セレスト①
「どういう事よ!!」
その日、ハーレムにセレストの怒声が響き渡った。
珍しい事に、セレストはリュカに食って掛かったのだ。それも、胸ぐらを掴んで。
商人であり、リュカへの配慮でやや擦れた行動を意識してとる事もあるが、セレストは王族育ちで淑女である。
その彼女がここまで怒り、納得できないといった態度をとるのは珍しい。
少なくとも、リュカは初めて見た。結婚して約6年。これまで一度として見なかった、セレスト本気の怒りである。
事の起こりは、ディアーヌが若返り、記憶をなくしたことにある。
体に合わせ、頭の中身まで若返ってしまった事が原因だ。
しかも、結婚する2年前までである。
それに対し、リュカはディアーヌを元に戻す事も無く、親元に送り返した。
リュカ本人は「まだ結婚していない頃のディアーヌがハーレムにいる方がおかしい」と言っている。
確かに今のディアーヌはリュカと結婚したことを忘れており、同時に恋愛感情を抱いていなかった。リュカの名前とその魔法能力は知っているが、たったそれだけの状態になってしまったのだ。
また、周囲と記憶に数年分の差異があるため、気丈に振る舞ってはいたものの、精神的には不安定だったという事もある。
精神的に幼くなってしまったが、責任がそのままでは不安になるのも当然だ。
特に、子持ちになっていた事にはショックを受けていた。
リュカの判断は、そこまで大きく間違っていない。
――ディアーヌを元に戻そうとしない事を除いて。
怒っている、納得できないという感情をそのまま表しているセレストの姿は大変貴重だ。
王族として感情を抑える術を身につけているセレストは、感情をそのまま表現する事の方が少ない。ある程度、周囲を意識した制御の下で感情を表現している。
そんなセレストが素の自分を見せているのは、セレストが本気で怒っているというのもあるが、リュカとの関係がそれだけ親密で遠慮が要らない関係となったからだろう。
そこだけ見れば喜ばしい事であり、状況を考えれば全く嬉しくない話だ。
セレストの怒りを見るリュカは、全く動じていない。
セレストが怒るのはもっともだからだ。
今は、自分が冷酷すぎると理解している。
そう。
リュカは理解している。
セレストが怒る理由と、その理由が“人として”正しい事も。
しかし、残念ながらリュカは“公人”としての立場をとった。
人として、“私人”としての振る舞いを自分に許さなかった。
だからリュカは“公的に”正しい道を選んだ。
たとえ誰に非難されても妥協しない事を選んでいるので、セレストの怒りを軽く受け流す。
「なぁ、セレスト。“人が生きている”って、どういう事だと思う?」
リュカは自分の中で、自身の嫁だったディアーヌは死んだと、そう認識していた。




