Episode 33
「シャーロットお嬢様。旦那様がお見えでございます。」
「えっ!?そんな、お呼びいただければ私から伺ったのに……!すぐにお通しして。」
舞踏会前日──。
シャーロットは離れの自室でソフィーと静かに過ごしていた。
カティアローザは女主人としての仕事で忙しくしており、ユリウスやルイもお忍びとはいえ王族として、数日前から宿泊しているゲスト達との社交がある。もちろん、オスカーとアーネストはユリウスの側に侍っていた。
そのためか、シャーロットはカティアローザに部屋から出ないようにと言われているのだ。
部屋で一人ランチを終えた頃。先触れもない突然の公爵の訪問。
シャーロットは何の用件があるのか全く思いあたらず、緊張気味に彼を出迎えた。
「急に来てしまってすまないね、シャーロット。」
公爵に指示され、後ろに控えていたフットマンが抱えていた大きな箱を主室のテーブルに置いて下がって行く。
「閣下、こちらは?」
そう問いかけたシャーロットを、公爵は優しくたしなめる。
「シャーロット?私のことは何と呼ぶのだったかな?」
「あっ………その……小父様……。」
「うん。よくできました。」
公爵はシャーロットの頭を軽くポンポンと叩くと、手を引いて共にソファーに腰掛けた。
「前日のこんなギリギリになってしまったけど、これは私からの贈り物だよ。開けてごらん。」
「はい。」
返事をしたシャーロットに目配せされ、ソフィーが目の前で箱を開ける。
同時に溢れるシャーロットの「うわぁ」という可愛らしくも嬉しそうなため息……。
「気に入ったかい?」
「はい!とっても、素敵です……。」
そこに入っていたのは、彼女のためにあつらえたボールガウンとアクセサリーの数々だった。
年頃の女の子らしいキラキラとした瞳でそれらを見つめるシャーロットに頬をゆるめる公爵が、少しだけイタズラな口調で彼女に問いかける。
「さて、シャーロットに問題。男性が女性にドレスを贈るのはどんな時?」
「えっと……夜会でエスコートをされる時……でしょうか?」
「うん、正解。それじゃあ、明日君をエスコートするのは?」
「………………………っ!?」
驚きのあまり声が出ないシャーロットに、公爵はニッコリと「明日は迎えに来るからね」と言ってそのまま本邸に戻って行った。
「ソフィー……ソフィー………?どうしよう!?私、一人で端の方にいればいいんじゃなかったの?」
カティアローザからは、ボールガウンは手配してあるから気楽に参加すればいいと言われていた彼女は、突然告げられた当主のパートナーという大役に頭の中が真っ白になっていく……。
「お任せ下さい、お嬢様。明日は私が全てをかけてお嬢様を磨き上げてみせます!」
──ソフィー、そういうことじゃないよぉ……。
決意に満ちた様子でボールガウンをクローゼットへ運んでいくソフィーの背中を見ながら、シャーロットは力なくソファーに倒れ込んだのだった。
そして翌日──。
シャーロットは張り切ったソフィーにされるがまま身を任せ、午前中から支度に追われていた。
「お嬢様、コルセットを締め始める前に、何か少し召し上がって下さい。」
テーブルに用意されたひと口サイズのサンドイッチやフルーツ。
シャーロットはあまり味もわからないまま、半ば無理やりそれを飲み込んでは、ふーっと息をつく。
──結局、カティ様にも会えないままだし……。なんで急に小父様がエスコートして下さることになったんだろう?
目の前にあるボールガウンを着せたトルソーを見つめ、緊張と疑問でごちゃごちゃになった頭の片隅……シャーロットは小さな願いを思い浮かべてみる……。
──ほんのちょっとでも……綺麗だって思ってもらえたら……。
「……嬉しいな……。」
この数日ずっと会えずにいるユリウスにやっと会える。
シャーロットの心の中には、次第にただそれだけが溢れて止まらなくなっていくのだった……。
「さぁ、お嬢様。コルセットをつけますよ。」
◇◇◇
夕暮れ。続々と車寄せに滑り込んでくる馬車の列。
食事や飲み物が並べられた大広間と、そこに続くボールルームには、華やかに着飾った紳士淑女が様々に色を咲かせている。
そんなゲストの合間を、まさにパーティーの華となったカティアローザがユリウスにエスコートされ挨拶に回っていた。
仮初の婚約者として、ユリウスの瞳の色、ロイヤルブルーのボールガウンを纏い笑顔を振りまく彼女。
その笑顔が不敵に色を変えた瞬間を、ユリウスは見逃さなかった。
「これは私にお任せ下さいね、殿下。」
「わかってるよ、カティ。」
二人だけの密やかなやり取り。
カティアローザが次に声をかけたのは……。
「まぁ、セルウェイ卿。まさか本日いらしているとは思いませんでしたわ。セルウェイ嬢もご一緒ですの?」
「これはカティアローザ様。ご機嫌麗しく存じます。」
「カティアローザ様、素敵なドレスですね!」
周囲の人々がカティアローザの異変に気付き様子を伺う中、セルウェイ子爵令嬢の実に無邪気な声が響き渡る。
それは、この日の彼女の一番の目的である『厳重注意』の幕開けだった──。




