あさみとぱつ -常温のソーダー水-
ぼくは財布とスマホと煙草を持って家を出て行った・・・・・・昼のデジャブみたいく、同じ道を歩いて街道まで行き、いつもの回転すしに隣接したいつものネットカフェに入って、なんとなくそんな気がしていた通り、朝まで一睡も出来ずに過ごした。一度だけ無料のソフトクリームを食べて、喫煙所には二度行き、もちろんトイレにも二回は行ったけれど、パソコンはいじれなかった。照明を落とす閉鎖的な空間の下、個室に区切られた狭い部屋でスリープ状態の画面を睨みながら、あさみとぱつを繰り返し、繰り返し虐殺し続けるだけだった。アドレナリンが全開だったと思う。身動きもせず、尻や背中の痛みも感じず静かにリクライニング・チェアーに座ったまま怒りの超ハイテンションだったのだ。どこかから聞こえる誰かのいびきすら気にならないほど、ぼくは怒っていた。
朝の八時になっても眠気は微塵もなく、腹も空かなかったし、残酷な殺し方を想像し続けた脳の疲労感も全くなかった。むしろ心は、実際には出来ないのだから、想像くらいならもっともっとと欲していた・・・・・・高速道路の入り口に向かう休日の車列を目にしたとき、今朝の俺の事情や気持ちは社会の塵ですらないのだろうな、と確信した。単に大迷惑なだけの、そんな犯罪者の心理と同じみたいな気がした。
桜の木が植わる角まで来るとまだ八時二十分だったけれど、階段の入り口を見ただけで二人はもういないのが分かった。建物の雰囲気が昨日までとはまるっきり違っているのだ。長方形の大きなコンクリートの中から、小さいけれど確かに存在していた、昨日までの「日常」は消失していて、目では見えない雰囲気が快晴の朝の空気にしっかり表れている。穴が空いていたと言うよりも、空いた穴ごと消えているのが強調されている空気感だ。その空気感は階段を二階まで登るともっと濃いいものとなった。色がついていない方が不思議なほど濃いい・・・・・・思えば部屋の鍵を持ち出し忘れていたのだったが、鍵は閉まっていなかった。
暗がりの玄関にはもちろんぱつの鳴き声はない。でもぱつのトイレの臭いが残っていた。ぱつと暮らし始めた初日よりもよほど不快な臭いだったけれど、トイレの砂は空になっていていつもの場所に裏返されていた。出来るだけ片付けられていたことが余計にムカついた。
あさみ部屋は開けなかった。いなければいないで発狂でもしたらことだからだ・・・・・・玄関よりはまだ明るい、薄暗がりのキッチンテーブルの上には紙きれが残されていた。謝罪か罵倒のメモではないのは確かめる前から分かった。子供のどんな短冊よりも雰囲気を醸していなかったからだ。それは鶴や兜に折られるわけでは決してない、隣町の時計屋の見積書と預かり伝票だった。常温のソーダ水が一気に身体の中へ注がれ、背骨の周りで泡が弾けたので、ぞっとした。
五万円の見積書とぼくの名前と携帯番号が、あさみの字(字だけは美人だった)で書かれる預かり伝票を手にして直ぐに部屋を出た。あさみの生霊に懲らしめられてしまう前に飛び出たのだ。逃げたと言えよう素早さだったかもしれない。
そして電車に乗っていたどこかの時点でぼく自身がまるで生霊と化したらしく、靴を履いたまま実家の二階にある自分の部屋へ駆け込みベッドの上で二カ月間を過ごすこととなったのだ・・・・・・。




