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ネコゴ  作者: ハクノチチ
17/25

あさみとぱつ -一生理解できない言い草-

 家の外で温かいものを食べて、煙草を吸ってビールを飲んでも今度ばかりは平気になれるとは思えなかった。無理をしてでも温かい物を食べて帰ろう、とも思えなかったし、そうした方がいいぞ、と言う心の声もなかった。「あの二十万は今日のデート代だったんだ」とする断定を繰り返すだけだったのだから。


 玄関で出迎えてくれたぱつを蹴とばしてやりたかった。部屋には入ってこないので、抱えた怒りがぱつに向かってしまわぬよう自分の部屋に閉じこもった。トイレはさすがに行ったけれど、部屋の中で煙草を吸うのは初めてだった。ベランダに干しっぱなしの洗濯物を取り入れるのも無理だった。そうすべきだ、とは正直思ったけれど、行動に移せなかった。結局ぼくはこの日の洗濯物をそのままに部屋を引き上げることとなった。


 ぱつは部屋の扉の向こうで、時間を置いて鳴きに来た。鳴き続けるのではなくて、繰り返し来るのだから部屋に籠るぼくの感情を感じ取っているらしい。心配しているようだったし、不安そうでもあった。

夜の十時近くなってぱつの鳴き声が変わった。帰ってくるのだろう。ぼくは玄関の明かりを点けに行き、ドアノブを見つめるぱつを足で払おうとして、寸でで止めると抱いて動かした。あの女がどんな顔をして戻って来るのか、階段の踊り場から覗いてやろうとしたのだった。

 先月、家から出るのを怖がるぱつをあさみが抱いて連れ出し、1~2分だけ三人で、夜の花見をした桜の木が植わる角を曲がって来た背の高い男と背の低い女は周囲を確認してから思う存分、深い沼のようなキスをした。女はまだ唇か舌を離したくなかったようで、腰を曲げた男が笑いながら無理に離れようとして、二人はじゃれあった。

 楽しそうでいいじゃないか。だがな誰の金でそのキスをしているんだ? と思った・・・・・・今夜、すごく酷いことをしたり、酷いことを言わないでいられればいいのにな、と思いながら、出てきた時と同じようにこっそりと部屋へ入ろうと静かに玄関を開けたらぱつが見上げて鳴いたので、足で払った。そのとき、あぁやっぱり酷いことをするだろうし、言うんだろうな、と思った。


 シャワーを浴びて出てきたあさみは、もちろん異変をちゃんと感じているようだった。

 玄関を開けて待っていたぱつを抱いていたはずの帰宅直後のあさみは、ぼくの部屋の扉越しに「遅くなりました」と言った。ぼくは無視した。あさみは「寝ているの?」と言ってそっと開けた。ぼくは布団の上でスマホをいじり続け無視した。扉は開いたときよりも静かに閉まった・・・・・・だから風呂場から出てきたとき、無言のままキッチンテーブルに座っていたぼくを目にすると、この雰囲気は普段とは違い、むしろ尋常でないぞ、と分析したかもしれない。

 「遅くなってごめんね。おやすみ」髪を濡らしたあさみは目を泳がせて手を振った。

 「ぱつに熱湯を掛けて欲しくなかったら、こっちに座ってもらっていいですか?」熱湯をかける、ってそんな酷い言葉をぼくはいつ思いついたのだろう?

 「・・・・・・」あさみはぱつを自分の部屋に入れて扉を閉めた。今度のぱつは鳴き続けるのだった。

 

 あさみは向かいの椅子を引いて、立ったまま少しの間目を閉じてから着席した。

 「今日の夕方、角打ちでさ吉野さんとあのボケ老人に会ったんだ・・・・・・そう言うことなんですけど、言いたいことって分かりますよね?」

 「・・・・・・」あさみは再び目を閉じた。

 「あなたのお母さんが時計を買ったんじゃなくて、あなた自身が若くて背の高い、イケてるくんと・・・・・・話ではあなたの側から無理やりに、揃いの指輪を買ったんじゃないんですかね、私の二十万円で」

 「今日のデートはあなたのお金ではない。私のお金です」あさみは目を開けなかった。

 肩まであった髪が耳の下になっていることに今更気が付いた。今日のデート中に切ったわけではなかろう。

 「どこにあんだよ。ってかあるならその金でまずは時計を買ってやれよ」ぼくはがっかりした。素直に謝ってくれるのを期待していたわけではないはずだったが、一瞬で疲弊するくらいどっと疲れた・・・・・・思えばこの前の木曜日に居酒屋で飲んでいるとき、少しだけ雰囲気が違っていた。週末を楽しみにしているからだろう、と思った記憶がある。実際とても楽しみにしているようだった。まぁそれはそうだったのだろうな、と思う。髪はすでに切っていたんだな、と思い当たった。もちろん髪の変化に気づいてやれなかったことへの反省は1ミリもない。この状況なのだから・・・・・・。

 「ねぇ、死ぬほど怒ってるみたいだけれど、お金のことが問題なの?」あさみは目を開けた。不思議だったが、相手も不思議そうな目をしていた。

 「嘘をついて、俺の金で男を買ったことが問題なんだよ」ぼくは静かに答えたけれど、テーブルを強く叩いた。なるほど抑えるなんて無理だった。

 「ぱつが怖がるから大きな音を立てないでよ」あさみは怖がらずに顔をしかめるだけだった。それにしてもすごくブスだ。

 「お前の口って魚みたいだよな」ぼくはケラケラ笑った。

 「そうね。確かに」あさみは笑わなかった。

 「ケツの穴も嗅いでこれたか?」

 「ええ。大好きだから」

 「指輪はどうした?」

 「彼が困るから二つとも持って帰ってきたよ。あなたさえよければ明日から二人でする?」あさみは笑った。

 「俺の金で買った指輪だから、俺が嵌めてもいいもんな」ぼくは再びテーブルを叩いた。

 「さっきも言ったけれど、今日のお金は私のだし、ぱつが怖がるから大きな音を立てないでよ」

 「今度ふざけたこと言ったら手を出すぞ・・・・・・時計を買うからって言って嘘をついて、俺から金を借りたんだよな? 正直にちゃんと認めろよ」そうか、やはりそういうことだったのか、と思った。でもたぶんそれが全てではないだろう。

 「あなたのお金で母は時計を買わせてもらいました。そしてそれを私にくれました。そして私はいま時計屋にオバーホールしてもらっています。あなたを驚かせたかったからです。そのうちあなたのスマホに時計屋から修理が終わった連絡が入ります。見積もりは五万でした。私が払ってもいいんだけど、出来ればそれもあなたに払ってもらいたいんだよね」

 ぼくには一生納得できない釈明と、最後は一生理解できない言い草だった。

 「・・・・・・」殴るなら今だ・・・・・・でもしなかった。

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