Episode 40
あまりの白さに目が眩む……。
それでも時の流れが戻ってくるように、ゆっくりゆっくりとそれぞれの瞳に現実の世界が戻って来た。
空の漆黒が見事なまでに消え去り、降り注ぐあるべき光が柔らかく人々を包み込む。
しかし……。
「シャーロット。」
彼女が一人消えていったであろう大神殿。そこはまだ闇に覆われ、その靄が少しずつじわじわと再び空へ上がっていた。
──クソっ、クソ!僕はこんな時でも、愛する人の手を離さなきゃいけないのか!?
ユリウスのやるせなく握られた拳を見て、ルイが静かに隣に立つ。
生まれながらに『王子』という鎖に縛られた者にしかわからない苦悩。しかもユリウスは今、国王代理だ。
「ユリウス、民を動かすなら今だ。」
「ああ。……わかってる。」
──……僕もやるべきことをするよ。だから、シャーロット……。
「どうか、無事で……!」
握った拳の中、シャーロットの小さな手の温もりを思い出したユリウスが、王太子としてしっかりと前を向いた。
「騎士団長。」
「はっ。」
「王宮は今どうなっている?」
「王妃殿下が陛下のお側に残られ、お一人で守護結界を張っておられます。」
「……母上らしいな……。」
膨大な魔力を有しながら、争いの火種とならぬよう決して表には出さず裏方として国を支えてきたユリウスの母。
「ルイ、協力してもらえるか?」
「当たり前だ。俺は王族として『民に尽くせ』と教えられてきた。『自国の民だけに尽くせ』とは言われていないんでな。」
それを聞いて、ユリウスは心から面白そうに笑ってルイを見た。
「実にトルストらしい考え方だな!君の友になれたことに感謝するよ!」
「なっ!?お前なぁ……今この時に、そんな顔は反則だろうが!」
「ん?」
「ん?じゃねぇよ。無自覚か、クソっ。」
ルイが知る無機質王太子の仮面を一瞬にして忘れ去らせてしまう、無邪気な笑顔。
今が危機的な場面であることすら忘れてしまいそうな王太子の表情に、周囲の者たちが瞠目する。
「ルイ、学園に結界を張ってくれ。オールベイン卿、学園と翡翠宮にも魔法騎士を配置して結界を張らせるんだ。オスカー、お前は伝令役だ。三ヶ所を順次回って結界の魔力の補充をしながら、現状を僕に報告しろ。まずはルイを護衛しながら学園へ。」
「「はっ!」」
「了解。」
ユリウスの指示にそれぞれが動き出す。
そして、ユリウスは大きく息を吸い込むと、自身に拡声の風魔法を纏わせ、王都中に声を響かせた。
「皆、聞け!私は王太子ユリウスだ!突然の闇に恐れをなす者も多いだろう。だが、我々には聖女がついている!彼女を信じ、今は身を守るのだ!王宮以外にも、新たにベッドフォート学園と翡翠宮にも守護結界を張る。それぞれ最も近い場所に避難せよ!時はある!慌てず動けぬ者に手を貸し、力を合わせよ!さあ、皆、動くのだ!」
王太子の毅然と鼓舞する声が、王都に希望を広げはじめる。
小さな混乱を都度騎士たちがなだめ、ゆっくりと、だが確実に、人々が避難所へと入って行った。
──外は大丈夫だよ、シャーロット。僕は君を待ってる。ここで、待ってるから!
◇◇◇
大神殿の中は壁が崩れ、折れた石柱があちこちに転がっていて、建物として形を成しているのが不思議なくらいだった。
そんな廃虚の中を進んだシャーロットの目に映ったのは、セシルをきつく抱きしめた異形の者……。
頭の横から生えた太く大きな二本の角。青く変色した肌と背中にある黒い翼。
闇に堕ちたロウエルの姿は、美琴の世界で物語に描かれていた魔王、そのものだった……。
「どう?そのナイゼル先生を見て。本当はシャーロットがなるはずだった姿だよ?」
ふいに彼女の背後からゼッドが問いかけてくる。
「僕が見た本の通りにさ、シャーロットが学園に入って馬鹿みたいに空回りしてくれると思ったから、わざわざ吐き気がする男の魂乗っ取って待ってたんだよ?大神官として聖女様をちやほやしてあげようって……。」
「………。」
「まぁ、半分はアリアのせいかぁ。……ロウエルも、頭がいいのか悪いのか。僕にキレて魔力を暴走させるなんて、本末転倒だよね?」
シャーロットの耳元で、カラカラと乾いた笑い声をもらすゼッド。
だが、シャーロットは不思議なほどに落ち着いていた。
「あなたが美琴の記憶を封じてたの?闇の魔力に関することだけ思い出せなかったなんて、おかしいもの。」
「ん、まぁね。ストーリーをいじり始めた君に、これ以上邪魔されたくなかったからさ。」
「そもそも、あなたは神なんでしょ?色んな力が使えるのに、何でこんな回りくどいやり方してるの?」
「おっ、いい質問。この世界をこの世界の人間に壊してもらわないと、意味がないんだよねぇ。」
ゼッドはそう言いながら彼女の正面に立ち、ジッと顔を覗き込む。
「僕さ、君たち人間が大嫌いなの。だってさ、せっかく父なる創造神ケイノンが数多の世界を創り上げても、人間ときたら血なまぐさい争いばかり……。欲にまみれて世界を汚していく。」
「……人間の歴史が、争いの歴史だと言うのは否定しないわ……。」
「そうだろう?ケイノンも色々やったんだ。獣人を創ってみたり、精霊の力を持つ者たちに人の型を与えたり……。でも必ずどこかで血が流れる……。だからケイノンに言ったんだよ。我々、神が世界を統べようって!そうすれば世界は美しいままだって!なのに!」
「………なのに、否定された?」
次第に声を上擦らせるゼッドを見ながら、シャーロットは平坦に問いかけた。
「神々は世界と世界の均衡を見守るために存在するんだと……。関与出来るのは魂の輪廻だけだって!?おかしいだろ!?こんなにも崇高な力を持つ神が、見守るためだけに存在するなんて!」
新たな世界が出来れば、その世界も含めて全ての世界がどこかで繋がりを持ち成り立つ。
そして、数多の世界の中、たった一つでも壊れ消えてしまえば、均衡が崩れ全ての世界が消滅するのだ。
「だから創ったの?この世界を?全てを消すために!?」
「ああ、そうだよ。僕の力と相性の良さそうな魔力が存在するならなんだって良かったから、たまたま人気だって目についた本を使ったんだ。壊すための世界を一から考えるなんて面倒だったからさ。なかなか面白い実験だったよ?」
ゼッドの余りに身勝手な言い分に、シャーロットは奥歯を噛み締めすぎてめまいがしてくる。
「ゼッド、あなたは痛みを感じたことはある?恐怖を感じたことは?」
「そんなのある訳がないだろう?僕ら神は、美しく汚されない存在なんだから。だからこそ、ケイノンではなく、今度は僕が父となって創るんだよ。唯一無二の美しい、人間のいない世界を……!」
自分の理想卿に酔いしれるゼッドの耳に、シャーロットの大きなため息が聞こえた。
それは彼を煽るのに十分すぎ、ゼッドの紅い瞳にはみるみるうちに怒りが迸る。
「ごめんなさい。随分と幼稚でくだらなくて、つい。」
「……人間ごときが、僕を幼稚だと?」
「まあ、そんなに怖い顔で見ないでよ。それで?この後は?……そうね、私がナイゼル先生を助けようと光の魔力を使うけど、この魔石に吸収されて無理だとか?」
「なに?何故、それを?」
「しかも、私が中途半端に光の魔力を発することで、セシル殿下の魔石が割れて死んでしまう……。その衝撃でナイゼル先生が再び暴走し、THE END。そんなところ?」
「お前……お前、一体!?」
淡々と話しながら、シャーロットはロウエルへと近づいていく。
「神様だからきっと、ナイゼル先生の行動も、言葉さえも全て見聞き出来ていたんでしょ?自分の思い通りに動く先生を嘲笑って、見下して。」
「っ!」
「でもね、心までは見えないでしょ?先生が本当は何を考えていたかなんて知らないはず。」
「何が言いたいっ!」
明らかな動揺を見せ、ゼッドの叫びが廃虚に響き渡った。
「簡単よ。あなたは逆に、ナイゼル先生の手のひらで踊らされていたの。多分、先生が私と出会ってからずっとね……。」
「……嘘だ……そんな……、そんな馬鹿なことが……。」
シャーロットの言葉を否定したいゼッドの目に、その否定の言葉を奪う光景が容赦なく入り込む。
闇に堕ちたロウエル……魔力を暴走させ自我を失ったはずの彼の肌が白く戻り始め、漆黒の角と翼が消えていったのだ……。
「おかえりなさい、先生。」
「ありがとう、シャーロット。」




