リュカ③
リュカは、無意味な殺生を好まない。たとえ皇帝の命令であろうと、例えば幼子を直接殺せという言葉には従わない。
そして、意味があったとしても、自分の中の「筋」が通せないような殺しもかなり嫌がる。例えば自分たちから仕掛けて、負けたからリュカに出張ってもらおうとするような真似をされると、機嫌を損ねるだろう。幸い、帝国は拡張期から内部統制の時期に来ていたので、今のところそういった命令は出されていないが。
今回の皇帝の命令はどうだろうか?
外から見た場合、ディアーヌという女性の連続性が保たれるだけなので、結果だけ見ればリュカへの命令は治療となるだろう。
しかし、その間に存在してしまった今のディアーヌに視点を合わせると、殺人に近い命令となる。存在の抹消なので、さらに質が悪いかもしれない。ここだけ見れば、リュカが嫌がるというのも理解できるだろう。
過程をどのように評価するかは人に依るが、こういった問題に正解など無い。
拒絶できれば楽だろう。
しかし、命令をそのまま実行したい自分が存在するのも確かなのだ。
皇帝に指摘された通り、人ひとりを作り出す技術というのは、簡単に許される事ではない。
そこから人を疑似的に蘇生するというのは、リュカの常識に照らし合わせても「悪い事」である。
極端な話、生きている誰かを無制限に複製できるという事であり、それを一般的に出来るようにしてしまえば、最悪国が亡びる。
自分が複数いるかもしれない国。己の存在がここまであやふやにする皇族を、民は許すだろうか?
いきなり自分が殺され、記憶を引き継げず若返ることを了承する者がどれだけいるだろうという話なのだ。反抗的になる自分が捨てられ、それ以前の従順な自分に引き戻されるかもしれないと思えば、そう易々と従えるものではない。
民の一人一人までにそんな事をするなどコスト度外視の愚行だが、出来る・出来ないで問われた時、出来てしまうというのは問題だろう。
肉体の複製と記憶の複写は一見すると素晴らしい技術に見えるが、それを自制できなくなる未来が存在するのであれば、封印すべきものになる。
リュカ以外にできる人間は、となると、その子供たちが居るわけで。
子供たちが「親がやった事だから」と禁忌への心理的ハードルを下げてしまえば、最悪の未来が現実になる可能性が非常に高くなる。
この帝国は誰も幸せになれない、地獄となるだろう。
リュカの抱える問題は、「今のディアーヌを消すことに、どれだけ心にストレスがかかるのか?」という点に絞られる。
いつもの、嫁のディアーヌは取り戻したい。だが、15歳のディアーヌに罪が無いのに消さねばならない心の負荷はどれほどだろう?
リュカに割り切れというのは簡単だろうが、そこで簡単に割り切れるなら、人の複製などという恐ろしい事に手を出そうなどとは考えない。
いつだって、言うだけで済む他人は気楽なのだ。
実際に行う側の心の事を、考慮していない。
いや、考慮していたとしても、その情の深さに対し甘い見通しをしてしまう。
皇帝が考える以上に、リュカは思い悩む。
ただ、リュカの方こそ気が付いていなかった。
彼女はディアーヌなのだ。
若返ろうが、若返っただけでその芯が変わる事などありえない。
現状を正しく知ったディアーヌの決断は酷くあっさりしていた。
「記憶の回復を、お願いします」
自分が消えると分かったうえで、リュカに頭を下げて見せた。
その目には、リュカへの隠さぬ好意が浮かんでいた。




