んだ。


「リエル! お願い、マネージャーを元に戻して! あとスライドも消して! 人間の仕事じゃないわ!」


「えー? せっかく作ったのに。わかったー、もとに戻すね!」


リエルが指を鳴らす。

次の瞬間、オフィスから「……はっ!? 私は……何を……?」という佐久間の正気に戻った声が響いた。


同時に、舞っていたスライドは、すべてただの真っ白な紙束へと書き換えられた。


「……一ノ瀬君。私は今、何をしていた……?」


青ざめた顔で戻ってきた上司に、茜は引き攣った笑顔で言い放った。


「マネージャー、極度の寝不足による『一時的なトランス状態』ですよ。お疲れなんです。……この資料(真っ白な紙)も、精神的なデトックスの産物です。今日は早退して休んでください」


「そう……か。……すまない、今日は失礼させてもらう」


フラフラと去っていく上司を見送り、茜はデスクに突っ伏した。


本来なら数日かかる仕事をリエルが一瞬で「解決」してしまったせいで、茜の手元には、リエルの能力の残滓である「あまりに整合性が取れすぎている異常なデータ」だけが残った。


       *


深夜。ようやくリエルを連れて帰り着いた茜は、玄関で力尽きた。


「リエル……。明日からは、マジで……何もしないで……」


「はーい! 茜がお仕事しなくていいように、リエル、もっとがんばるね!」


「頑張らなくていいからぁぁ!!」


茜は、高給取りの証である高級ソファに倒れ込んだ。


明日の仕事は、リエルが作った「完璧すぎるデータ」を、わざと「人間がミスしそうなレベル」まで劣化させて作り直す作業から始まる。

これこそが、最強幼女を拾った社畜の、本当の地獄の始まりだった。


「……はぁ。お風呂入って寝よ……」


茜がフラフラと浴室へ向かおうとした、その時。


リビングの窓際、月の光が差し込む場所に、昨日まではいなかった「影」が座っていた。


銀色の髪。どこか虚空を見つめるような、虚ろな瞳。

ダボダボのパーカーのフードを深く被った、脱力系の幼女がそこにいた。


「……知らない人、こわい。……でも、ここは、温かい……?」


後に、茜の胃をさらなる絶望で焼き尽くすことになる二人目の最強幼女――ミクとの遭遇であった。


そして茜の2LDKは、いよいよキャパシティの限界を迎えようとしていた。

著者あとがき


お読みいただきありがとうございます!


「認識阻害」で透明になったはずのリエルですが、やってることは透明どころか派手すぎましたね……。

そしてラスト、二人目の幼女・ミクが登場です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ