ネコゴ ー翻訳依頼が殺到していますー
20件×五百円=一万円がほぼ毎日送金され始めた。いくらかの誹謗やら中傷やらも散見しだしたけれど余り意に返さなかった。たぶんぼくがしていることにぼく自身が信念を持っていなかったからだろう。もちろんあの日のぱつが人の言葉を喋ったのは本当だったと信じているのだが、今のところで言えばどの猫もただ「ニャ~、ニャ~」言っているだけで、ぼくにも「ニャ~、ニャ~」以外の「音」は聞こえない。だから、嘘つきクソ野郎、猫語詐欺、サボテン語は訳せますか?(大きくて丸いサボテンの無言の動画が送られてきた)等と言われようが、大して思うことはなかった。でもネコゴの活性化にはさすがに罪悪感が全くなかったわけでもない。しかし日に一万円入ってくるので、新しい仕事を見つけなければというモチベーションが低下していたのも事実だった。そんな折に思いもしていなかった大爆発は起きた。
日に1000件以上の「依頼」が殺到した要因は、界隈で有名らしいカリスマ美人獣医師が「ネコゴ」を引用した投稿と、その数日後にアップした本人のユーチューブで再び「ネコゴ」を取り上げたことによる。スマホの「ベル」が鳴りやまなくなり、ぼくは着信をサイレントにしてあらためて投稿した。考えてみれば半月以上「ポスト」をしていなかった。
只今、翻訳依頼が殺到しています。1000件を越えています。申し訳ありませんが一日50件がぼくには限界ですので、誰を選ぶかはこちらで決めさせていただきます。本当に申し訳ありません。
ネコゴ
「エジ」というハチワレの7歳のメス猫がカメラに向かい「あぶないからだめだよいっちゃだめ」とはっきり喋っている動画をトイレの中で見たときぼくは全身に鳥肌が立った。何回も見たけれどエジちゃんはカメラに向かい「日本語」で警告していた。ただぼくの見た感じで言えばだが、瞳の奥はどこか諦念に溢れていた。もちろんぱつの時のような直接的な恐怖を感じているでもない。すでに確定された、何かしらの結果待ちをするだけのロスタイムでしかないのを承知した、受け入れがたい事態を、たぶんそれでも切実に訴えているようだった。
ぼくは便座に座ったままどう返信すればいいのかを悩み、無意識のままウォシュレットで三回も洗浄してしまった。結局はありのまま正直に伝えようと結論してトイレを出た。流し忘れていたことに気が付いたのはベッドに座って送信し終えてからだった。
昨日のエジちゃんの件はさすがに気になっていたので翌朝、朝一でスマホをチェックすると夜中にこんな返信が来ていた。ぼくは薬のおかげもありすっかり眠れるようになっていたのだ。
「こんばんは。レイです。本日はエジの翻訳ありがとうございました。それにしてもネコゴ様には大変驚きました。と言うのも、翻訳を依頼した動画を撮ったあの日は、私の兄が三泊の予定で大学の自転車サークルの合宿に出発する朝のことでした。彼らは何台かの車にロードバイクを積み伊豆へ向かいました。そして合宿を終えた帰りに兄が乗った車は事故を起こしてしまいました。六人乗っていたそうですが、一人を残して他の若者は空までの遠い上り坂を、それぞれの自転車で漕いで行ってしまったのです。今から五年前のことです・・・・・・エジは普段よく喋る日と余り喋らない日があったので、兄が合宿に出かける日は、単によく喋る日なのかな、と思っていただけでした。
すっかり歳を取っていたエジも、つい先日に逝ってしましました。私は獣医ですから、出来る限りの処置を全て行いました。だからエジに関しての後悔はありません。と自分に言い聞かせています。「患者さん」と「家族」の差はないつもりでこれまで向き合って来ましたが、実際はかなりありました。内緒ですよ。
以前よりネコゴ様の噂を耳にしていたのですが、正直信じてはいませんでした。でも五年前のあの日の朝、余りによく喋っていた理由は、もしかしたらそういう理由だったからのかな、とエジが死んでしまうと強く思うようになっていたので、パソコンに残る古いデータを送らせてもらったのです。今の私を知っている人は少なからずいらっしゃいますが、兄の話はごく限られた友人しかいないので本当に驚きました。もし可能ならどのように猫の言葉を理解するのかご指南して頂ければ幸いです。これからも愛猫家のために翻訳頑張ってください。少ない額ですが寄付も兼ね謝礼させていただきました。この度は本当にどうもありがとうございました」
少ない額の寄付は五十万円だった。果たして少ない額なのだろうか?




