Episode 41
シャーロットが大神殿に入りロウエルの元へとたどり着くまでの間、真っ黒な靄で視界が埋まる通路を進みながら彼女の頭の中は蓋が外れた美琴の記憶で埋め尽くされていた。
ゼッドの姿が引き金となり、一気に溢れ出たその中で見つけた一つの台詞。
『……せっかく転生して幸せになれると思ったのに!ヒロインになれないこんな世界なんて……壊れちゃえばいい……!』
小説の中でも、セシルの心臓には魔石が埋まっていた。
だがそれは、王族を恨む闇の遣い手によって無理やり埋め込まれたもので、シャーロットは彼の目の前でその闇の遣い手を殺して囁くのだ。
『私が助けてあげる。』
シャーロットの狙いは魔石に溜め込まれていた闇の魔力。
そのことに気づいていたセシルは、王弟として誇り高く死を選ぼうとする。いざという時のために持たされていた聖女の光の石を使い、自ら心臓の魔石を壊そうとするのだ。
その時、シャーロットの怒りが爆発し、彼女の魔力全てが闇へと変わっていく……。
『許さない!何一つ私の思い通りにさせない、この世界の人間を!絶対に、許すものかぁぁぁ!』
目眩がするほどにハッキリと思い出した小説の一場面に、彼女はこめかみを押さえる。
「そうだ、小説の中の私は、それで異形の者になってしまうんだ……。でも……。」
結末を言えば、シャーロット以外は皆んなハッピーエンドだ。
ユリウスとカティアローザの愛の力で光の石が聖なる光を放ち、闇に呑まれかけた世界とシャーロットを浄化する。そして彼女は、そのまま静かに消滅していくのだ。
セシルも、体から取り出すために必要な闇の魔力とその傷を瞬時に癒やすための光の魔力、二つの強い力を同時に浴びたことで無事に魔石の呪縛から解き放たれる。
──もしかして……ナイゼル先生は、始めからセシル殿下を助ける方法を知っていたんじゃないかな……。私に、あんなに魔力のコントロールを教えてくれたのは、私の……聖女として覚醒した光の魔力が必要だったからなんじゃ……。
シャーロットのその疑念は、魔王と化したロウエルを前にした瞬間、確信へと変わった。
──やっぱり!先生は暴走を起こしたんじゃない。意図的に闇の魔力を覚醒させたんだ!
大神殿に現れたシャーロットを見て彼は優しく微笑み、握りしめた手のひらを開いてみせる。
そこにあったのは、二つの黒い石だった。
──もう、ゼッドの言いなりにならなくて大丈夫なんですね、先生?
そこからシャーロットは、ゼッドと話して時間を稼ぎながら、気づかれない程度の光で少しずつロウエルを浄化しつづけた。
そうしてゼッドを観察しているうちに、また彼女の中に一つの疑念が生まれる。
ゼッドは今も神なのだろうか?と……。
「簡単よ。あなたは逆に、ナイゼル先生の手のひらで踊らされていたの。多分、先生が私と出会ってからずっとね……。」
「……嘘だ……そんな……、そんな馬鹿なことが……。」
シャーロットの言葉に怒り動揺するたびに、ゼッドの白く透き通っていた髪が光を失い、少しずつ濁っていく。
そして、ロウエルの姿が元に戻った瞬間、その髪は彼の双眸と同じく禍々しい紅に染まってしまった。
「おかえりなさい、先生。」
「ありがとう、シャーロット。」
全てをわかりあった、情とはまた別の特別な絆で結ばれた二人を見て、ゼッドは渦巻く怒りに飲み込まれていく……。
「忌々しい……人間如きが僕を出し抜くなどと!」
「諦めなよ、ゼッド!もうあんたはセシルを人質に出来ない!このままシャーロットが光の柱に新たな守護を与えれば、瘴気に侵されることなんて決してない。」
「あなたには、もう神の力なんてないんでしょ?」
「……っ、うるさいっ!うるさい、うるさい、うるさいーー!!」
自らを神だと……美しく汚れない崇高な存在だと口にしたゼッドの面影は、もうどこにもなかった。
醜く顔を歪めた彼の紅い髪が逆立ち、魔力とはまた違った負のオーラが彼を包み込む。
「ああ、そうだよ。ケイノンが薄汚れた世界に堕天なんてさせるから、神力は減る一方だった。一刻も早く正式な創造神……絶対神になって力を取り戻そうと思ったのにっ!アリアが光の乙女なんてよこすから!」
彼の瞳に狂気が溢れ、突然ゼッドは壊れたように笑い出した。
「そうか……これが……、これが絶望か……。実に重たく暗い感情だね……。へぇ、なかなかいいものだ。これを、君たち二人にも味あわせてあげるよ……。ねえ?僕と同じように、大切なものを失えばいい!」
残された力の全てで、ゼッドが鋭く二筋の紅い閃光を放つ。
「──っ!?やめてぇぇっ!」
その時、一体どうやって動き、自分が何をしたのか?
シャーロットには何一つわからなかった。
ただ、大切なものを……彼を守らなくては……。彼だけは絶対に失えない……と。
爆音が響き渡る。土煙をあげて崩れ落ちていく大神殿。
シャーロットはそれを、外側から見つめていた……。




