Episode 42
それはシャーロットの目に、スローモーションのように見えた。
紅い刃のような閃光が、セシルとユリウスに向かっていく。
シャーロットの守護結界が間に合ったのは奇跡だったのかもしれない。それほどにギリギリのところで、紅い光は二人を守る壁に弾かれ空に消えていったのだ。
それと同時に、何故かシャーロットとセシルは大神殿の外へと出されていた。
セシルの意識はまだ戻らず地面に横たわったまま……。彼の体の下とシャーロットの足元には魔法陣が淡く光っている。
ほんの一瞬で起こった出来事の全てを目にし、理解出来たのは、エルサに乗って大神殿へと戻る途中のオスカーだけだった。
──あれは転移術!?……まさか冗談じゃなく、本当に復活させていたのか、彼は!?
「シャーロット!殿下!お怪我は!?」
エルサから飛び降り二人の元へと駆け寄ったオスカーの声に、ユリウスがハッとして周りを見る。
瞬時に状況を判断した彼は、すぐに声を張り上げ動き出した。
「私は大丈夫だ。オールベイン卿!叔父上を頼む!」
「はっ!」
「シャーロット!君は無事かいっ!?」
ユリウスは呆然と立ち尽くしているシャーロットの手を取って引き寄せ抱きしめる。
「ユリウス……様……?」
──よかった。ユリウス様は無事だった……。セシル殿下も……。でも、なんで?……先生は?先生はどこ……?
空も、そこから降り注ぐ陽光も、全てが元の色を取り戻した外の世界。
瓦礫の山と化した大神殿を見つめ、彼女の体はガタガタと震えて止まらなくなっていった。
「……嘘……嘘よ………そんな………。」
「シャーロット、落ち着くんだ。」
「だって……だって、そんな……。嫌……嫌っ!先生っ!ナイゼル先生!!」
悲鳴のようにロウエルの名を叫び、ユリウスの腕を振りほどいて駆け出そうとする彼女を、彼は苦しげに唇を噛みながらその両腕で囲い込む。
「離してっ!離して!!……お願いです、ユリウス様!先生が、先生が中にいるの……!お願い……お願いだから……!助けに行かせてぇ!」
──こんなの、ダメだよ!先生は守ってくれたのに……皆んなを守ってくれたのに……!
シャーロットの目からは大粒の涙が溢れ、頬を伝い続けていた。
だが、そうやって自分が泣いていることにすら気づけないほど、彼女はただひたすらに願い続ける。
「お願い……助けて……。誰か……誰か、ナイゼル先生を助けて……。お願い……お願いします……。」
土煙はおさまる気配がなく、あちこちでガラガラと瓦礫が崩れる音が聞こえていた。
ユリウスもオスカーも、目を凝らし懸命に救助の糸口を探している。だが視線を交わした二人の判断は同じだった。
──おそらく防御結界を使っても無理だ!今あの中へと入っていくのは危険が大き過ぎる!
魔力という特殊な力を以てしても抗えない現実を突きつけられ、その瞳を苦痛に染めるユリウス。
彼は泣きじゃくるシャーロットを包む腕に力を込め、きつく抱きしめた。
「どうしよう、先生が……先生が死んじゃう!……助けてくれたのに……先生が助けてくれたのにっ!」
「シャーロット、すまない!僕はこんなにも無力だ。彼の無事を祈ることしか……奇跡を祈ることしか出来ないなんて……!」
「……ユリウス様……。……そうだ……祈り……。」
彼女のパニックになり閉ざしていた思考が、大切な人の苦しげな声を耳元で聞いたことで、また前を向き始める。
──なんのために美琴の記憶を思い出したの?出来ることはまだあるんだ。小説のユリウスとカティアローザは光の石に祈りを込めて奇跡を起こしたじゃない!
「ユリウス様!お願い、これを一緒に握って下さい!」
シャーロットがペンダントをはずし、魔石を手に乗せて差し出した。
「私の……聖女の役目は祈ること……。お願いです、私に力をわけて下さい。」
「シャーロット……。わかった。彼は叔父上の大切な人だ。叔父上の分も一緒に、僕が祈ろう。」
指を絡め繋がる手と手……。
その間にある石からじんわりと温もりが広がり、二人は真っ直ぐに奇跡を願う。
──私の幸せは……きっと、これなんです……。お願い……、ナイゼル先生を助けさせて……。
やがて届いたその声は、彼女の頭の中に直接語りかけてきた。
『シャーロット、目を閉じてごらんなさい。』
懐かしくも感じる、女神の声……。
言われたとおり一度目を閉じてから、シャーロットはそっと問いかけてみた。
「もう開けていいですか?」
『ええ。』
また頭の中に響いたその返事に、彼女はパッと瞼を持ち上げる。
そこはいつかいた、白く凪いだ世界だった……。
「ありがとう、シャーロット。ゼッドを止めてくれて。」
「アリア様。……っ。」
「きっと、私に聞きたいことだらけでしょう?けれど、あまり時間がないわ。」
あの時と同じように、ロウエルの姿が映し出される。
石柱の下敷きになり、頭から血を流して倒れている彼からは既に生が感じられなかった。
「ロウエルの体から魂が離れてしまえば、私はその魂を連れて行かなくてはいけない。貴女が願う『奇跡』を起こせるの時間は、あと僅かしかないの。」
ふわりふわりとこの空間に佇む眩い女神の言葉は、不思議とシャーロットを冷静にさせ、彼女は大きく深呼吸をしてアリアを見上げる。
「教えて下さい、アリア様。私は、何をすればいいですか?」
「シャーロット。ゼッドが言った通り、本来私たち神は、魂の輪廻以外で世界に干渉してはならないの。でも今回のことは、我々神が起こした不始末。一つだけ願いを叶えることを許されたわ。」
アリアはシャーロットの前に降り立つと、彼女の前でおもむろに頭を下げた。
「だけど、ごめんなさい、シャーロット。神は万能ではないの。私が貴女の願いを叶えるには、貴女の大切なものを一つ、差し出してもらわなくてはならない……。」
「……えっ?それって……。」
『大切なもの』……そう聞いて真っ先に浮かんだのは愛するユリウスの姿。そして、大好きな父やオスカー、カティアローザ……。
──ダメ、そんなの無理だよ……!
シャーロットは泣きそうになる自分を叱咤して、必死に涙をこらえアリアの瞳を見る。
アリアはそんな彼女の心の内を全てわかっているように、優しく抱き寄せ語りかけた。
「この世界で、ちゃんと幸せを見つけたのね?シャーロット。」
「……はい。大切な人が側にいてくれる……それがどれだけ尊いのか……。特別な出来事なんて必要なかった……。」
「そう。」
「シャーロットだけじゃない、美琴だって……いっぱいいっぱい、幸せだったんだって……。」
「ええ、そうね。……シャーロット?大切なものは、もう一人の貴女のものでもいいのよ?」
ハッと体を離したシャーロットの頬を、アリアのひんやりとした手が包む。
「それは、美琴のものってことですか?」
「そうよ。」
「でも、今私が持っている美琴のものなんて……。っ、あ……。」
シャーロットが持つ美琴のもの……それはたった一つだけ……。
「……美琴の記憶……?」
アリアの優しい微笑み。それが答えだった。
彼女の中に眠る美琴の記憶。この世界で生きるため小説のことばかり取り出してきていたが、そこには亡くなった両親や残してきた双子の弟妹との大切な想い出が刻まれている。
美しすぎて手放し難い数多の想い出……。
──でも、残してきたあの子たちにとって、もう美琴はあの世界にいない存在なんだよね……。
彼らは十八歳。きっともう、しっかりと自分の足で人生を歩いていける……。
美琴の記憶は彼らの中に残り続けているはず。それだけで、十分だ……。
二人分の想いが交錯するとても温かくて不思議な感覚の中、シャーロットは清々しい気持ちで美琴に向き合い、別れを告げた。
──ありがとう、美琴……。私、シャーロットとして、ちゃんと生きるね……。
ふーっと心の中が自分だけの想いで満たされ、柔らかな表情でシャーロットが大切に言葉を紡ぐ……。
「アリア様。私を、レイニード王国のシャーロット・ブライア男爵令嬢にして下さい。」
アリアがそっと頷き、その体が凪いだ空間へと浮かび上がった。
また白から透明へと、眩く世界を変えながら、女神の姿が消えていく……。
その傍らには、小さな魂が寄り添っていた。
──アリア様は、どこまでわかっていたんだろう……。もしかしたら、最初から……。
そこまで考えて、シャーロットは小さく頭を振る。
きっと、そんなことを知る必要は、ないのだろうと。
女神はそんな光の乙女を愛で、そっと言葉を残して世界を戻した……。
『ロウエルの光の石を使って、聖女として再び光で包みなさい……。本当にありがとう……。幸せに……シャーロット……。』
──はい。きっと……。




