27.剣術と稽古
「ま、参った……!」
よく晴れた昼下がりの庭で
積もった雪の絨毯にティファは倒れ込んだ。
その彼女を見下ろすように、
訓練用の木剣を持ったロアンが高笑いする。
「ほっほっほ、筋は悪くありませんが、
剣と一つになるには程遠いようですな。」
この屋敷での仕事の一環として、
ティファはロアンに剣の稽古をしてもらっていた。
護衛専門の人員がいないこの屋敷では、
従者であるサーやシャルルは単なる給仕役ではなく
いざという時の護衛を兼ねているのだ。
年を取っているとはいえロアンも例外ではなく、
腕が鈍らないようにこうして体を動かしている。
「あんた、一体何者だよ……。」
「ほっほっほ、私はただの老いた執事ですよ。」
ティファもその若さ故か、
戦いの腕にはそれなりに自信があったようだが、
ロアンの剣術の前に完全に砕かれてしまった。
過去には王に仕えていた騎士というのは
老いても簡単に衰えるものではないらしく、
ティファは倒れ込む程に消耗しているのに
ロアンは髪の毛一本すら乱していない。
「だいたい、なんで剣なんだよ……。
好きな武器使わせてくれたっていいじゃねぇか。」
二階の窓から私は二人の稽古を見ていたが、
決してティファの動きが
悪かったようには見えなかった。
さながら彼女が刃を振るう姿は
狩人さえ襲う野性の獣のようで、
見ているだけで圧倒されそうだった。
ただ強いて言うなら、
戦いの素人である私に言わせてしまえば、
それは単純に剣という武器が
彼女の体に馴染んでいないように感じた。
体の芯を真っ直ぐに保ちながら
最小の力で足と剣を運ぶ剣術と
全身を大胆に動かす彼女の動きは、
大きさの違うナイフとフォークで
ご飯を食べているような物で、
どこか噛み合っていないように思う。
「剣は自らの心を表す武器ですからな。
実力のある者同士であれば、
剣を交わすだけで対話になり得る程に。」
「戦いが対話ねぇ……。」
ティファもある程度は戦いの心得があるのか、
ロアンの言葉に反抗は見せない。
ただ少しだけ考えるように目を瞑ると、
飛び起きてメイド服についた雪を払い、
もう一本の木剣を手に持った。
「ほほう、二刀流ですかな。」
「これも剣だ。文句はないだろう?」
「もちろんですとも。さあ、存分にかかってきなさい。」
二本の剣を両手に持って戦う二刀流は
純粋に手数が多くなる分、
一本ずつの力が劣る諸刃の剣だ。
この国には、心に備えた一本の刃に勝る武器無し、
という古い言葉があるのだが、
だからといって二刀流がこの国で
別段邪道という訳でも異端という訳でもなく、
とっくの昔に風化した文化だったりする。
ただやはり二刀流の者はそう多くなく、
希少な存在と言えるだろう。
「ティファ!頑張って!」
窓を開けて声援を送ってみるが、
ティファが私の方を見上げることはない。
代わりに足に力を入れて、
野を駆ける獣のような突進をする。
よく積もった雪の上であんなに走れるものだ。
私なら最初の一歩で雪に足を取られて転んでしまう。
もしかすると、ティファにはとんでもないくらいの
戦いの才能が眠っているのかもしれない。
「本能のままに剣を振るのではなく、
相手の全身をよく観察するのです。
それでは野生の獣と変わりません。」
「うるせぇっ!」
ティファが木剣を振る音は、
まるで大地を揺らす嵐のようだった。
薪を叩き割るような勢いと気迫がある。
その猛攻を正面から受けていては
分が悪いと思ったのか、
ロアンはヒラリヒラリと受け流している。
二人の戦いはまさに静と動、柔と剛だ。
戦いが盛んだった時代であれば
どちらが上か等という議論が起こるのだろうが、
そんなものは実際に戦わせてしまえばいいのだ。
そうすれば必ず何かしらの結論が出るのだから。
「おっと……。」
雪の庭には二人の足跡がたくさんついていた。
それはつまり、時間が経つにつれて
足元が不安定になることを意味する。
凹凸だらけの地面にロアンの足が一瞬だけもつれた。
その一瞬をティファは見逃さない。
「もらったぁぁぁ!」
ティファの跳躍、振り下ろされる二本の木剣。
体の捻りと体重を乗せた渾身の一撃だ。
もはやロアンに防御を間に合わせる時間はない。
仮に間に合ったとしても、正面から受ければ
木剣が無事では済まないだろう。
訓練初日にしてロアンから一本取るなんて、
やはり彼女には非凡の才能があるようだ。
今日は彼女へのご褒美に彼女の
好きな料理でも作ってもらおう。
「…………え?」
しかし、次の瞬間にはティファの腹に
ロアンの木剣が撃ち込まれていた。
ロアンが振り抜くと彼女の体は飛んでいき、
まだ足跡のない雪の絨毯へ落ちた。
カエルでも潰したようなティファの悲鳴が響き、
雪の中から顔を出す。
「く、くそ……!また負けちまった!」
いつもロアンたちの訓練の様子を見ている私だが、
あの瞬間ティファとロアンの間に何が起こったのか
捉えることができなかった。
あのタイミングであれば避けるのは不可能であり、
受けるのだって相応のリスクがあったはずだ。
私はサーを呼ぶベルを鳴らす。
「いかがされましたか。」
「さっき、ロアンとティファの間に
何が起こったのか説明して。」
「かしこまりました。」
今私が呼ぶまでサーは他の場所にいたはずだが、
彼は二つ返事で了承した上で
私にも分かるように解説してくれた。
まず、そもそもロアンが雪に足を取られたのは
偶然でも油断でもなく彼が故意にやったことで、
わざと隙を見せたに過ぎないということ。
もちろんそんなことをするのは
確かな勝算があってのことであり、
事実としてロアンはティファの攻撃が当たる前に
一歩踏み出して一撃を叩き込んだ。
ただそれがロアンの卓越した技術によって
素人には見えない速度だったというだけだ。
サー曰く、私だって数ヶ月も訓練すれば
目で追うことくらいはできるようになるらしい。
魔法の訓練はいつまで経っても芽が出ないので、
少しくらいは私も剣術を学んでもいいかもしれないが、
か弱い私にあのような派手な動きはできそうにない。
もうしばらくは魔法の訓練に精を出すとしよう。
「ありがとう。参考になったわ。」
「お嬢様のお役に立てたようで何よりでございます。」
「お稽古ももう終わりみたいだから、
二人に飲み物を用意してあげてくれる?」
「かしこまりました。」
いくら冬とはいっても、運動をすると体温は上がる。
ロアンはまだしもティファは激しく動いていたので
それなりに汗もかいていることだろう。
ここは一つ、気遣いのできる主として
先んじて飲み物でも用意してあげよう。
実際に用意するのは私ではないけど。




