25.回想と魔法
「何をやってるんだ?……やってるんですか?」
魔道具を指で触りながら項垂れていると、
見かねたティファが声をかけてきた。
魔道具を起動させるでもなく、
ただ指で触っているだけの私を見て
新入りの彼女が疑問に思うのも無理はない。
いや、実際は魔力の存在やら流れやらを
意識しながら触っているのだが、
魔力のない私では何も起きないだけだ。
とはいえ、何をやっているんだと
聞かれるのは少しばかり心外だった。
「ねぇティファ、あなたって私のことを
どれくらい知っているの?」
お母様がわざわざ選んでくれたメイドだ。
この屋敷に来るにあたって、
私に関することはある程度教えられているはず。
私のことだけではない。
サーやシャルル、ロアンのことについて
どの程彼女は知っているのだろうか。
「どれくらいって言われても……言われましても、
訳ありで離れて暮らしてるってことくらい…です。」
「え、それだけ?サーやシャルルのことは?」
「いや、その人たちのことは全く。
なにせ急だったもんだから。」
なんと、ほとんど何も知らされていなかった。
私が魔力のない忌み子だということも、
サーとシャルルが双子の忌み子だということも、
ロアンがかつて王に仕える騎士だったことも、
ティファは何も知らないようだ。
確かに私が手紙を出してから
彼女がやってくるのは早かったが、
それにしたって有無を言わさない程に
急いで送り出された訳ではないだろう。
お母様が私のことで妥協してしまったのか、
いや、お母様に限ってそんなことはありえない。
つまり、これは私が自分の口で
彼女に話せということなのだろうか。
「そう……。なら教えてあげるわ。
あまり気持ちのいい話じゃないんだけど。」
「お、おう。えっと…よろしくお願いします。」
改めて考えてみれば、こうして私から
私自身の話をするのは初めてかもしれない。
今まで私と関わったことがあるのは
全て屋敷にいた人たちだけで、
外部の人間といえばヘクトといった
僅かな他の貴族くらいだったから。
まず、私は魔力がないことを話した。
魔力が少ないとか微弱なんかではなく、
これっぽっちもないということを。
ティファの育った場所ではどうだったのか
分からないが、そうした魔力のない人間は
忌み子と言われて軽蔑され、
私は屋敷にいた使用人たちからも
白い目で見られるようになった。
彼らから隔離するようにこの屋敷に来て、
以来、魔力が宿りますようにと願いながら
こうして魔道具を触り続けていること。
「忌み子……。」
そう、忌み子。私は忌み子と言われる存在。
そしてそれは私だけではない。
双子であるサーとシャルルもまた、
本家の屋敷では忌み子だと言われていた。
殺されそうになっていた彼らを
私が庇ったことでお母様から許可をもらい、
私専属の従者にしてもらったこと。
「あの二人も?じゃあ、老執事は……?」
ロアンは私たちと違って、
忌み子なんて言われるような産まれではない。
私も未だに詳しく聞いたことはないが、
若い頃にその手腕を認められたことで
ロアンは王に仕える騎士となり、
大きな戦いの末に私のおじい様に助けられた。
拾われたという意味では、
ロアンとティファの境遇は同じだと言える。
三人と忌み子と歳老いた執事という
普通では考えられない屋敷。それがここだ。
「そうか…大変だったんだな。……ですね。」
「ええ、もちろん最初は辛かったし
荒れていた時期もあったけど、
今はみんなで仲良く楽しく過ごしているわ。」
「自分のこと、嫌いにならなかったのか?」
「嫌いになったわ。嫌いで嫌いで許せなくて、
自分の顔を見るのも耐えられなくて、
全て壊してしまいたいって思った。
…でも、私は一人じゃないって気づいた。
今でも私は自分自身のことを好きではないけど、
私のことを好きでいてくれる人たちに
誇れる私でありたいって思ってる。」
私にとって幸いであり救いだったのは、
私に尽くしてくれる従者がいることと
私を大切に思ってくれる家族がいることだ。
みんながいなければ、私は私を許せずに
最悪の未来を手繰り寄せていたかもしれない。
そうならないで本当に良かった。
「自分を好きな人に誇れるように、か…。
なんかいいな、それ。」
「でしょ?」
なんだろう、今ティファが笑ったような気がする。
彼女はあまり表情豊かな性格ではないのか、
それともまだ緊張しているだけなのか、
私は彼女の笑顔を一度も見たことがない。
しかし、さっきホンの一瞬だけ彼女の
頬が弛んだように見えた。
確証なんて何もないけど、
私の過去を話したことで彼女の中で
何か心情に変化があったのかもしれない。
「ところで、私はまだあなたの魔法が
どんなものなのか知らないんだけど、
もし良ければあなたの魔法を見せてくれない?」
彼女の笑みを初めて見たからだろうか。
いつもは他人の魔法なんて興味がないどころか
見たくも聞きたくもないのだが、
不意に彼女の魔法が気になった。
しかし、私が魔法という言葉を口にすると
彼女の表情は泥のように沈んでしまった。
「それは命令か?……ですか?」
言いながら彼女は視線を少し逸らす。
何か触れられたくない場所に
無遠慮に踏み込んでしまったのだろうか。
「別に命令って訳ではないけど、
今の私はあなたの従者だから、
ただ単純にあなたのことを知りたいの。」
魔法は誰もが持つ才能であり個性だ。
その人の魔法を知るだけで
ある程度その人の人となりが分かる。
……魔力のない私には、縁のない話だが。
「う〜ん……。」
腕を組み、眉間にしわを寄せながら
ティファは考え込んでいる。
彼女にとって魔法を他人に見せることは
それ程に悩むことなのだろうか。
いや、多分本当は見せたくないのだろう。
でなければ命令かどうかなんて聞いてこない。
今彼女の中で戦っているのは、
本当は見せたくないが相手は自分の主人であり、
なおかつ先程までその主人の秘密とも言える過去を
一方的に聞いてしまったが故に
こちらも話すべきではないか、といったところか。
「分かった。俺の…あ、いや私の魔法を見せます。」
数分間かけてしっかりと考えると、
彼女は見せてくれる道を選んだ。
ティファは私の前に片膝をつくと、
人差し指を立てた右手を差し出してきた。
「これが私の『炎を燃やす魔法』……です。」
ティファの人差し指に灯った一条の炎。
それは私の知る赤い炎ではなく、
深淵のような紫紺の色をした炎だった。
ゆらりゆらりと揺れる彼女の炎は
まるで宝石のように美しく、
妖艶な魅力を纏っている。
一瞬だけそれが炎であることを忘れて
触れてしまいそうになる程の美しさに、
私は思わず声を漏らしていた。
「綺麗……。」
最初に口に出た言葉はそれだった。
お世辞でも決まり文句でもなく、
紛れもない私の心から出た言葉だった。
このままずっとこの炎を眺めていたい。
そう思える程に美しいと感じたのだが、
私の言葉を聞いたティファは炎を消してしまった。
「ティファ?」
「……人の魔法見るの嫌いなんだろ。
これくらいで勘弁してくれ…。」
確かに、誰かの魔法を見ると
羨ましい気持ちや妬ましい気持ちが
どうしようもない程に溢れてしまうので、
私は魔法を見ることは好まない。
それをサーやシャルルも分かっているからこそ、
何か特別な理由がない限りは
決して私の前で魔法を使わない。
……ただ、ティファの魔法を見た時だけは、
心からの感動以外を抱かなかった。
ただひたすらに美しいと思った。
「ありがとう。気を遣わせてしまったわね。
でもね、あなたの魔法を見ていると
不思議なくらいに穏やかな気持ちになったの。
だから、もう一度だけ見せてくれないかしら。」
自身の手を握りながら、
ティファは恥ずかしそうに顔を逸らす。
それから少しの葛藤をした後で、
彼女は美しい炎を再び灯してくれた。
「やっぱり綺麗……。」
「……こんなもん、ただの炎だ。」
「いいじゃない。とても素敵な魔法よ。」
彼女は自身の魔法があまり好きではないのか、
せっかく炎を灯してもすぐに消そうとする。
だが私も簡単には引き下がらずに、
しつこく何度も彼女にお願いして
紫紺の美しい炎を見せてもらった。
結局、魔法の訓練なんてとっくに忘れて、
今日は彼女の魔法に見入っていた。




