第29話 悦殺のイサドール
パーたちは今日の訓練を終えてギルドの依頼で薬草などの採取をしつつ周辺の調査をしている。同行しているのはアンナとダロスだ。
「兄貴、こんな依頼さっさと終わらせて、また魔物討伐に行こうぜ!」
そう言ってきたのはダロスだ。パーとダロスの結着は短期間であっけなく終わりを迎えていたのだ。訓練を受け始めてからのパーの成長はすさまじく、ほどなくして行われてた野試合で圧倒的な差がついていた。
「これも大事な仕事っすよ、ダロス」
「ちぇ、なんだよ。じゃあ俺が先にってチャチャッと済ませてきちまいますよ――」
「おい待て、ダロス」
アンナはやれやれという感じで首を横に振りながら、一人で走っていったダロスの後を追った。
この周辺調査は定期的に行っているが、今までに不穏な気配などを感じることはなかった。そして今日もいつもと同じだとパーは思った。少し雲がある晴れた空に、心地よい風が吹いている。
「霧が、拡がっている……」
いつもならまだ先にあるはずの霧が街の方向に向かって拡がっていた。嫌な予感がしたパーは急いで霧の境界に近づき、辺りを警戒した。数人の生き物の気配が匂いを通して感じられた。だが先に行ったアンナとダロスの姿はない。霧の中に入っていったのかもしれない。
ゆっくりと霧に近づくパー。
すると急速に何かが近づく足音がしたかと思うと、霧から刃が飛び出しパーに向かって振り下ろされる。
「〈パリィ〉!」すんでのところで攻撃を避けることができた。
「なんだよ、ちったあ骨のあるやつがいるじゃねえか」
出てきたのは腕が四本で下半身が蛇の見た目をした魔物だった。四本の腕にはそれぞれ武器を持っている。
「ナ、ナーガ」少し驚きながらパーが言った。
「そんな下等生物といっしょにするんじゃねえよ。おれはイサドールだ。イサドール様と呼べ。まあすぐに死ぬやつに名乗っても仕方ねえか。キャハハハ」
「おい、オークが二人こっちに来たはずだ。二人はどうした!」
「口の利き方がなってねえな、ほらよ」
イサドールはそう言いながら霧の中から何かをこちらに投げてきた。
ごろごろと地面を転がってきたものはアンナ、ダロス、そして見知らぬオークの子供の切り取られた頭部だった。
「これは……、まさかお前が!」
「なんだよ、俺以外に誰がやるっていうんだよ、バカかお前は」
「貴様ー!」
パーは勢いよく飛び出し、イサドールに向かって攻撃を繰り出す。
〈スラストラッシュ〉
〈スラスト〉を連続で繰り出すスキルだが以前とは威力が比べ物にならないほど強力になっている。
イサドールは蛇の下半身をうまく使って状態を反らせて攻撃をかわしたり、曲剣を使って槍をはじいたりして大きい体のわりに素早い身のこなしを見せていた。
攻守が交代し、今度はイサドールが攻勢にでる。四本の腕に持ったそれぞれの武器がパーに襲い掛かる。パーは〈パリィ〉でなんとかそれをしのいでいる。
しばらくその攻防が続き、苛立ちを覚えたイサドールが力を込めた連続攻撃を繰り出した。パーを〈バリィ〉では捌ききれずによろけて態勢を崩した。それをチャンスとみたイサドールが渾身の一撃を繰り出した。
〈ジャストパリィ〉
完璧なタイミングでの〈パリィ〉それは相手の攻撃は強いほど効果を発揮する。
イサドールは大きく体勢を崩す。
パーはこの時を待っていたのだ。〈ジャストパリィ〉成功時にのみ発動できるスキル〈ストームスラスト〉を放つ。それはイサドールの右上下腕の間を貫通して首を刈り取るところまできていたが、イサドールが持っていた武器によって僅かに軌道がそれて後頭部の下あたりを削り取る程度になった。
貫かれてちぎれた腕がぼとりと地面に落ちる。
「うぎゃあああ、いてえええー」イサドールが大きな叫び声をあげる。
失敗した、パーはそう思った。腕を一本失ったとしても致命傷にはならず、追撃することもできない。
「あああふうあー、ふはっはっはっはー」イサドールは腕がちぎれてなくなった患部に力を入れて出血を止めた。
「何がおかしいんだ」
「ふっふっふ、まさかお前みたいなのにこの力を使わなきゃならないとは思わなかったぜ。そういえば昔、お前らと同じ種族のやつを相手にした時も力を使ったな。そいつも槍使いだった。強かったなあ……、おかげで仲間どもに逃げられちまった。さあ、お前はどうかな」
イサドールは低く唸りながら力を溜める。人型の顔が蛇の見た目へ変わっていき、体の鱗も盛り上がって形態が変わっていく。なくなった腕もその患部からもりもりと生えてきて元通りになった。
「ふうー、今度はこっちの番だ」
イサドールがパーに襲い掛かる。だがまたもパーの〈ジャストパリィ〉が決まる。
「ガアアアー」
放たれた〈ストームスラスト〉はイサドールの口から出た衝撃波のようなものでかき消されてしまった。パー自身も吹き飛ばされて膝をつく、さらに体に無数の切り傷のようなものができた。
「どうした、もう終わりか?」
イサドールはゆっくりとパーに近づく。
パーは〈スラストラッシュ〉を放つが、いとも簡単に弾かれてしまう。
そして二つの斬撃。ぼた、ぼた、と何かが地面に落ちる。
「ぐあっ、ああっ」
地面に落ちたのはパーの左腕と右足だった。傷口から勢いよく血が噴き出るが、常備していた回復薬を飲むことで手足は元には戻らないが、血を止めることはできた。
「ひっひっひ、あの槍使いのやつと同じようにまずは手足を一本ずつ切ってやった。その時そいつなんて言ったと思う?」
パーは何も言わずイサドールを睨みつけていた。
「そいつ『正義は勝つ!』って言ったんだぜ。笑えるよなあ、死んじまったら勝つもクソもねえってのに――この戦いにも飽きた、そろそろ終わりにするか」
イサドールはじりじりと近寄っていきパーを見下ろす。
「正義は勝つ!」
圧倒的に不利な状況で、パーのこの言葉が虚勢なのかはわからない。イサドールは気にも留めず、少し呆れた様子だった。
「ふっ……、あばよ」イサドールは武器を持った手を振りかぶる。
「そいつの言う通りだ」
微かな斬撃の音と共にどこからともなく声が聞こえた。イサドールの一番上の腕の下から反対側の脇腹にかけて薄い線のようなものが走った。その線の上と下が次第にズレていき、上の部分がドサッと地面に落ちてすぐに断面から勢いよく血が噴き出した。
「はへ?」
イサドールは一瞬何が起こったか理解できていなかった。地面から自分に近づいてきた影の方へ視線を向けると見知った顔が見えた。魔界樹の主タレスとその腹心エヴァリストだ。何かの魔法がかかっているのかパーからは姿がはっきりとは見えない。
「タレス様、何故ここに――いや、私にこんなことをしてただで済むと思っているのですか?」
タレスは返事をすることなくイサドールの頭部を踏み潰した。
「タレス様、よろしかったのですか?」
「大丈夫だ。ソーンダースのことなら手を打ってある。今までのこいつの行いを考えれば生ぬるいくらいだ」
タレスは拳に力を籠め、口をゆがませた。
「おい、そこのゴブリン。カランというやつを知っているか?」
パーは返事をすることなくうなだれていた。イサドールとの闘いのダメージが大きくてしゃべれないわけではない。あれほどの強者であるイサドールを一撃のもとに葬った敵とも味方ともわからない状況に戸惑っているのだ。
「ん、しゃべれんのか。魔族以外の治療は少々厄介だが……」
タレスはパーに近づき〈ヒール〉を唱えた。
「どうだ、これでしゃべれるか?」
「知らないっす、知ってても言わないっす」
「ふっ、そうか……」
その時に遠くからものすごい速さでこちらに駆けつけてきている何かがいた。
「パー!」
駆けつけてきたのはヘルレイムだ。パーの目の前に立っているタレスを敵だと判断し、攻撃を仕掛ける。
〈破竜百裂拳〉
「うおおおおーー」
ヘルレイムの無数の拳がタレスに襲い掛かる。しかしタレスはその攻撃をいとも簡単に片手で防いでいる。そしてもう一方の手でヘルレイムの腹部を殴った。
ヘルレイムは勢いよく吹き飛びかなり遠くまでいってしまった。
「ふむ、思ったより丈夫なやつだな。だがカランではなさそうだ。カランがあんなに弱いはずがない――パーといったか、今回は見逃してやる。しかし次に会った時は容赦しない。『正義は勝つ』俺もそう思っている、いや勝たねばならんのだ。エヴァ、行くぞ」
「はっ」
タレスとエヴァリストは空を飛んでこの場を去っていった。パーは何もすることができなかった。少しするとヘルレイムの後を追ってきた部隊が駆け寄ってきた。
パーはここまでの極限状態から解放されたせいもあってか、眠るように意識を失った。




