22.母と新しいメイド
娘から手紙が届いた。
私の愛すべき二人目の娘からの手紙だ。
大雪が降りしきるこの季節は
馬車も人も外へ出られないので、
書斎の机に置かれた手紙が
娘のメイドの魔法によって
届けられた物であることはすぐに分かった。
娘を預けている二人の従者の
魔法のことを知っているのは、
この屋敷に私しかいない。
私の一人目の娘にも三人目の娘にだって、
彼らの魔法のことは秘密にしている。
それが彼らとの約束でもあるから。
そして、私が彼らの魔法のことを知っていると、
あの子はまだ気がついていないだろう。
「相変わらず、下手な字ね。」
もうあの子も15歳になるのだから、
私の娘として恥じることのないように
字くらい綺麗に書いて欲しいのだけど、
手紙を開いた時に最初に抱く感想は
いつまで経っても変わらない。
「お父様の集めていた魔道具ねぇ…。」
手紙には新年の挨拶を冒頭にして、
ハロウィーンのことや贈り物のこと、
彫り物の才能があるかもしれないことなど、
あの子の近況が色々と書かれていた。
そして、これが本題と言わんばかりに
力強い字で記されていたのが、
先代の当主であり私のお父様が
生前に趣味として集めていた魔道具を
処分するための人手を
貸して欲しいということだった。
確かに、昔から旅行が好きだったお父様は
いつも様々な所へ出かけては
お土産として魔道具を買ってきてくれた。
私が結婚した時や娘たちを産んだ時など、
事ある毎に魔道具を買ってくるので、
いつの日かその魔道具の数が増え過ぎて
屋敷の物置きに収まりきらなくなってしまい、
対処療法としてあの別館に移した程だ。
今ではそのお父様も亡くなって
すっかり魔道具のことは忘れてしまっていたが、
どうやら今まさに娘が困っているらしい。
ならばここはあの子の母親として、
できることをしてあげなくてはならないだろう。
あの子には母親らしいことなんて、
ほとんどしてあげられていないのだから。
「お呼びですか。」
呼び鈴を鳴らして人を呼ぶと、
私は一人のメイドの名前を告げた。
彼女を屋敷にあげてから数ヶ月、
最低限の家事や礼儀作法を覚えさせた。
サートラントやシャーレールに比べると
まだまだ未熟で一人前とはいえないが、
あの子の元へ送るメイドとなればこの子が適任だ。
「ティファ、外出の準備をしなさい。
あなたにはしばらくの間、
別館のメイドとして働いてもらうわ。」
「別館…ですか?」
「そうよ。少し込み入った事情があって
私の娘が一人、別館で暮らしているの。
別館までの地図と手紙を用意するから、
その間に用意を済ませなさい。」
「分かった……分かりました。」
決して態度が良いとは言えない上に
敬語も時々忘れて素が出ているが、
これでも十分マシになった方だ。
彼女と初めて会った時は、
敵意も殺意もろくに隠さずに
真っ直ぐに私を睨みつけてきた。
ボロボロだった服を着替えさせて、
汚れた体を洗わせて、
何も入っていなかった胃に食べ物を詰めるのは
それはもう大変だったが、
それだけの労力をかける価値が
この子にはあると思ったから、
私は今も全く後悔していない。
不安がないと言えば嘘になるけど、
あの子ならきっとうまくやってくれるという
何の根拠もない自信が私にはある。
何といっても、私の娘なのだから。
「……会いたいわ。」
娘の名前を小さく呟いて、
私はティファを送り出した。
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「あー…ティファです。
今日からよろしくお願いします。」
屋敷にある魔道具を整理するために
人手が欲しいとお母様に手紙を書いた翌日、
私の屋敷に新しいメイドがやってきた。
名前はティファで、家名はないという。
薄紅色の髪に真紅の瞳の彼女は、
妹のルヴィアに負けじとも劣らない
鋭いツリ目の持ち主である。
この屋敷で最も背の高いロアンと
大差のない体格をしており、
私が彼女を見るには顔を上げなくてはならない。
しかし、その体格にしてはと言うべきなのか、
なんとなく彼女の態度は覇気が薄いというか、
お母様が寄越したメイドにしては
頼り甲斐というものがないように感じる。
何ヶ月か前に本家の屋敷の近くで
餓死寸前まで弱っていたところを発見されて
お母様の意向で保護されたらしいが、
貴族である身として厳格な
一面も持ち合わせているお母様が
ただの同情で招き入れたとは思えない。
ティファから渡されたお母様の手紙によると、
数ヶ月かけて彼女に色々と叩き込んだが
彼女の肌に給仕というものは合わなかったようで、
不器用で大きな失敗こそしないものの
簡単な力仕事くらいしかできないらしい。
ただ、それでも彼女は自分が受けた恩を
返すために懸命に働くメイドになり、
人手が欲しいという私の要望に
彼女をこの屋敷に送ることで応えた。
「うん、こちらこそよろしく。
ロアン、彼女に色々教えてあげてね。」
「えぇ、かしこまりました。」
「それとティファ。この屋敷にいるからって
必ずしも私の言うことを聞く必要はないわ。
絶対に自分自身で考えることをやめないこと、
これだけは最初に言っておくわ。」
この屋敷に来た経緯はどうあれ、
お母様が決めたことなら間違いないだろう。
それに、いつもの屋敷の管理だけなら
ロアンとサー、シャルルの3人で間に合っている。
ティファにやってもらうのは
屋敷にある大量の魔道具の整理で、
面倒ではあるが無理なことではない。
その魔道具が必要か不要かを判断するために
私が見守るつもりでいるので、
特に困ることもないだろう。
あとは彼女自身の頑張り次第だ。
「でも、まずはみんなでご飯を食べてからね。」
「いいのか…?あ、いや…いいんですか?」
「今日は吹雪いてこそないけど、
外が寒いことに変わりないでしょ?
ここまで来るのに体が冷えたでしょうし、
それに、魔道具の整理は急ぐことでもないから。」
「そういうことなら…でしたら、
そのご厚意に感謝申し上げます。」
釈然としないような表情を浮かべながらも、
ティファはスカートを少しだけ持ち上げて
私の提案に乗ってくれた。
しかし、彼女のこの言葉遣いは
どこで身についたものなのだろうか。
女の子らしくない…と言ってしまえば
随分と配慮に欠けた物言いになるが、
これでは彼女のぶっきらぼうな言葉を
無理矢理敬語で塗り潰しているだけだ。
敬語を教えたのは間違いなくお母様の指示だろうが、
それにしても彼女の元々の話し方を
完全に矯正した訳ではないようだ。
なので、私が彼女と出会い話したこの数十分で
彼女に抱いた印象を一言で言うと、
彼女はすごく窮屈そうだった。




