あさみとぱつ -角打ち-
白黒茶三色柄のオス猫は、左右の耳の間の部分が黒くて(ちょうどおでこのRに沿っていた)顔は全体的に白だった。正面から見ると本当に前髪を「ぱっつり」切った感じだ。ブスだから余計に可愛く見えた。
ぼくらは「ママ」を間に挟み互いを受け入れ、最終的には三色のまだらなお腹を見せてくれるようにもなった。
飼い主の「ママ」とは、そう遠からず籍を入れることになるだろうな、と今にして思えば全くの思い上がりを持っていた。「ママ」は「ぱっつん」しか愛せなかったのだし「ぱっつん」は、たとえばだけれど「ママ」が死ぬほど理不尽な理由や、そのときの気分やノリで誰かに自殺教唆し、実行させてしまったとしても「ママ」に責任なんか1ミリもないにゃ~などと、心の底から擁護するくらい「愛している」に違いなかった。飼い主と飼い猫の関係なのだから人間社会の倫理観や道徳観やらで、種を越えた二人の「愛」を批判しても意味がないし、逆に肯定されても本人たちに意味はない。むしろ愛猫家から共感されても拒むかもしれない・・・・・・まるで妊娠が発覚した高校生のカップルの如くである。
親や友達や社会、ひいては二十歳の祝いの日に「十七歳のとき神様から授かった子供の将来と、お互いの人生をより前向きに捉えるべく、本日私たちは結婚を卒業しました」とSNSに投稿し、笑われて炎上するお騒がせな「先輩」が何をしのごの言おうが「私たちの愛の深さと永遠は誰にも分からない」と、世の中をバカにする「現役」と同じ熱量で、つまりあのブスとあのブスは、この世で実体を有する者は自分たちだけで、その他は時の運や自身の行いいかんで利害をもたらす亡霊か、ただの煙に過ぎないと捉える、劇的で最終的な「愛」を確立していて、しかもそれが10年近く継続しているのだ。ならば、ぼくの二十万円をイケメンデートに「ママ」が使ったところで、バカ三毛には屁でもない平常運転でしかなく、仮に「ママ」をシャー、シャー、威嚇するのならば、酔った勢いで飲み屋街のサクラ猫といちゃいちゃした痕跡を嗅ぎ分けたときだけだ。一度だけ実際にそのようなことがあったらしく、以来「ママ」は絶対に「浮気」をしないと誓っていた。そして「彼」は許した。でもぼくはどうしても許せなかった。お金が絡んでいたからだろうか? 二十万かかったらしいデートをされてブチ切れるくらいは、彼女を愛していたのだろうか? 知らないイケメンとブス男のぼくの「性」の差が、嘘を込みで二十万円した現実にブチ切れたのだろうか? なんだよ顔の差って? 身長の差もあったみたいだけれど。
あさみと出会ったのは二年前のことで、場所は隣町の酒屋がしている「角打ち」だった。配達中に聴いていたラジヲで紹介されるまで、そんな酒屋があるのを知らなかったぼくはさっそく仕事上りに寄ってみた。
一つ手前の駅で降り、検索したスマホを片手にアーケードの続く商店街の奥の方まで行き、仏具屋の脇を曲がって住宅街を更に五分ほど歩いた。何もない通りに沿った木造の店舗兼自宅の二階のベランダには物干しざおが二本、空のまま渡されていた。あまりに物静かな生活感に、どこかからやって来た迷惑な野生のニホンザルが牙を剥き出し、こちらを威嚇する姿を想像した。どうあれ、今歩いてきたアーケード街にあった、古いヨーロピアン家具専門店のような、バカおしゃれな酒屋とは趣が違いむき出しの昭和感。
ぼくはキリン・ラガーの大びんとグリコ・クラッツをレジに持っていき「角打ち」があると聞いたのですが? と愛想のいいロン毛の青年に金額を払いながら聞いた。
「この後ろです。ご利用されるお客さんにはプラス100円を頂いています。いかがなさいますか?」
ぼくは100円を払い、ビールグラスを受け取り栓を抜いてもらった。
「飲み終わったびんとグラスは、ご面倒ですがこちらへ持って来てください」ロン毛の青年は頷いた・・・・・・まさか人生における一つの「大きな季節の扉」だったとは思いもせず、レジの後ろにある「飲みすぎないよう注意してください」の張り紙を貼る木戸を引いたのだった。
どうだろう、二十畳ほどのスペースに、十人くらいで囲む古い大机が二つあり奥の壁沿いには、なぜかおしゃれな二人用の小さな赤いステンレスの机が二つあった。平日の夜八時近く十五人ほどがガヤガヤ楽し気に、定価で買う酒を飲んでいた。
それから週二くらいのペースで立ち寄るようになり顔見知りが出来た。そんな人たちから違う人を紹介され、その人からまた紹介されているうちに、三歳年上のあさみに行き着いた。
一人で立ち寄る女は、実はそれほど珍しいでもなく、だから特に目立ったわけではない。これまで何回か目にしていたけれど、ぶっちゃけて言うのなら完全ノーマークだったので同じテーブル(もちろん立ったままだ)にいたときも会話はなかった。
初めから諦めていたけれど「吉野さん」と言う、郵便局勤めのシングルがいて、ぼくが「角打ち」に行く目的の三割は占めていた。




