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ネコゴ  作者: ハクノチチ
3/25

あさみとぱつ -緊張した冬の満月-

 さて、梅雨の蒸し暑いある夜、店の外の喫煙所(水を張るバケツが置かれているだけだ)であさみとたまたま二人になってしまい、どちらも特に話しかけたりしなかったのだが、後から煙草を吸いに来た「ヤスさん」と言う六十代の顔見知りが、ぼくをあさみに紹介し、あさみはぼくを紹介された。人を繋ぐのが好きな赤ら顔の老人はぼくからメビウス・ライトをもらいあさみに火を点けてもらった。

 黒いタンクトップに黄色いハーフパンツで、ピンクのクロックスを履いた鉤鼻の女は、茶髪を後ろで結い、銀縁の丸メガネをかけ、受け口の薄い唇に口紅しかしていなかった。それはそうだ。歩いて五、六分の所からアーケード街へ猫のエサを買いに出たついでに一杯寄っていたのだから・・・・・・彼女はぼくよりも遥かに愛想が良くなかった。

 ぼくは口と心が真反対を言うタイプのブスだけれど、あさみは口をつぐみ心を隠すタイプのブスなのかな? と初めは思ったものだ。

 白い華奢な肩からオレンジ色の下着の紐がチラチラしていても、意識しないでいるようにする必要はなく、髪をアップしたうなじに汗のテカリを探そうとも思わない。もちろん年上そうだから、と言うわけでもない。やっぱり好みではなく・・・・・・いやブスである以外は目を引く女ではなかったのだ。

横を向いて煙を吐きながら軽く頷き、ぼくが何をお飲みになっているんですか? と聞けば、まぁ、と少しだけ微笑んだ。まぁ、じゃねぇだろ? ホッピーだよな、キンミヤの白ですよね! とは口にせず、はぁ、とこっちが恥ずかしくなって了解し会話は完結した。ちなみに、あさみが何を飲んでいるのかチェックしていたわけではない。誰が何を飲んでいるかなど、あの楽し気な空間の中にいればなんとなく耳に入ってくる。それにしても今思うと最初のあの態度はツンデレでもなく、ノーマーク同士だったからでもなく、たぶんぼくを査定していたのだ。自分でも情けない、というか残念なものの言い方だけれど自身の顔と相手の顔を・・・・・・とは言え、夏が終わるころにはLINEの交換を終えていて、少なくともぼくは異性だけれど「性」など意識しないし、しようもない「飲み友」となり「角打ち」以外の店にも二人で行き始めていた。あっちの駅にもこっちの駅にも安い飲み屋は幾らでもあるのだ。やきとり、もつ焼き、串揚げ、海鮮居酒屋等々。

 誰と飲みに行っても干渉しないらしい、嘘のように寛大な同棲相手が猫だと知ったのはこっちの駅からあっちの駅に送った夜のことだ。

 「ねっ、だからキスくらいしない?」と言われたとき、ぼくは密かに「ラージヒル」と呼んでいたあの鉤鼻とか、アロアナの様な受け口とか、そういう悪目立ちする顔の部位ごと恋に落ちてしまったのだと思う。


 「ぱつ」がいる所ではしたくないから、という理由であさみの部屋に上がったことはなかった。こちらの部屋が主戦場だった。

 猫なら「ぱつ」以外は絶対に受け付けないんだけど、人間の男のは基本誰のでも燃えちゃう、と言ってぼくの尻の穴を必要に嗅ぐ激しい性交をしまくっていたわりには・・・・・・いやだからこそかもしれない・・・・・・我が人生で一番浮かれた濃密な時間はひと月もすると瞬く間に萎れてしまい、燃えると言っていた臭いをスルーするどころか、悪いけどもう私には死んでも無理、となりこっちは初めから無理だった。

 当たり前だけれど回数は激減した。話に聞く通り、恋人同士はケンカが増えると営みは更に減っていくものの、行為の回数では計れない繋がりが(たぶん)芽吹き、いさかいは長引かず仲直りする。どちらかと言えばぼくが折れるか忘れるかをしたし、あさみはなんとなくな終戦を受け入れなければ猫ごと出て行かざるを得ない、ともしかしたら考えていたのかもしれない。

 翌年の春先、あさみは自分の部屋の更新を期にぼくの部屋に越してきた。同棲と言うよりは「同居」みたいな感が否めない暮しで、あるいは同棲別居って言う、考えると不思議な・・・・・・いやあの結果にまっしぐらな暮しだったに過ぎない。


 「ぱっつん」との初対面はあさみが暮らしていた、ロフト付きの細長い1DKアパートの前だった。十年同棲している「彼」を胸に抱き階段を下りてきて「私の彼の前髪素敵でしょ?」と笑った。猫は満月のように目を丸くして明らかに緊張していた。

 「こんばんは」ぼくは話しかけてみた。

 「・・・・・・」猫は何も答えず早く家の中に戻りたそうだった。

 「春になったらこの人と三人で暮らそうと思っているけれど、どう?」あさみはぱつに聞いた。

 「・・・・・・」猫は何も答えず早く戻りたそうな無言を続けた。

 「素敵な前髪だね」と言って初めてぱつの頭を撫でた。猫の毛の柔らかさは見ための通りだった。

 「・・・・・・」ぱつはぼくが撫でている間中、緊張した冬の満月を閉じていた。



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