ネコゴ ーあの時計のことー
実家に戻ってきてからの(当日の)記憶は何一つない。ベッドの上で靴を脱いだ話は後日聞いたことで、いずれにしろ思い出せるのは、明け方に二十分ほど寝ていたらしい月曜の早朝からだ。これまでに経験したことのない、終末的終わった感むき出しの怠さを感じた。うつ伏せた状態で目の覚めた身体は誰かの身体になっていて、意識は確かに自分ではあったけれど、普段よりも鮮明なまでに頭の中にしかなく、金縛りとも違ったはずなのに指先を動かすだけで困難だった。
凄くマズイぞ、と思ったまま時間だけが過ぎていき、そのうちさすがに母親が部屋のドアをノックした。
「七時過ぎだけど仕事は平気なの?」
四時過ぎに目が覚めたはずなのに、ヤバイ怠さを感じていただけでもう三時間が過ぎたとは信じられなかったし、仕事は平気ではない。
「入ってきて」自覚のないまま、いつのまにか仰向けになっていたぼくは返事をした。
三十歳を過ぎている大人のぼくは母親に甘えて代行してもらうことでしか、社会人として最低限の、あるいはそのちょっと下辺りなのかもしれないけれど、しなければならないことをした。
体調がすぐれないのでしばらく休む旨を職場に連絡してもらったのが、時間的には朝礼が終わり配達へ出かける時刻だった・・・・・・そして三日後には適当に選んだ「辞職代行会社」へ「母親に代行」してもらって依頼し、不動産屋にも部屋の解約を連絡してもらい、一切を処分するための「特殊清掃会社」にもやはり母親から依頼してもらった。全て母親に頼んだのだ。母親は理由も聞かず、少しくらいは情けなく思ったに違いないけれど、どれも引き受けてくれた。そしてやはり心配してくれた。父親は下の居間で憤慨する声を上げていたが、ぼくの部屋のドアをノックしたり、呼び掛けたりはしなかった。
食事は部屋のドアの前に置かれ続け、トイレは二階のを使ったから問題なかった。風呂は二週間入らなかった。でも明日、心療内科へ行くことになったので深夜にこっそり入った。そのとき身体の怠さと足の脆さで、湯舟で溺れそうになった。初めて25メートルを泳ぎ切った小学四年生のときのように。
当初は残り火のような怒りだけが衰えなかったけれど、徐々にそれはぼく自身にも向かい始めていた。つまり後悔の念が頭角を現し始めたわけだ。身体が熱くなったり、寒くなったりが始まった・・・・・・黄緑色から始まるところがすごく素敵よね、といつも母親が言っているけれど、こんなになる前からぼくには全く関係のない新緑の季節は過ぎ、雨降りによる渋滞だけしか以前のぼくとは関係しない梅雨の入りも始まっていて、ときどきものすごい豪雨の雨音を聞くと、あそこのアンダーパスはヤバイだろうな、と思えるようになっていた。徐々に回復して来ているような気がしたのは七月に入ってだ。梅雨明けする前からすでにエアコンは24時間回り続けていた。毎朝窓の外から聞こえる子供たちの通学する声に、後ろめたさが逆に無くなってきていて、仕方のない事態は人生にはあるんだ、と思えた。
評判の悪い若い医者が処方する薬の効果もあったのだろうが、母親が作るなんでもない食事を食べていたのも大きかったと思う。愛情を感じることよりも、何も聞こうとしないので、逆に両親からの信頼を感じられていたからだ・・・・・・あさみは嘘をつき過ぎたし、ぼくも本音を言わな過ぎた。あの一年だけではなく。ちなみにだけれど、部屋に籠るようになったぼくは、どんな努力もせずに酒も煙草もしなくなっていた。好んでしていた習慣を止めるのに必要な忍耐よりも、遥かに元気そのものがなかったからだろう。
いきなり出戻って二カ月半が過ぎてから初めて父親が部屋をノックした。七月に入ったばかりの金曜の夜だった。いつも階段を上がり下がりしている足音が違ったのですぐに父親だと分かった。新たに持ち込まれた「家事」を淡々とこなすための足音よりも静かだったのだ。
「あの時計売れたぞ」少し酔っているようだった。
「・・・・・・」あの時計のことだ。
ひと月前のこと。あさみーの母親が本当にぼくの金で買ったのか、あさみ本人が実はぼくの金で買っていたのか、そこのところも不明なのだが、とにかく夫(あるいは父親)の形見と同じか同じような時計ーが修理を依頼していた時計屋から、取りに来てくれと散々によこしていた連絡をずっと無視していたのだったが、母親から耳にした父親が引き取りに行き、不機嫌な態度で接客されたらしいそれをネットで売りに出してもらっていたのだ。ぼくは引き取りも売りに出すのも母親に頼んだのだったけれど、父親が金額の設定も全てしていた。
「十五万円だったよね?」ぼくはドアを閉めたままベッドの上から返事をした。
「お前がいくらで買ったのか知らないけれど、あれに十五万の価値がもしあるとすれば、誰かに売れたことで、何も話さないお前の何かしらの、その冴えない時間もようやく手から離れたってことだ。良かったな」
「だといいけど」部屋の明かりを消して暗い天井を見上げていた。
「俺には経験があるんだ。若い頃に大事にしていた時計を失くした後に、俺の何かは確実に変わった。失くしたのは時計であって、これまではどうでもいいけれど、これからの人生の時間じゃない、って思ったら、人からバカにされてもウジウジ腹を立てている時間がもったいなく思えるようになったんだ。たぶんお前も時計を失くす時期が来ているんだと思うぞ・・・・・・」声を詰まらせたので、やはり酔っているようだ。天井を見ていたぼくは目を閉じて、聞こえない程度に笑ってしまった・・・・・・だから父親は、ぼくが買ったと思っている、そして何かを象徴しているからこそお金をかけ修理して処分するのだろう、と実情を知らず勘違いしている時計の諸々を、自分がするべきだと考えたんだなと、初めて合点した。
「それでだ。相談なんだが、売れた金で新しい時計を買ってもいいか?」父親は珍しく冗談を言った。
「どうぞ」つまらなかったけれど、少しうれしかった。
「じゃあな、ゆっくり眠れるといいな」
「おやすみ」ぼくも声が詰まりそうになった。
あの期間、明るい時間に部屋の電気をつけて、暗くなったら消していた。どうしてそんなことをしていたのかは今でも分からない。




