セレスト②
いきなり話が飛んだ。
そう思ったセレストは、訝し気な目でリュカを見た。
そんなセレストの反応を無視して、リュカは話を進める。
「ディアーヌの記憶を10に分けたと仮定する。そのうち、記憶の3割が消えてしまったのが今のディアーヌだ。
その直後であれば、俺も特に気にせず、治したかもしれないな」
リュカは両手の指を広げ、それから右手の指を3本曲げる。指の数がディアーヌの記憶という事だろう。セレストはそのように理解した。
「だが、俺が戻るまでの間に、今のディアーヌは何もしていないわけではない」
そういって、曲げていた中指を伸ばす。
「ここで問題が出る。ディアーヌを治した場合、記憶はどうなるのか、という事だ。
結論を言えば、記憶を消されてからのディアーヌは消える。そうしないと、元通りにはできない」
リュカはもう一度、指を全て広げる。
そのうち、先ほど伸ばした中指を伸ばしたり曲げたりと繰り返し、その存在を主張した。
「俺が気にし過ぎているだけかもしれないけどね。俺たちのディアーヌを治すために、今のディアーヌを消すのはどうかと思う訳だ。
俺たちが大切に思っているディアーヌを助ける為なら、今のディアーヌはどうでもいいのか? なぜそれを決める権利が俺にある?
いや、そもそも俺は、敵対している誰か以外を殺す事はしないんだよ。そうやって自分にルールを設けて暴走を抑えている。だから、ディアーヌを消したくない。消さない。
強すぎる力を持った俺は、恣意的に力を振るうべきじゃない。例外を際限なく作って、自分に都合の良いルールで動くべきじゃないんだよ」
リュカは口も滑らかに、「動かない理由」をセレストに説明した。
普段よりも口数が多く、長く喋っているのは、後ろめたい気持ちがあるからだ。人間は、そうやって後ろめたい気持ちの時ほどよく喋る。悪い事をしたときについ言い訳をしてしまうのと同じ理屈だ。
セレストは、そういった人間の心理をよく知っている。
リュカとしても本意ではない。だからこそ、“つい”ディアーヌを求めてしまわぬよう、遠ざけたのだ。
それが分かってしまった。
セレストでは、リュカの言い分に反論する術を持たない。
この場合、リュカを説得できるのは皇帝ぐらいだろう。
頑固な一面を持つリュカをどうにかするための手段として、セレストは自分で説得することを諦め、皇帝陛下への直訴という形で嘆願書を提出することにした。
セレストは、そうするしかない自分に悔しい思いをする。
ハーレムに嫁入りして、妻となり、子を産んで。
そうまでしてきた自分が、自分だけでリュカを説得できない事に不甲斐なさを感じている。
今の自分は、リュカの何なのだろう?
セレストは言葉に力が足りない自分の無力を悔やむのだった。




