あさみとぱつ -靴ぐらい脱ぎなさい-
まさかね、と思っていたけれど始めてみると驚いた。どうしてこれほどの数の人間が「絶対に嘘だろ」と確信しながら、たかが500円とは言え、誰とも知らない他人の言動にその対価を払うのだろう? 同じ国に住んでいながら「円」のレートがぼくと違うのかもしれないけれど、たぶん本当はぼくよりも暇なのかもしれない。
無職が三カ月続いている。そのうちの二カ月はハートをやられてしまい、それで何もかもが幸せだった幼少のころ夢中になった塗り絵帳を束で保管する、押し入れのある実家の部屋の中で過ごした。でももちろん仕方のないことなのだ。起こってしまったことは実際に起きてしまったのだから。仮に回避する術があったとするのならば、時として笑えないくらい容赦のない偶然が、とにかく自分の身にだけは起きないよう常に祈っていなければならない。
・・・・・・三カ月前まで運送会社の社員ドライバーとして働き、家賃十万円ちょっとの古い三階建て集合住宅で、最後の一年を顔も性格もそこそこ酷い女と女のブス猫と三人で暮らした。地震があると速報で発表される震度より体感的に1度ほど大きく感じる部屋の間取りは2DKだ。
本当に神様がいるのだろうか? と半信半疑のままきれいにしていたトイレと、どう見てもイケてない自分の顔を鏡で見飽きた洗面所の間に置く猫のトイレの臭いがいつも気になっていたが、我慢出来ないほどではなかった。それは顏が、じゃなければ顔と性格が男前だろうがいまいが起こり得るだろう、男女関係での浮き沈みを繰り返しつつも戻れないような一線を越えたりはしない(とぼくは思っていたし、疑いもしなかった)日々に感じていた「彼ら」への愛情と「臭い」はリンクしていたからだと思う。
だけどプラス震度1の部屋へ引っ越してからの五年間、何も起きないことで「お得だよね」と捉えていた平穏な社会の隅での暮らしは、二人への突然の怒りと殺意により引き払い終わってしまったのだ。
あのブスな四つ脚が用を足す臭いのする空間へ、一瞬たりとも戻るのは無理だったので、ぼくの荷物も女の荷物も、猫のケージも業者に頼み処分してもらった。結構な額がかかってしまい、おそらく引っ越したとしても代金には大差なかったろう。本当なら何も持ち出さず油を撒いて火を点けて処分したかったのだが、それは眠れない夜に思い描く、いくつかの場面の一つである。小さな滝のような炎に包まれながらうつ伏せる女は血を流していて、猫はケージの中で失禁しながら毛を逆立てシャー、シャー、目をひん剥く。
いずれにしろ実家に戻り母の手料理を食べ、真っ白な心で滅茶苦茶な色を塗った、塗り絵帳の束を懐かしく開いて泣いたりしていたからか、気力を削ぎ身体を重く、鈍くしていたハートが幸いにも二カ月ほどで回復してきている実感を持てた。裏切り者たちを火刑に処す想像が止められなくなる夜の回避に役立つ睡眠用の錠剤は今も飲んではいるのだが。
美大を卒業してデザイン会社に勤めてから独立し、やがて新車のBMWを手に入れたバツイチの兄と、風船とかトラやクジラなど引かれた線の中にただ色を塗るだけしか能のなかった高卒未婚のぼくを比較すればするだけ親子関係は取り返しがつかなくなると悟った、役所を勤め上げた父とかつては高校で美術教師をしていた母は、目を吊り上げる死に顔をした亡霊のような姿で出戻った次男に何も聞かず「足があって良かったけれど靴ぐらい脱ぎなさい」と言った。電車を乗り継ぎ半ば帰巣本能で帰って来たぼくは靴を履いたまま自分の部屋に直行していたのだった・・・・・・。
代償は計り知れないほどなのだが、アカウント名「ネコゴ」を思いついたのは三毛猫「ぱっつん」による。
ハートが重たい石のようになってしまったのは、女の裏切りだけではなくあの猫の最後の態度と言うか、捨て台詞も大きな要因だったろう。
昔に「球」を取られていた「彼」は、女と口論しているぼくに向かって「たまがあるのにたまなしだな」とはっきり喋ったのだ。でももちろんそんなことは誰にも言えない。
「えっ、猫って日本語をしゃべるのですか?」と半笑いされるに決まっているし、親身になってくれる人(母以外いないけれど)だったら、ストレスで幻聴がどうしたこうした、と心配のフェーズが変わってきてしまうだろう。だから薬を処方してもらった医者にも「ちょっとした人間関係です」と答えた。
机の上のノートパソコンでカルテを作る白衣の若い男は「だろうね」と言いたげな顔を一度だけ上げ「まずはこのお薬で試してみましょう」と微笑んだ。
普段から「口コミ」など信じないので、実家から一番近い心療内科を選んだのだったが、確かに「患者に寄り添うそぶりも見せない若い医者」の通りだった。とは言えそんなことくらいで重たい石がもっと重くなるか新たに増えるなどはしない。ブスの女とブスの猫を殺す想像を、止めたくても止められない眠れぬ夜が薬で改善してくれればいいだけで、あるいはベッドに寝たまま天井を見上げているだけの日中に変化が起きてくれればいいだけなのだ。今更この歳で、人間はもとより小動物の虐殺などもしたくはないし。




