Episode 32
「ねぇ、エル。本当にいいのかい?」
「僕は別に……。シャーロットは君に任せたんだろう?」
「そうだけど……。」
ロウエルは謹慎が明けてからも、相変わらず研究室に籠もり、食事も睡眠もそこそこにずっと机に向かい続けていた。
「彼が歳の離れた妹を溺愛するあまり、愚かな真似をしたのは事実だけど、彼の研究に対する情熱は本物だろう?」
「………うん。次男である彼が、もう十年以上魔石を使った土壌改良の研究をしてるんだ。痩せた土地ばかりだったセルウェイ子爵領に農地が増えたのは、間違いなく彼の努力の賜物だからね……。」
セシルはそう言いながら、手にした封筒を見つめた。
──あの子達は、どんな答えを出すかな?
◇◇◇
夏季休暇も後半に入り、あと十日程でマルセル家の舞踏会だ。
カティアローザは十五歳のデビュー以来、祖母のグレースに教えを受けながら、マルセル家の女主人の役割りを任せられている。
この日も彼女は、セドリックと共に招待状の返事をまとめたものを確認していた。
「セドリック?これは、私の見間違いではないわよね?」
「左様でございますね、お嬢様。……セルウェイ家のご長男であるクラーク卿は非常に社交感覚の優れた方でいらっしゃいますが、現在のご当主はお嬢様を溺愛しておられますからね。」
カティアローザはやれやれとでも言いたげに軽く首を左右に振り、ベルを鳴らす。
「お呼びでございますか?お嬢様。」
「お父様にご相談があるの。書斎に伺ってもいいか確認してきてちょうだい。」
「承知致しました。」
メイドが下がると、彼女は微笑みを浮かべて呟いた。
「これはしっかりと『厳重注意』……ですわね。」
◇◇◇
シャーロットとユリウスは、あの夜以来「王太子」と「聖女候補」、そして学友という不安定な関係のままだった。
シャーロットは男爵令嬢という下位貴族の身分に囚われ、一方ユリウスもアーネストから「王太子の言葉は彼女を縛る鎖になりかねない」と諭されて、昂った感情のまま想いをぶつけようとした自分を許せずにいる。
そんな二人をもどかしく思いながらも、公爵の計らいでカティアローザはルイと恋人として過ごすことが出来ていた。
「まさかマルセル公に全てバレているとは思わなかったよ。」
「本当に……恥ずかしいわ……。」
当然ながらユリウスとの形だけの婚約は父が了承したのだが、自分の恋心が筒抜けになっているとは、カティアローザもルイでさえ気付いていなかったのだ。
離れに出入りする人間はユリウスとカティアローザの本当の関係を知る者だけに限られ、二人は隠れる必要もなく隣にいられる時間を大切に楽しんでいる。
「それで、シャーロットはセルウェイ家の次男の謝罪を受け入れたのか?」
「ええ。謹慎が明けた後、本来なら職を辞すべきだけれど、無給でいいから研究だけは続けさせて欲しいとセシル殿下に願い出たのですって。殿下はシャーリーが許せばと仰ったみたいで……。ユリウス様は不服そうでしたけど。」
そう言って、カティアローザは扇で口元を隠しながらクスクスと笑った。
「まぁ、彼の農地改良の研究は兄上も評価していたくらいだからな……。あそこまで民の暮らしに寄り添う研究をする魔導師はそうそういないと。」
「元々真面目な方だったようですね。妹君への接し方は間違いでしたけれど、誠意は見えますわ。問題は……。」
「息子は必死に謝罪して国に尽くそうとしてるのにな……。」
「でも、セルウェイ子爵家はクラーク卿が後継としておりますし……。」
「はぁぁ、カティ、なんでそんなに生き生きしてるの?」
「私、これでもずっと我慢していましたのよ。可愛い私のシャーリーを蔑ろにされて……!」
カティアローザが扇をグッと握りしめる。
「わかった、わかった。俺はいつでもカティの味方だよ。」
ルイが彼女のはちみつ色の髪をひと房手に取りキスを落とした。
みる間に染まるカティアローザの頬を、彼は指の背で甘く撫でる。
「……ル…イ……?」
「カティが可愛すぎて、どうにかなりそうだ。」
「そんなの、私だって……。 」
「ん?」
その聞き方がとろけるように優しくて、カティアローザは恥ずかしさについ、俯いてしまうのだった。
カティアローザを呼びに来て、偶然そんな場面に遭遇してしまったシャーロットは、顔を真っ赤にしてその場を後にした。
動揺して下を向いたまま小走りになっていた彼女は、突然誰かにぶつかって倒れそうになったところを力強い腕に引き寄せられる。
「っと、大丈夫か?シャーロット。」
「っ、す、すみません、オスカー様!」
「いや、俺は大丈夫だけど。ん?お前、顔赤くないか?」
「え?」
オスカーの大きな手が彼女の額に触れて、彼は心配そうに見つめてきた。
「熱はないな。平気か?」
「はい……なんでもなくて……。」
「本当だな?」
彼の穏やかな優しさで包まれて、シャーロットははにかみながら頷く。
「ん、それならいいや。そうだ、アーネストが時間があったら今のうちに今日のレッスンをしないかってさ。これから予定あるか?」
「いえ、何もな…くなりました……。」
「じゃ、一緒に行こうぜ。今日からレントラーを習うんだろ?俺も苦手だから、不本意ながらあいつに教わることにしたんだ。マルセル家の舞踏会でレントラーが踊れないのはマズイからさ。」
「そうなんですか!?」
レントラーワルツ。元々はこの地方の農民の踊りだったものが洗練された舞曲だ。
美琴がいた世界では、某有名ミュージカル映画で家庭教師の主人公と大佐が踊っていたダンス。
──まさかシャーロットとして、あのダンスを踊ることになるなんて……不思議。
「シャーロットはレントラー知ってるのか?」
「ちょっとだけ。」
「そっか。あれなら、身長差がある俺とも踊れるな。」
久しぶりに見るオスカーの無邪気な笑顔。そんな彼に、彼女もつられて無防備な笑みを見せる。
「頑張りましょうね、オスカー様。」
二人は足取りも軽く、アーネストが待つホールへと入って行った。
その頃──。
「殿下、何か問題が?」
ユリウスはマルセル公爵の書斎で届いたばかりの手紙に目を通し、顔つきが険しくなる。
「母上からです。状況によっては休暇の終わりを待たずに呼び戻すかもしれないと……。」
「それは、一体……。」
「……叔父上の体に、異変が出始めたようです……。」
「……っ!?」
部屋の中の空気がピンと張り詰め、ユリウスは手紙を握る手に力を込めた。
──叔父上、本当に信じていいんですね?彼を……ナイゼルを……!




