リュカ①
リュカの態度は問題である。
帝国の国益を考えれば、早々にディアーヌを元の状態に戻す事が正しい。
まず、皇帝はこのように判断した。
人として、騎士として。規則や規範を求めることは大事であるが、規則や規範の為に誰かが踏みにじられる事もまた問題である。
最大多数の最大幸福こそが法の本質であり、国の根幹だ。
確かに、記憶を戻すという事は若返ったディアーヌを殺す事になるだろう。
それでも、助けられる命を助けず、見殺しにすることは正しいのか?
親を亡くした子を、無視してしまう事は正しいのか?
何より、子に親殺しの罪を背負わせることを、正しい事と言っていいのか?
皇帝の持つ正義は、リュカの態度を「考え過ぎて動けなくなった、決断を恐れる小者の臆病さ」であると判断した。
皇帝はリュカと違い、迷わずあっさりと勅令を下した。
ディアーヌの記憶を戻せと。リュカに、その様に命令したのだった。
「まったく。嘆かわしい。
リュカよ、国のためにと野に潜み、逆賊らを裁いたお前はどこに行った。
時には法に逆らってでもやらねばならぬ事がある。あの時はそのような決断ができたというのに、なぜ今回の件ではそれができん。
「罪の無い女を殺す事はできぬ」などと、たわけた事をぬかすでないぞ。
お前も男なら、分かっているはずだ。妻を守るのが夫の役目だとな。それを助けられるなら、多少の犠牲には目を瞑れ。迷うな。それが、お前に課せられた義務だ」
「面目次第もございません」
今回の件で、リュカは皇帝から叱責を受けることになった。
謁見の間に通され、皇帝とその護衛の前で小言を言われる。
リュカにはリュカの言い分があるが、皇帝の言葉はそれよりも優先される。
リュカと皇帝の考えがぶつかった時、皇帝の言葉が間違っているというのであれば、それを正すために諫言を行うのが臣下の務めである。
しかし皇帝の側にも正義があると判断される内容、もしくは法に準ずる判断であれば、皇帝の意見を優先するべきなのだ。
この場合、皇帝の言葉により、リュカの個人的な信条は無視される。
あまりにも無体な命令であればリュカの心が離れてしまうため、無茶な要求であれば皇帝も躊躇っただろう。
その様な命令を簡単にするべきではないのだ。下手をすればリュカが離れていくし、従わせられなければ皇帝の権威は地に落ちる。
皇帝としても、ここは退けないと思ったからこその勅令だ。
「して、リュカよ。今回の件、何故躊躇った?
ああ、よい。建前を抜きで話せ。お前の個人的な信条がそうであることに嘘は無いが、それだけではないはずだ」
リュカが自分の命令に対し素直に従いそうだと判断した皇帝は、気になっていた事をリュカに聞くことにした。
リュカは確かに規範を守る堅物な騎士であるが、愚鈍な男ではない。
嫁としてのディアーヌを助けなかった、その一点には違和感がある。
そこを詳らかにしなければいけないと、皇帝はリュカに説明を求めた。
聞かれたリュカは、何かを悩むような顔をした。
言い難い、言いたくない事を聞かれたので、どうしようかと悩んでいる様子であった。
皇帝は焦らず、リュカの言葉を待つ。
そうしてしばらく無言の時が過ぎ、ようやくリュカが口を開く。




