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32.紫紺の炎と昔話

深淵を覗いた時のような紫紺の炎。

それが彼女の手のひらで燃え盛り、

部屋の温度を急激に温める。

普通の赤い炎と何か違うのかと聞くと、

普通の炎に比べて物を燃やす速度が早く、

水をかけても簡単には消えないと

ティファは答えてくれた。

彼女の炎を燃やす魔法は

魔法としてはごく一般的なのだが、

それが赤以外の色をしているのは珍しい。

かつては王に仕える騎士として

様々な者と戦ってきた過去を持つロアンでさえ、

紫紺の炎というのは初めて見たそうだ。

魔力すらない私にとっては、

赤くともそうでなくとも

魔法が使えるというだけで羨ましいのだが、

どうやらティファにとってこの魔法は

自分を嫌いになる理由だったらしい。


「俺は…村では異端者のような扱いだった。」


私の体調が完全に回復するのを待ってから

彼女が私たちに語ってくれたのは、

吸血鬼の過去と彼女が産まれ育った雪国の話だった。

吸血鬼の主な食料は動物の生き血であり、

古の時代にはその圧倒的な力で人間の村を支配して

定期的に生け贄を捧げさせていた。

しかし、人間たちが魔法の力で

吸血鬼に抗うようになると、

瞬く間に大きな争いへと発展する。

その結果、人間でも吸血鬼でもない他の種族が

争いを鎮めるために介入する事態となり、

最終的に吸血鬼の一族は人間の村から離れた

隠れ里でこそこそと暮らすようになった。

それでも最初のうちは吸血鬼の本能を抑えられずに

人間を襲う者も少なからずいたのだが、

長い時が流れて世代が変わる中で

次第に吸血欲も薄れていき、

今や吸血鬼は生き血なんて飲まなくても

牛やヤギなどの肉や乳で食欲を

満たすことができている。

そして、吸血鬼という存在が絵本の中でしか

語られなくなった時代に産まれたティファは、

ある特異な才能を持っていたのだ。

それが彼女の手で燃えている紫紺の炎である。

コウモリのような翼と鋭い牙。

吸血鬼が持つ特徴というのはいくつかあるが、

その中で世界のほとんどの人間が知らない特徴。

吸血鬼の扱う魔法が決まって炎であることだ。

全てを燃やし尽くす炎。

欲望も渇望も希望でさえも焼く炎。

吸血鬼の一族はみんな、赤い炎を持っている。

ティファが初めて手に紫紺の炎を灯した時の

彼女を見る両親の目は、

何よりも深い絶望に染まっていたという。


「炎の汚れは魂の穢れ……赤い炎を燃やせない、

俺はたったそれだけのことで

生きるべき場所を失っちまった。」


かつて起きた人間と吸血鬼の衝突。

その際に敵を作りすぎてしまった一部の吸血鬼は

復讐や憎悪といった負の感情の的となり、

人間が行った集団儀式によって

魂までも呪われることとなったらしい。

その呪われた吸血鬼の最たる特徴が

赤い炎を燃やすことができないことであり、

そう、これはまさに吸血鬼の中の忌み子だ。

赤い炎を灯せない吸血鬼は仲間ではないと、

過去の因縁や軋轢が産んだ負の遺産。

罪を背負わされているだけの無垢な命。

同胞から石を投げられ、後ろ指を差され、

寝床にはゴミを捨てられた。

……しかし、ティファの悲劇はここで終わらない。


「奴は自分をデビルハンターだって名乗ってたが、

同胞を次々に殺していくあいつの姿は

頭のイカれた殺戮者にしか見えなかったよ。」


この世界には人間以外の種族は悪だと決めつけ、

一方的に敵意と殺意を押し付ける人間がいる。

それがデビルハンターだ。

妖精やエルフ、人魚、そして吸血鬼。

そういった種族の存在が希少であるが故に

私も噂程度にしか聞いたことがない職業であるが、

デビルハンターと呼ばれる人間たちは確かにいて、

彼らのオカルトに支配されたような思想と思考に

多くの人間たちは毛嫌いしているらしい。

関わったことがないので私にはよく分からないが。


「デビルハンター……。

随分と懐かしい言葉ですな。」


デビルハンターという言葉を聞いて

過去を懐かしむようにロアンは目を閉じた。


「ロアンも知ってるの?」


「えぇ、遠い昔に一度だけ、

デビルハンターの方とお会いしたことがあります。

彼の考える正しい世界というのが

当時の私にはよく分かりませんでしたが、

彼は確かな信念を胸にしていたように思います。」


ロアンの言う遠い昔とは、

騎士として王に仕えていた頃だろうか。

それともおじい様に拾われてからだろうか。

どちらにしても彼がその手の

普通の人間の理解が及ばない存在と

接したことがあるということは不思議ではない。


「はっ、あんな奴のどこに信念があるってんだ。

確かにうちの村にいた連中は

ロクでもないクズばかりだったが、

一方的に殺される筋合いなんてない。

世界のため、平和のためと口では言っていても、

所詮は頭のイカれた奴の妄言にしかならないのさ。」


ティファにだって思うところはあるだろう。

ただ炎の色が違うというだけで

彼女は同胞から見離され、迫害されたのだ。

しかし、それでも彼女は耐えていた。

いつか自分がこの世界に産まれてきた意味を知り、

自分を迫害した者たちを見返してやろうと

毎日のように努力していたはずだ。

そうでなければ、吸血鬼である彼女が

人間と同じように暮らすなんてできない。

もっと辛い経験を重ねてきたからこそ、

彼女はただのメイドとしての役目を

果たすために毎日長いスカートを履いているのだ。

しかし、突然現れたデビルハンターによって、

彼女が同胞を見返す日は永久に来なくなった。


「あれ?でも吸血鬼って普通の人の

何倍も強い種族のはずですよね?

いくら奇襲をしたと言っても、

たった一人で村にいた吸血鬼を全員倒すなんて

できるとは思えないんですけど……。」


頭を捻りながらシャルルも口を挟んだ。

確かにそう言われてみると、

実現性という意味では疑問が残る。

デビルハンターというからには

吸血鬼対策として何らかの魔法や魔道具を

持っていると考えるのが自然だが、

ここまでの話を聞く限り、

吸血鬼というのは元々高い戦闘能力を

有している種族と言える。

たった一人で吸血鬼の村に来て

ティファを除いた全員を殺すなんて、

果たしてそんなことが可能なのだろうか。


「……村に来たのが他のデビルハンターだったら、

俺以外全滅なんてことにはならなかっただろうな。」


一度ティファは言葉を切る。

当時のことを思い出しているのか、

何かの感情が爆発しそうになっているのか。

ただ彼女は拳をぎゅっと握りしめて、

村に来たデビルハンターを呪うように言った。


「奴の魔法は『魔力を銀にする魔法』だった。

俺たち吸血鬼にとって唯一にして最大の弱点の銀。

それを武器にすることで普通のデビルハンターは

吸血鬼を殺すことができるが、

ただ加工されただけの銀の武器なんて

炎の熱で溶かしてしまえば何の脅威でもなくなる。

でも奴は魔法で次々に銀を創り出し、

加えて液状の銀まで手足のように操ることができた。

蠢く触手みたいに迫る奴の攻撃を、

誰も止めることができなかったのさ。」


魔法とは魔力を何かに変換する力。

しかし、その中でも特異な物はある。

その一つが金属や鉱石を創る魔法だ。

金、銀、銅やダイヤモンド、ルビー等の宝石を

創る魔法は魔法の中で特別視されている。

なぜならその魔法で創り出した物は、

他の魔法で打ち消されたりでもしない限り

半永久的にこの世界に留まり続けるからだ。

炎が風に消えるように、水が蒸発するように、

魔法で創られた物はいつか形をなくすが、

金属や鉱石はそう簡単に消えたりしない。

そしてそれはつまり、新しい金属を創ることが

できない程に魔力を消耗したとしても、

僅かな魔力で散らばった創造物を拾い集めて

戦うことができるということでもある。

だから、村にいた吸血鬼たち全員を

相手にするだけの持久力がその狩人にはあった。

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