Episode 39
シャーロットたちが到着すると、王都は混乱の渦の中にあった。
「第三は市民たちを王宮の広場へ誘導しろ!」
「大神殿の周りに防御結界を!第二の魔法騎士はまだか!?」
間違いなく空を覆い尽くす漆黒の雷雲の影響だろう。
太陽の光を奪われ騎士団の魔法灯だけが頼りの闇の中、人々が恐怖に逃げ惑っていた。
あちこちに顔面蒼白で息も絶えだえにうずくまり動けなくなっている者たちがいて、騎士団だけで対応するにはとてもではないが人手が足りていない。
「オールベイン騎士団長!一体何が起きたんだ!?」
「殿下!?戻られたのですか!?」
王都に入り馬車を捨て、馬に乗って大神殿までたどり着いたユリウス達。
禍々しい黒い靄にすっぽりと隠されてしまった大神殿の前で、声を張り上げ部下に指示を飛ばしていた騎士団長を見つけ側へと駆け寄った。
「この黒い靄は?」
「断言は出来ませんが、恐らく……。」
「ナイゼルか?」
「はい。」
予想していたこととは言え、目の前の現実にシャーロットは唇を噛みしめる。
──絶対何か理由があるんだ!私にこんな魔石を贈ってきた先生が、ただ闇に呑まれるわけない!
「発言をお許し下さい、オールベイン卿。セシル殿下は見つかったのですか?」
「貴女は……聖女様ですね。殿下の所在は未だ掴めていません。」
「ゼッドの行方は?」
「それも……。ですが、私の勘では……。」
「二人も、この中ですね?」
辺りに響き渡る悲鳴と怒号。
シャーロットは胸元の魔石を握りしめた。
──思い出せ!思い出すのよ、シャーロット!この黒い雲を知ってるはず……知ってるのに!
彼女の中にある美琴の記憶。その中で何故かいつもぼんやりとして見えてこない場所がある。
今までそれを深く考えたことはなかったが、思えば小説の中のシャーロットがどうやって闇の魔力を得たのか、何をして断罪されたのか、その詳細だけが全く思い出せずにいた。
──もっと早く、それがおかしいって気づくべきだったのにっ!
後悔に苛まれ俯いたシャーロットの肩が、苛立たしげに掴まれ彼女はハッと顔を上げる。
そこにいたのは、オスカーだった。
「お前は何のためにここに来た!?何のためにずっと訓練してきたんだ!ナイゼル先生が教えてくれたんだろう!?心に呑まれて光を失わないように!」
「オスカー様……。」
「聖女シャーロット!今、貴女にしか出来ないことがあるだろう!」
「……はいっ!」
──そうだ。光の柱を護らなきゃ!今、光で照らせるのは、私だけだ!!
力強く天を仰いだシャーロットの体が、真っ白な光で包まれ始める。
その余りの神々しさに、周りにいたユリウスやオスカーたちが自然と彼女から後退っていった。
『光れ』
小さく呟いた彼女の中から、湧き上がるようにして眩い白が放たれる。それは空の闇に幾つもの穴を開け、そこから暖かい陽光が地上へと降り注がれた。
「光だ!」
「光が戻ったぞ!!」
「聖女様が降臨された!」
「「聖女様!聖女様、万歳!!」」
次々と歓喜の声が上がり、人々の瞳に希望が戻ってくる。
だがそれは、一瞬にしてかき消された。
大神殿の上に現れた人影。彼の声が再び世界を渾沌とさせたのだ。
「やあ、初めまして。僕の世界の愚民たちよ。」
彼の透き通る白い髪を見た途端、シャーロットの中で抑えつけられていたものがパンッと弾ける。
ハッキリと思い出す女神アリアの姿。美琴の最期……彼女の弟妹……。
「自己紹介をしよう。僕はこの世界の創造神、ゼッドだ。」
「ゼッド……創造神、だと?」
「そうだよ。この物語の第一ヒーロー。王子様枠のユリウスくん。」
「っ!?」
その台詞にシャーロットが目を見開き拳を握りしめた。
──きっとゼッドは本当の神だ。あの髪はアリア様と一緒だもん。ゼッドは小説だって知ってて世界を創って……!
「いやぁ、実に、君たちは実に愚かだよ。元々この世界は壊すために創ったって言うのに。泣いて笑って、悩んで喜んで。無意味な感情で、他人のために命まで差し出しちゃってさ。……どうせこの世界ごと全て消えるんだよ?」
高く響くゼッドの笑い声。それは狂気に満ちてシャーロットたちの元へと届く。
『アリアの小細工も、結局ムダだったね。光の乙女だからって美琴もこんなところに転生させられちゃって、可哀想に。』
──っ、日本語!?
『やっぱりわかるんだね、美琴?』
『私はシャーロットよ!美琴じゃないわ!』
『へぇ?必死に美琴の記憶に頼ってるのに?小説みたいに死にたくないから、ズルして物語を変えたんでしょ?そうやって自分だけ幸せになろうとなんてするから、シャーロットの身代わりにロウエルが闇堕ちするハメになっちゃってさ。本当、彼も惨めだよね?』
聖女にだけわかる言葉でゼッドが挑発する様子は負のオーラを広げ、みるみるうちに空の穴を埋め漆黒を戻していった。
未知のものへの恐怖……。身を守るため本能的に植え付けられているようなそれは、あっという間に人々の心を侵食してしまったのだ。
「シャーロット、君はゼッドのあの言葉がわかるのかい!?」
どうしようもない怒りに震えるシャーロットの手を握り、ユリウスが顔を覗き込む。
「あいつは君に何を言ったんだ!?」
「………ユリウス様。私……私、こんなに怒りが湧いたのは初めてです……。」
「シャーロット?」
「私は清らかな聖女になんかなれない。……許せない……。私の大切な人を、レイニードを、この世界を見下してバカにしてるゼッドが許せないっ!!」
「……ああ。それは全くの同感だよ、シャーロット。」
こんな時でさえ、ユリウスの碧い双眸は優しく愛しさに満ちてシャーロットを映し込んでいた。
──君を信じる。
──貴方を信じてます。
そこに言葉はなかった。けれど確かに重なった二人の想い……。
シャーロットはギュッと彼の温もりを自分の手に残し、静かにユリウスの側を離れた。
『神だかなんだか知らないけど、何もわかってないのはあなたよ!』
ゼッドは興味深そうに目を細め、シャーロットを見下ろす。
『自分の人生、幸せになろうとして何が悪いの?そんなの当たり前じゃない!あなたが本当にここをあの小説の世界にしたんだとしても、皆んな生きてるの!心を持って、命を巡らせて、本物として生きてるのよ!!』
『言いたいことは、それだけかい?』
『ナイゼル先生は惨めなんかじゃない……。あなたの思い通りになんてさせるもんですか!』
──あぁ、どうしようもないくらい溢れてくる……止まらないよ……。これが覚醒なの?先生……。
その刹那──。
余りの眩しさに誰もが目に映る景色を手放していた。
『強気な娘よ、では見るがいい。闇の遣い手の今の姿を。それでもなお、悔いることなくいられるならな!』
大神殿の入口へと闇が晴れ道が出来る。
シャーロットは迷うことなくそこを進み、一人中へと消えていったのだった……。




