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28.価値観と手

ティファの仕草や行動を見る度、

私の中に小さな違和感が積み上がっていた。

長いスカートのメイド服で歩く姿は

妙にぎこちないところがあり、

ステーキ肉はナイフで細かくせずに

大きなまま豪快にかぶりついている。

飲み物は水でも紅茶でもコーヒーでもなく

牛やヤギの乳がいいと言い、

部屋は最上階の一番端にしてくれと言い、

ベッドではなく寝袋が欲しいと言った。

どれも彼女の好みだと言われたら

そうなのだろうと納得できることだが、

彼女はお母様が拾い導き、育てたメイドだ。

貴族屋敷のメイド執事たるもの、

おおよその自我というのはない。

長いスカートが歩きにくいのは

まだ日が浅いということで理解できるが、

全ての行動や思考が主と

屋敷のためにあるべき従者に

好みという概念は存在してはいけない。

それが付き従うということだからだ。

ティファ自身の細かな好みなんて、

お母様なら真っ先に捨てさせるはず。

彼女を拾って数ヶ月だというのなら、

その辺りの調教は済んでいると考えるのが当然だ。

しかし、彼女は確かな自我を残している。

わがままとも言える好みを持っている。

あのお母様が仕事で手を抜くなんて、

それだけは絶対にありえない。

なら、考えられる可能性はお母様が

『あえてそうしている』以外にないだろう。

それがどうしてなのか、今はまだ分からないが。


「……どう?ロアン。ティファはいい子?」


二階の部屋の窓から外を見下ろしながら、

お茶の用意をしているロアンに聞いた。

彼女にこの屋敷での仕事を教え、

近くで見てきた彼になら

何か分かることがあるかもしれない。


「えぇ、少しばかり不器用なところはありますが、

とても素直で照れ屋なかわいらしい方でございます。」


湯気の立つカップをテーブルに置くと、

ロアンも私の隣りに並んだ。

雪が積もりに積もっている庭の真ん中、

ティファとシャルル、サーの三人が

雪の処理をするために手を動かしている。

はしゃぐあまりに派手に転ぶシャルルと、

周りのことはお構いなしに黙々と

雪にスコップを入れるサー、

そしてその二人の正反対すぎる様子を見て

理解が追いついていないティファ。

ティファはシャルルを立たせようと手を貸すが、

雪の積もっている地面に足を取られて

すってんころりんと一緒に転んでしまった。


「あんな笑顔もできるのね…。」


顔に雪をつけて笑うシャルルに釣られてなのか、

ティファも控えめながらに笑顔を見せる。

しかし、あのような笑顔は私の前では

一度も見せてくれたことがない。

ただ表情の変化が薄いサーとは違って、

ティファにはきちんと表情がある。

なのに彼女は全ての感情を隠すかのように

いつも堅い顔を貼りつけている。


「どうやら、当主様からの教えと

お嬢様からのお言葉に差異を感じているようで、

彼女自身もどうすればいいのか

迷っているようなのです。」


「そう……。」


広い屋敷、たくさんの従者。

外からの人の出入りもあるような屋敷の

管理統括をしているお母様と、

ただ広いだけの屋敷と数人の従者を

持っているだけの私では、

価値観も貴族としての在り方も

指し示す道も何もかもが違うだろう。

お母様に拾われたというティファは

おそらくお母様の価値観をそのまま

教えられているはずで、

私やこの屋敷での彼女の役割も

まるで想像とは違っていたと思う。

そんな中、彼女は弱音を吐くこともなく、

愚痴を溢すこともなく頑張っている。


「そういえば、サー君がティファ君を連れて

街へ買い出しへ行った日の夕方、

サー君がこんなことを言っておりましたな。

『彼女が迷っているのは

メイドとしての矜恃や振る舞いではなく、

生き方そのもののような気がする』と。

私にはよく分かりませんでしたが、

お嬢様でしたらサー君の言葉の真意を

汲み取ることができるのではありませんかな?」


「サーがそんなことを……?」


やはり私は主としてまだまだ未熟だ。

ロアンが教えてくれたサーの言葉の意味を

すぐに理解することができない。

生き方とは他人に決められるものではなく、

自然に自分の中に芽生えているものだ。

そしてそれは信念や夢、目標などといった

言葉の果てに存在している。

ティファが生き方に迷うというのなら、

つまりは今の彼女に生きる理由や夢がないと

言っていることに等しい。

雪の上で笑う彼女に、そんな寂しいことが

本当にあるのだろうか。


「いいわ、引き続きあの子をよろしくね。」


「はい、かしこまりました。」


今すぐに結論を出すことは難しい。

まだ冬は長いのだから、

ゆっくりと彼女のことを知っていこう。

こうして窓越しにティファの笑顔を眺めていると、

私の心まで洗われるような君がした。


「お嬢様ー!」


雪まみれのシャルルがこちらに気づいて手を振る。

私が笑顔で手を振り返すと、

ティファも一緒になって手を振ろうと

僅かに手を上げたように見えたが、

彼女はすぐにその手を下げてしまった。

やはりまだまだ彼女の心を溶かすには

時間がかかりそうだった。


「……あれが忌まれる人間の顔かよ。」


「あの笑顔を取り戻されるまで、

あの方のお顔は今の君のように暗く沈んでいた。」


「なに……?」


元気に手を振るシャルルの後ろで、

ティファとサーが言葉を交わしている。

私にはその内容を聞き取れなかったが、

後になってサーから聞いた。


「お嬢様がお受けになられた仕打ちを思うと、

私は今でも胸が張り裂けそうになる。」


「ただ迫害されただけだろ?

たったそれだけのことで絶望を語るなんて、

あんたたちのお嬢様は随分と甘いんだな。」


「絶望など、誰かと比べるようなものではない。

自分にとって大切な物が個人によって違うように、

絶望もまた個人によって違う物だ。」


「はっ、笑い話にもならねぇな。

笑顔を浮かべられる奴なんて、

絶望を経験してないか底なしのバカくらいだろうぜ。」


「そうとも限らんさ。全てを受け入れて

絶望を乗り越えるために必要なのは、

確固たる信念といくつかの支えだけだ。

ここにいれば、いつか君にも分かるだろう。」


「……分かりたくもねぇな。」

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