21.部屋とボール
「随分増えたわね…。」
「えぇ、処分したい品もあるのですが、
いかんせんどれも魔道具ですので、
中々思うようにいかず……。」
屋敷にいくつかある物置き部屋の中。
そこには溢れてしまいそうな程に
たくさんの物が詰め込まれていた。
私には屋敷のどこに何があるかも
よく分かっていないのだが、
ロアンの話ではこの部屋には
今までに私が試した魔道具や
古くなった魔道具をしまっているらしい。
しかも、この屋敷を建てた私のおじい様が
生前に集めていた魔道具もたくさんあり、
あまりに膨大な量になっているため
ロアンでさえ正確には把握できていないようだ。
中にはいらない魔道具もあるのだろうが、
魔道具というのはそれ自体が
魔力を帯びている物も少なくないので、
処分するには正しい手順を踏むか
専門の業者に引き取ってもらう必要がある。
どちらにしても時間やお金がかかるので
後回しにしてしまった結果、気がつけば
部屋いっぱいに溜まってしまったのだ。
こんな状況では新しい魔道具を買おうにも
保管する場所がない。
「…という訳だから、必要な物とそうでない物を
一つずつ確認していくわ。」
魔道具の種類や用途はまさに無限大で、
特定の場合や状況で使うための
汎用性の皆無な物も少なくない。
例えば、玉ねぎを切る際に顔に着ければ
涙が出なくなる魔道具。
例えば、誰でも正確な円が書けるペン。
中には誰がどんな目的のために
作ったのかもよく分からない物だってある。
おじい様の私物もあることを考えると
簡単に捨てることはできないが、
少なくとも今のこの屋敷の主は私であり、
そのおじい様はすでに亡くなっている。
思い入れのありそうな物だけは
後で本家に届ければいいので、
今の私と未来の私に役立ちそうにない物は
処分してしまった方がいい。
「これは何かしら。」
とりあえず近くにあった箱を手に取ってみた。
手のひらに収まる大きさの箱で、
重さはニワトリの卵2つ分くらいだろうか。
開けてみると、中には白いボールが一つ。
取り出して持ってみても何の変哲もなく、
僅かな弾力があるだけの白く丸いボールだ。
私に魔力がないから何も起こらないのか、
それとも特別な用途があるのか。
一体、これのどこが魔道具なのだろうか。
「えいっ。」
このままではよく分からないので、
いいところで扉の前を通りがかったサーに
そのボールを投げつけてみた。
サーの勘の鋭さと動体視力があれば、
私が不意打ちでボールを投げたところで
簡単に避けることができるだろう。
もし仮に彼が避けられなかったとしても、
石のような硬さもないから大丈夫だ。
しかし、私がボールを投げた直後に
ロアンからの声が響く。
「──サー君!受けてはいけない!」
「……え?」
たった数瞬の後に広がった光景に、
私は開いた口が塞がらなくなっていた。
壁にめり込んだ白いボールと、
廊下に散らばった壁の破片。
襲い来る白い大砲の弾を
咄嗟に防ごうしていたサーだったが、
ロアンの言葉を聞いて直前で避けた。
サーにケガこそなかったものの、
私が自分でしたことが招いた結果に
恐怖と後悔を抱くしかなかった。
「……新しいご遊戯にしては
少々過激で驚いてしまいました。」
服に降りかかった埃や塵を払うと、
サーは壁のボールを引き抜いて
笑顔で私の所にやってきた。
「ち、違うのよサー!これは……。」
続きを言いたかったが、言葉が出てこない。
私はこれが何かもよく知らないままに、
ただの遊びで、戯れのつもりだった。
しかし、投げた相手がサーでなければ
きっと大ケガをしていただろう。
壁にめり込む程の威力があるのだから、
人間の肉体なんて簡単に粉砕していたはずだ。
もし相手が他の人だったらと考えると、
想像するのも恐ろしくて目を開けられない。
「お嬢様、これは違反ボールでございます。」
サーにどうやって弁明するべきか
懸命に頭を働かせていると、
ボールを手に取ったロアンがそう言った。
「…違反ボール?」
「えぇ。ここより南の地域では
ボールとバットを用いた競技が
国民に大変人気でございまして、
このような白いボールを使うのですが、
ある時からボールに細工をして
投げた瞬間から加速していくという
違反ボールが作られたのでございます。
出回っていた数があまりに多かったために
ルールが追加され試合前に確認するようになり
今ではほとんど使われておりませんが、
ここまでの威力になる違反ボールは
私も初めて拝見致しました。」
その競技の話は私も聞いたことがある。
リーゼが本家を継ぐ人間として
貴族同士の付き合いをする中で、
世界の色々な競技のことを
手紙にたくさん書いてくれていた。
競技の名前こそ忘れてしまったが、
その競技は2つのチームに分かれて
互いに攻撃の番と防御の番を繰り返し、
定められた攻防が終わった時に
より多くの得点を取っていた方が勝ちだ。
攻撃の番では相手が投げたボールを
バットで打ち返してポイントを稼ぎ、
同じ攻撃の時間の中で一定のポイントを集めると
それが得点として刻まれる。
攻撃はよりたくさんのポイントを集めて
得点できるようにボールをたくさん打ち、
防御は打たれないように早いボールや
軌道を変化させるボールを投げる。
そして、違反ボールを使って試合を
有利に進めようとするのは防御の番の時で、
速度のあるボールはそれだけで打ちにくい。
そのようなボールの存在は私も
知識としては知っていたのだが、
私はその競技をやったことがなく、
そもそもが相手を騙すために作られているため、
見た目で判断することができなかった。
おそらく、ロアンはこのボールが
魔道具を保管している部屋にあったことから
察することができたのだろう。
おかげで間一髪、サーは無傷だった。
「サー、危うくケガをさせるところだったわ。
本当にごめんさない…。」
「いえ、どうかお気になさらず。
この通りケガもしておりませんので。」
「ロアンも気づいてくれてありがとう。」
「いえいえとんでもございません。
そもそも私の管理不足が招いたことでございます。」
それもそうだ、とはとても言えなかった。
屋敷の管理をするのが執事とメイドの
役目だと言ってしまうのは簡単だが、
ただでさえ彼らはたった3人で
この広い屋敷を切り盛りしてくれているのだ。
よくやってくれている彼らに
これ以上負担をかける訳にはいかない。
なので、魔道具のことは一旦置いておいて、
私は本家のお母様宛てに手紙を書くことにした。




