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snow drop  作者: ふぁーむ
13/15

2/2 side 春樹

 あの日を忘れない。今でもよく夢に見る、あの冬の寒い日を。

 滅多に雪が積もらないこの地方に、五センチ積もったと朝のニュースでやっていたあの日。授業が二時間目から切り上がり、校庭で雪合戦になったあの日。帰り道に凍った水溜まりを見つけ、スケートリンクだと啓祐とはしゃいだあの日。初めて庭にスノードロップが咲いたあの日。ベンがいなくなったあの日。

 そろそろ塾に行かなきゃと、啓祐が遊びを切り上げる。独りになった後、藍と雪だるまを作ろうか、それともベンに雪を食べさせてやろうかとこの後の遊びを頭の中で練りながら家に帰った。ところが藍は雪が怖いと泣きじゃくるし、ベンは小屋の中で丸くなって出てこない。仕方なしにランドセルを玄関に投げ捨て、独り庭へと向かう。暫くは雪玉を作っていたけど、独りじゃどうしても飽きてくる。

 そんな時、白一色の世界の中、雪に埋もれる何かを見つけた。あっと声を上げた、と思う。

 葉まで真っ白に染めて、白い花が雪の間に提灯のように垂れ下がって咲いていた。こんな雪の中でも咲くんだと感動した。

 お母さんと一緒に買いに行き、庭で育てたその花。初心者でも育てやすいお花はありますかと聞いた僕に、お店の人が勧めてくれたのがこの花だった。

 聞いたことの無い花だったけど素敵な響きだった。マザーグースのビデオを見ていたから、英語も少しは知っていた。雪の飴なんてどんなお花かなと言うと、スノードロップのドロップは飴じゃなくて耳飾りの事だよとお店の人が教えてくれた。だけど実際にその花を見ると、こんな耳飾りをした人なんて今まで見たことが無いよ、と思った。大人になったら、こんな耳飾りを付けた人と結婚するのかな。それにしても綺麗なお花だな。

 はっと思う。これを誰かに見せたいと。だけど藍を連れてこようとすると、お母さんに叱られるだろうし、啓祐は塾に行ってしまった。仕方ない。寝ているベンを起こそう。

 ベンは白くて大きな犬だ。よく知らないけどクバーズという種類らしい。ベンは片耳を上げ顔を起こし、ちらりとこちらを見るとまた眠そうな顔でうずくまる。起きてよ。ベンの寝ている毛布を揺らし、眠らせないようにした。ベンは嫌そうな顔をして、しぶしぶ小屋から出て来た。

 ベンを花の前まで連れてきて座らせる。ほらベン見てよ、凄いでしょ。僕が育てた花なんだよ。こんな雪の日でも咲くんだよ。ベンは退屈そうな顔。

 やっぱり犬にはわからないか。やっぱり藍を呼んでこようか。そんなことを考えて、ちょっと目を離した隙にベンが土を掘り返す。

 あっ、何をするんだと言ったけれど、そのままベンは玉ねぎみたいなところを、いくつかぱくりと食べてしまった。三枚の花びらこそ残っていたけど、初めて咲いたお花のほとんどはベンの腹の中。せっかく育てたのに。

 ベンを睨みつけるけれど、欠伸をするだけ。反省していないじゃないか。

 ここにベンを置いておいたら、残りのお花も全部食べられちゃう。急いでリールを持ってきてベンを引きずる。反省するまで家に帰さない。


 ベンはやる気が無いのか全然しっかり歩かない。あっちによたよた、こっちによろよろ。雪の上だと歩きにくいのかな。よし、あそこのタイヤの跡を歩かせよう。僕も歩きやすいし。それにしてもベンって白いから雪の中だと隠れちゃうんだね。

 どれくらい歩いただろうか。五分か十分かそれくらい。ベンはどんどん元気が無くなり、急に雪の上に横になった。こんなところで寝ちゃ駄目だよ。僕は凄くイライラした。

 ベンはとっても大きな犬で、僕が引っぱったくらいじゃ動かない。僕はベンを起こすため、リールを離し、頭の方に周る。いつものようにベンの頭を持ち上げようとした時、うわっとのけ反った。

 口からは泡を吹いて、舌がだらりと出ている。どうしたの、ベン。その時背中で大きな音。びっくりして振り返ると、道の真ん中に大きなトラック。クラクションを鳴らしながら、結構なスピードでこっちに来る。僕は驚いて、道の脇に急いで避ける。あっベンが……。



 その後に聞いたのは、地獄の生き物の様な唸り声と骨が軋み砕ける音。通行人の悲鳴と怒声。あとは吐瀉音。そのどれもが今でも耳にこびりついている。

 後で知ったことだが、スノードロップの特に球根には、アルカロイド様の毒性があるらしい。ベンは球根を食べて中毒になり、途中で倒れた。白い体は雪に紛れそのままトラックに轢かれた。それだけだ。

 あの日、啓祐に塾が無ければ、藍が直ぐに来てくれれば、スノードロップが咲いていなければ、雪が降っていなければ。一つでも違っていれば、ベンは死なずに済んだかもしれない。一言で言うなら理不尽。



 そうだ。だからこそ美しかった。だからこそ興奮した。何の疑問も無くこのまま日常が続いていくと信じていたであろう彼女が、前触れもなく日常を断ち切られたという現実。

 その時彼女はどんな気持ちだっただろう。それを想像するだけで、私の胸はまるで絶頂に達したかのように高鳴る。今になってもあの日のことを夢に見るが、理不尽に訪れるベンの最期の表情と断末魔で、布団を濡らす日だって珍しくは無い。

 騒ぎを聞いて駆けつけた母親の前で、「ベンの体に悪い物が入った。」と口走ったため、今でも両親の中では、「ショックで記憶が混乱し、悪い(フィラリア)で死んだと思い込んでいる」と言う事になっているが、忘れるはずがない。あの日、あの瞬間に幼い僕の性癖は決定づけられたのだから。

 綺麗な指に興奮する。鍛え上げられた筋肉に興奮する。それと同じだ、死にゆく人や動物とその想いに興奮する。人よりも特殊なだけだ。そう、ただ特殊すぎるだけ。

 あの時、確かにベンはもう手遅れだった。だが、嘘では無い。本気で獣医を目指したのも、いつか図書館で二人に語った「あぁもっと自分に知識があればっ……」という言葉も。

 今でも心から後悔している。もっと知識があれば……。もっと知識があれば、ベンをもっと長い時間苦しめられたのに……。


 そうだ、報いを受けさせたい者がもう一人。人のことを散々弄んでおいて、自分の夢を叶えたいから距離を置こうだと。都合の良いことを言って、関係を無くしたいだけだろう。どうせ東京に行って彼氏を作って、一年もしないうちに僕のことを忘れるのだ。ふざけるなよ。僕の思う通りに動かないのならば、もう要らない。

 ……いや、これはただの建前なのかもしれない。本当はただ、彼女がもがき苦しむ姿を見たいだけじゃないのか。美しい彼女の表情が苦痛に歪み、醜い姿で赦しを乞う姿を……。

 もうこんな言葉の羅列では我慢が出来ない。

 どうせ隠し続けてもこれから先、真っ当には生きられないだろう。

 ……それならいっそ。





 憂さん、あなたに今日この花を捧げます。そして理解してください。スノードロップの本当の意味を……。

 


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