2/2-1 それは雪のように
あの日以来、憂と春樹は一度も会っていない。ともすれば、電話のやり取りすらしなかった。声を聞けば会いたくなってしまうと憂が言ったためだ。
ちらちらと雪が降る日だった。人々は殆ど家から出ていないためか、何となく町全体が物哀しい雰囲気を醸していた。
この日、どうしても今日渡したい物がある、と声を掛けたのは春樹だった。最初、憂は拒否したが、五分だけでも良いという春樹の強い申し出により会うことになった。絶対に五分以上は合わない、と約束して。
憂がいつものラウンジから出て来た時、すでに春樹は待っていた。久しぶりに見る彼は少し痩せた気がした。
「とりあえずセンター試験お疲れ様」
久しぶりに聞く彼の声。いつもの彼だ。ありがとうございます、と憂は返す。
「本当にホッとしています。足切りラインも充分超えました」
「本当に行くんだね、東京」
「まだ決まった訳では無いですよ。ここからが正念場です」
それ以上はお互い何も言わなかった。ただ隣り合って座る二人。この時、春樹は憂がいつもの腕時計をしていないことに気が付いた。
「憂さん、憶えてる? 」
切り出したのは春樹。
丁寧に包装されたバスケットから取り出したのは、小さな鉢植え。佇むのは俯くように下に向かって開く三枚の花弁、雪の様に真っ白い花。わぁ綺麗と憂は感嘆の声を漏らす。
「これが僕から憂さんへの気持ちです」
いつか話をしたあの花。
「スノードロップは別名、待雪草。耐寒性に優れ、寒い冬でもじっと耐えられます。そして、この雪の様な見た目。これを傍において勉強してください」
「つまり蛍雪の功、ですね」
ふふふと笑う憂。それを見てさすが憂さん、と一緒に微笑む。
「誕生日おめでとう」
ありがとうございます、と手袋で顔を抑える憂。指の隙間からは一筋の涙。
「あの時と逆だなって、春樹さんが私の誕生日を覚えていてくれるなんて、なんか嬉しくなってしまって」
憂のすすり泣く声だけが、静寂の中で響いた。
「じゃあ行きますね」
マフラーに顔をうずめ、赤く染まった鼻をこすりながら憂が立ちあがる。これ以上一緒にいるとせっかく固めた心が折れていまいそうだからと寂しく呟く。
「憂さん……」
春樹には言いたいことがたくさんあった。憂の脚を止められるであろう言葉も、いくつも考えて来た。ただその中で、やっと出てきたのは、
「ありがとう」
憂は大きくこくりと頷くと、一度も振り向かず去っていく。春樹はただその背中を見つめる。
憂さん、確かに僕の気持ちは届けました。
弾けたように春樹が駆けだす。憂が振り向くより早く、後ろから強く抱きしめた。




