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第30話 グランリーフの危機

 グランリーフには修行中のリーリエルとマリンがいた。苦労はしていたが〈バリア〉の修行は順調だった。自分の上達ぶりにマリンは確かな手ごたえを感じ始めていた。

「いい調子ね、〈バリアブレイク〉に対する対処も大分うまくなっているわ」

「そうですかね、ありがとうございます」

 休憩に入り、世界樹の木の枝の上で食事を取ることにする二人。この地での修行も随分と日数が経過していて、この場所から見る景色にも慣れたものだった。魔法の話や他愛もない雑談をしながら食事を済ませ、また修行に戻ろうとした時、リーリエルが何かを感じ取ったようだった。

「魔力だ、おそらく魔族の」

 北東の方角を指さして言った。

「魔族、ですか?」

「ええ、それもかなり大きい。修行は一旦終わりにして、私が行ってちょっと調べて来るわ」

 リーリエルは立ち上がり飛び立つ準備をする。

「私も一緒に行きます」

 マリンは真剣な顔つきでリーリエルを見る。少しの沈黙があった後に、

「わかったわ、一緒に行きましょう。今なら別々で遭遇するより二人一緒のほうがいいと思うから」

「ありがとうございます」

 〈バリア〉の扱いはうまくなっていたマリンだったが、飛行魔法は未だに習得できていなかったのでリーリエルに補助をしてもらっての空の移動となった。なるべく魔族に見つからないようにあまり高く飛ぶことはしなかった。今は何よりも先に魔族を見つけることが重要だった。

 しばらく移動してきたがマリンが肉眼で確認する限りでは辺り一帯に異変は感じられなかった。

「マリン〈バリア〉を張って!」

 反射的に球体のように二人がすっぽりと入る〈バリア〉を張るマリン。

 その直後に、張った〈バリア〉に、その倍はありそうなほどの青紫色の魔法による閃光が直撃したのだった。

 マリンの〈バリア〉のおかげで魔法攻撃を防ぐことができた。はみ出したところは軌道を変えて、下は森の木々を破壊して地面を削り取っていた。そのことからかなりの威力であることがわかる。

「ほう、これを防ぐとは、やるではないか」

 そこには角が生えた魔族と思われる者が二人空を飛んでいた。

 一人は漆黒の鎧にところどころ鋭くとがった装飾が施されているように見えたが、よく見ると鎧が体と一体化しているようにも見える。青く光る瞳が不気味に輝いている。頭部にはねじれた大小さまざまな角が八本生えていて、そこからは燃え盛るような橙色の炎が立ち上っていた。

 もう一人は紅い髪と紫に輝く瞳を持つ女魔族だ。黄金の王冠に似た装飾と赤紫色の角が二本生えている。彼女の衣装は金と紫を基調とした布と鎧の融合で、右手には青く光る武器を携えている。

「何者だ、お前たちは」リーリエルが言った。

「お前たちのどちらもカランではないことはわかる。だからお前たちに用はない。エヴァ、行くぞ」

 全身黒の魔族は質問に答えることなくエヴァという魔族と共に、何事もなかったかのようにこの場を通り過ぎようとした。

 すかさずマリンが再び二人それぞれを覆う〈バリア〉を張って、その移動を食い止めようとする。

「やめておけ、私に〈バリア〉は通用しない」

 言葉通りその魔族が〈バリア〉に触れると一瞬で〈バリア〉は消えてしまった。

 それを見たマリンとリーリエルは驚きを隠せないという様子だった。何故なら〈バリアブレイク〉を発動した形跡がなかったからだ。

「エヴァ、先に行っているぞ。この二人はお前が相手をしてやれ」

 エヴァという魔族は、まだ〈バリア〉の中にいた。「はっ」と言って全身黒の魔族を見送っているだけだ。だが焦っているという様子ではなく、マリンとリーリエルの方向を向いていた。そして少し間があってから〈バリアブレイク〉と思われる魔法を使用し〈バリア〉を破壊し始めた。

 リーリエルは逃げた魔族を追おうとしたがためらっていた。

「ここは私に任せて追ってください!」マリンが強い口調でそう言った。

 リーリエルはマリンの目を見た。覚悟を決めている目だ。霞ノ杜特有の星型の瞳の色が少し赤みを帯びているようにも見えた。

「……わかったわ。でも無理はしないでね」

 リーリエルは直観でわかっていた。マリンがこの女魔族に敵わないことを。あの全身黒の魔族が狙っているカランは、この大陸最強であることは間違いないことだが、しかし万が一やられてしまうことになったら、世界樹が枯れて人類が絶滅してしまうことになる。それだけは避けなければならなかった。リーリエルは飛行魔法でその魔族を追った。


 黒の魔族に追いつくのにそれほど時間はかからなかった。リーリエルの飛行魔法の速さなのか黒の魔族の飛行速度が遅かったのかはわからない。

「待ちなさい」

 黒の魔族に反応はなかった。リーリエルは攻撃魔法を放った。

 放たれた魔法は魔族に当たりはしたものの〈バリア〉の時と同じように一瞬で消えてしまったのだ。

「やっぱり魔法が効かない……」

 魔法に詳しいリーリエルでも何故なのかわからなかった。

「魔法で攻めるのが好きなやつだな。何度やっても無駄だ」

 それでもリーリエルは魔法攻撃をやめなかった。種類や属性を変えて様々な魔法を繰り出していく。しかしほとんどの攻撃魔法は効果がなかった。だが着弾の直前で爆発する魔法は効いているようだった。

「しつこいやつだ。少しお返しをするとしよう」

 そう言って黒の魔族はリーリエルに向かって何か魔法のようなものを放った。それはさっきまでリーリエルが放っていた魔法そっくりだった。

 リーリエルはすぐさま〈バリア〉を張ってそれを防いだ。

「まさか、私の魔法……?」

 続けて黒の魔族が魔法攻撃してくると、リーリエルは〈バリア〉を筒状に形成し、向かってきた魔法をその筒の中に通して出口から放出するということをした。

 放出された魔法はそのまま黒の魔族に向かっていったが先の魔法と同じようにかき消されてしまった。

「ほう、面白いことをするな」黒の魔族は言った。

 リーリエルは間髪入れずに唯一効果がありそうな爆発系の魔法を放った。

 黒の魔族は腕の形状を盾のように変化させてそれを防いだ。

「この魔法は苦手そうね」リーリエルは言った。

「くだらん。お前の茶番に付き合うわけにもいかん。邪魔をするものに容赦する気はない。そろそろ終わりにするぞ」

 これまで魔法らしきものを使用してこなかった黒の魔族がリーリエルとの間の空間に向かって手をかざす。

 〈グラビティコラプス〉

 空間に歪みが発生してあたりのものが吸い寄せられる。リーリエルはいち早くそれを察知して逆方向に飛行して速度を上げた。

 地面に生えていた木々根っこから引き抜かれて歪んだ空間に飲み込まれてメキメキと音をたてて粉々になっていった。

「これは一体……」

 吸い込まれる力と逆方向への飛行速度は最初の方は拮抗していたが、吸い込まれていく物体が増えるにつれて、歪んだ空間へと体が引き込まれていく力が強くなっていき、徐々に距離が詰まってきている。

「さあ、どうする。このままだと吸い込まれて身体が潰れてしまうぞ」

 黒の魔族は腕組みをして挑発的な態度をとっている。

 〈マスディスパージョン〉

 リーリエルは飛行状態を維持しながら別の魔法を唱えた。その魔法は歪んだ空間に少しずつ作用し、外側から内側に向かって元通りの空間に戻っていった。そして少しの間、辺りに虹色の靄のようなものが溶け込んでいき、そして消えていった。

「ほう、これを打ち消すとはなかなかやるな。これほどの人材を無くすのは惜しい、よかったら俺たちの仲間――」

 黒の魔族は言い終わる前にリーリエルとは別の方向に視線を向けていた。

 視線の先に注意を向けると、何かが高速で移動している飛行音がかすかに聞こえた。しかし視覚的には何も見えてはいない。

 黒の魔族は何も言わずに視線の先へ飛行移動していってしまった。先ほどまでのリーリエルとの戦闘が取るに足らないことだというように。

 リーリエルは追おうか迷っていた。黒の魔族が謎の飛行物体のもとへ向かったように見えたが、目的がわからなかった。そもそも先ほどの二対二の状態で戦闘になっていたら自分たちは負けていたはずで、あの魔族はそれをしなかった。そしてリーリエルはカランのもとへ行くことを優先することにした。きっとマリンは大丈夫だ。自分の心にそう言い聞かせて。

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