29.自己と自由
ティファに屋敷での仕事を多方教え終わり、
いくらかの余裕が出てきた頃。
私はティファと共に当初の目的である魔道具の
処理をするために物置き部屋にいた。
「ティファ、あなたの出身はどこなの?」
魔道具を一つ一つ手に取りながら、
私は彼女に質問をぶつけた。
ティファの心の内はまだ分からないが、
お母様が調教していないメイドを
あえて私の所へ送るなんて、
何かの試練としか考えられない。
しかし、お母様は何の足掛けもなしに
試練を与えるような審判の神ではない。
ならば、ティファ自身が道筋を示してくれる
何らかの印を持っているはずだ。
これはそれを知るための第一歩。
「…ここから北にある小さな村です。
名前もないような、とても小さい村。」
消え入りそうな弱い声で彼女は言った。
故郷を懐かしんでいるのだろうか。
しかし、彼女の言葉に温もりはない。
「それはすごく寒そうね。」
大陸の地図で示される通りでは、
北へ行けば行く程気温が下がると言われている。
実際、国として認められている中で
私たちのいるこの国は最も北に位置しているが、
同時に最も寒い国として知られている。
ここから更に北ということは、
ここより更に寒い地域ということだ。
暖房なしには生きられない国よりも
寒い地域なんて、それは果たして人間が
まともに生きていられるのだろうか。
「私にはお姉さんと妹がいるんだけど、
あなたには兄弟っているの?」
姉と妹を持つ私の直感では、
ティファには少なくとも弟か妹がいる。
それも歳の離れた弟か妹だ。
彼女はその態度こそ褒められたものではないが、
自分の手を動かしている最中であっても
決して私から意識を逸らさない。
私がうっかりを装って棚にぶつかろうとすると、
ぶつかる前にそっと手で止めてくれた。
小さな魔道具をこっそり落としてみても、
危なげなく空中で拾ってみせた。
そのような気配りができるのは、
下に妹弟がいる人間の特徴だ。
「あぁ、いたよ。弟と妹が一人ずつな。
あ、いや…いました……。」
やはりいたか。しかも弟と妹の両方。
私には妹と言えば3つ下のルヴィアだけだが、
姉妹だけの時間を過ごす時には
よく姉のリーゼが世話を焼いていた。
子どもの世話なんて屋敷のメイドに
させておけばいいことであり、
実際それもメイドたちの仕事なのだが、
リーゼは頑なにそれを拒み続け、
しかもそのことをお母様は容認していた。
私が子ども頃には分からなかったが、
それも一つの愛情表現なのだろうと、
かわいい妹を見てそう思った。
ティファの弟妹はどんな子どもなのかや
家族の思い出話も聞きたいのだが、
これ以上ティファのことを聞く前に
私はどうしても彼女に言いたいことがある。
「えっと、ずっと言おうと思ってたんだけど、
無理に敬語を使わなくてもいいのよ?」
やはり彼女の言葉遣いは気になってしまう。
きっとお母様からの指導で
敬語を使うようにと言われているのだろうが、
中途半端に敬語を使われても
かえってこちらの方が不快に感じてしまう。
「い、いえ、大丈夫だ…ですから。
心配されないでください。」
ほら、そういうところだよ、と言おうとして
私は彼女の方を見たのだが、
目が合った瞬間に彼女は顔を逸らした。
バツが悪そうな子どものような表情。
言いたくない事情があって、
触れられたくない事情がある時の表情。
世界から見放されたような、絶望を含んだ表情。
あの顔には見覚えがある。
かつて、魔力がないことから周囲に疎まれ、
後ろ指を指され、石を投げられた鏡の中の私だ。
それはもう放っておいて欲しいと、
全てを諦めたような表情であった。
自分が何か悪いことをした訳でもないのに、
産まれ持った才能という不可避の現実のせいで
人並みの幸せさえ許してもらえない。
しかしそれでも、私は今こうして生きている。
未だに魔力は覚醒していないが、
自信を持って今の生活が幸せだと言える。
それは、私の周りには私のことを
大切にしてくれる人がいるから。
そばにいてくれる人がいるから。
想ってくれる人がいるから。
だから、その過去を経験した私には分かる。
今の彼女がどんな言葉を欲しているのか。
「……?な、何をしているんですか…?」
魔道具の整理なんてそっちのけで、
私はティファの背中に抱きついた。
彼女の方が遥かに背が高いので
背中というより腰なのだが、
とにかく私は彼女に抱きついて、抱きしめた。
「私はね、自由っていう言葉の意味は
自分らしくいられることだと思う。
自分の意思で決めて、行動して、
自分が想い描く理想の自分で在ること。
それが何よりも難しくて、尊いことだから。
人はみんな産まれた時から不平等で、
全く同じ人なんて一人もいない。
だけど、自分らしくいられる権利は
誰もが持っていて当たり前なんだから、
ティファはティファのやりたいように、
生きたいように生きていいんだよ。
すぐには難しいかもしれないけど、
今のティファは私のメイドで、
主である私が許可するから。」
背後からではティファの表情は分からない。
しかし、物思いに耽るような
考え込む横顔が少しだけ見えた。
それがあまりにも凛々しくて、
私は思わず見惚れてしまいそうになる。
「……いいのか?自分を偽らなくても。
あんたの顔を汚すかもしれないのに…。」
「えぇ、いいわ。」
「……少し、時間をくれ。」
少し恩着せがましかっただろうか。
まだ出会ってからそう日の経っていない相手に
言われるような内容ではなかっただろうか。
しかし、私は少しも後悔していない。
ティファが私のメイドである限り、
私のやりたいように彼女を導く。
それが私の矜恃だ。
魔道具の整理はここまでにしておいて、
私はしばらくの間彼女の背中にしがみついていた。




