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第8話 今孔明と今張良

朝、ヒデヨシは机に頬をつけて目覚めた。再会した二人を囲み、戦と復興の話が夜更けまで続いたのだ。

酒瓶より、書きつけた紙のほうが多かった。

【官兵衛… 御館様、まず顔を洗い、朝餉を取りましょう。今日は皆様と順序を決める日です】

頭の中の苦言に苦笑し、ヒデヨシは立ち上がった。

窓の外には、昨日と同じ町がある。割れた石畳、汚れた溝、閉ざされた店。

奴隷の競りを止めただけでは、何一つ片づいていなかった。

朝餉のあと、ヒデヨシは皆を広間へ招いた。

「ケンシロン、ガラシャン。行く当てがないのなら、一緒にこの町の再建を手伝ってはくれないか?」

ケンシロンが隣へ目を向ける。ガラシャンはその視線を受け止めてから、静かにうなずいた。

「助けていただいた命です。私でも、この町でお役に立てる事があるなら喜んでお手伝いさせて下さい」

「私も力をお貸しいたしましょう。この先はガラシャンと共に生きたいと思います」

カンベロンは鉄扇を閉じ、机に置いた。

「ヒメノワールは私の故郷です。昨日の競り場も、今のこの町の姿です。

放って他所へ行く気にはなれません」

「私も今は急いで果たす用もありません」

ハンベータの穏やかな顔へ、旧友が横目を向けた。

「私に会う用は、昨夜で済んだのでは?」

「ええ。ですから、今度は働く用を作ろうかと」

ヒデヨシは二人の肩を交互に叩いた。

「頼もしいな。二人もいてくれたら、俺も心強いよ」

ヒーミコも、荒れた大誓堂を記した紙へ手を添えた。

「私たちは大誓堂を再建いたします。

屋根を直すだけでなく、行き場を失った方が救いを求める場所にしたいのです」

「母上の護衛と、町の警備は私にお任せ下さい」

セリーンの双剣が腰で小さく鳴る。ヒデヨシが礼を返すと、その表情が少し和らいだ。

その日のうちに、ノレイオンへ親書を送った。

奴隷売買の廃止、腐敗役人の処分、市場と税の改め、交易の正常化を求める。

必要な支出と、港の復旧により見込まれる収入も記す。

民の保護と取締りは都督の権限で進め、交易や大規模な工事は裁可を待った。

届いた王印付きの返書は改革を認め、港と民を豊かにせよと命じていた。

『笑うてくれた重臣どもに、見せてやらねばのぉ』

【官兵衛… 御館様、まず困っている民へ成果を届けましょう。その働きが、裁可への答えになります】

『わかっとる。腹の減った者からじゃ』

広場に奴隷売買を禁じる高札を立てた。

押収した帳簿から拘束された者を探し、偽りの署名や不正な利息による契約を正した。

宿と食事、希望者の帰郷まで支援を行った。

一方、闇市で日用品を売っていた者には、正規の市場へ移る道を示した。

「盗品と人身売買は取り締まる。まっとうな品を売る者まで、追い出すつもりはない」

露店の場所代を明らかにし、役人が着服していた金銭を禁止し取り締まる。

店を持たない者にも売り場を割り当てた。

色街では働く女たちに話を聞き、借金による強制契約を見直した。

辞める者へは別の働き口を探し、残る者には修繕した建物や新たな娼館を用意する。

賃金と営業の決まり、訴える方法を定め、女性たちが選んだ取り纏め役と協議した。

初めは衛兵を恐れた人が、自分から揉め事を訴えに来る。その変化を、ヒデヨシは喜んだ。

ヒデナガは北の穀物地帯へ向かった。古い帳面にない畑があった。

痩せ地と記された場所に、豊かな穂が揺れていた。

収穫を低く記し、差分を懐へ入れていた者がいた。

畦を歩き、耕す者の話を聞き、広さと水利を確かめる。

戻った弟は、日焼けした腕で新しい帳面を机へ置いた。

「兄上。見込める収穫は、古い記録から想定した量の三倍以上だ」

「三倍? 畑が急に増えたわけじゃないよな」

「前からあったんだよ。役人の帳面から消されていただけだ」

ヒデヨシの笑みが消えた。貧しいと思っていた町は、一部の者に富を搾取されていたのだ。

「取り立てるだけの検地にはしないぞ、ヒデナガ」

「もちろん。食糧と種籾を残して、納める量を再度確かめる」

北から届く穀物が倉へ入り、工事に携わる者への飯となった。

冬を前に空の鍋を抱える家が減っていった。

港では、ハンベータとカンベロンが夜まで灯をともしていた。

海人族の国アクエリアス、地人族の国ドワルディン、

獣人国ビースティンとの交易の品々は闇に流れていた。

だが利益を得るのは密商人と、その背後の役人だけだった。

王の許可を得た二人は、商人と船の登録、荷の検査、税率、支払の証を定めた。

禁じられた取引は止め、認められた交易は堂々と港で扱わせる。

「税を軽くすると、入る金は減らないか?」

ヒデヨシの問いへ、カンベロンが二枚の帳面を並べる。

「今までの重税では、正直に申告するほど損をしました。

そこへ賄賂まで求めれば、船は港から離れていきます」

「負担が見通せれば、商人は次の船を出せます」

ハンベータが港の地図へ新しい航路の印を置いた。

「一隻から奪うより、何隻も来てもらうことです」

税率を下げ、二重の徴収を止める。正規の荷が増えるにつれて、都督府へ納まる税はかえって増えた。

『半兵衛、官兵衛。あの二人、そなたらと話しておるようじゃ』

〖半兵衛… ハンベータ殿は、先の動きへ至る道筋を整理なさいます。私にも学ぶところがございます〗

【官兵衛… カンベロン殿は、数字に潜む偽りを見逃しません。某も、その確かさを頼もしく存じます】

〚金兵衛… 儂も負けてはおれません! 御館様、工房へ回す費用も相談してまいりましょう〛

ドワルディンから届いた金属と職人の技を土台に、銃剣の製作も始まった。

金兵衛の助言を受けたヒデヨシは、工房で部材の精度を確かめる。

試作品は訓練場へ運び、ケンシロンたちが扱い方と安全な手順を練り直した。

完成品が一つできても、すぐに全員へ配れるわけではない。材料を揃え、職人を育て、使い手を鍛える。

アクエリアスからは水魔石が届いた。

『これで井戸の水を、町じゅうへ運べるか』

〚金兵衛… 上水道へ使えます! 御館様、管を通す溝と水を溜める場所も要ります。

石工たちと、順に造りましょう〛

石工と土を掘る人夫を集め、道を区切って工事を進めた。

ドワルディンの土魔石も取り寄せ、水魔石と組み合わせて浄化石を作る。

下水が集まる箇所に浄化石を据え、点検できるよう覆いを設けた。汚水の道と飲水の道を分ける。

詰まった溝を掃除する仕事にも賃金を払う。

新しい水場でアサヒが桶を満たした日、トモは水面に映る顔をじっと見つめた。

「こんなに澄んでいるのですね。洗った布にも、嫌な臭いがつきません」

「ティファ、触ってみて。冷たいよ」

白銀の髪の狼人族の娘が、差し出された桶へ手を伸ばす。指先を浸し、少しだけ笑った。

救い出されたばかりのころは、戸が開くたび身構えていた。

トモとアサヒがそばで食事をし、用を頼み、断られても変わらず接するうちに、

その肩から少しずつ力が抜けた。

今では大誓堂へ向かう二人を、ティファが待つこともある。

ヒーミコの祈りが響く誓堂では、ガラシャンが訪れた人を案内し、姉妹が食事を配った。

ティファは水を運び、幼い子が泣けばしゃがんで目線を合わせる。

ヒデヨシが顔を出すと、誰より先に気づくのは彼女だった。

「今日は、ちゃんと食べた?」

「まだだよ。先に工房へ寄ろうと思って」

「駄目、今先にここで食べて」

椀を差し出す手に、ためらいはない。ヒデヨシは素直に腰を下ろした。

治安を担うケンシロンとセリーンは、身元と規律を確かめて衛兵を育てた。

食うために荒事へ流れた者にも仕事と訓練の世話をするが、無条件には選ばない。

「強い相手へ闇雲に飛び込まず、仲間が倒れた時、誰が背中を守るかも考えてください!」

双撃棍に崩された盾列を、セリーンが立て直す。

巡回、責任者、収賄への罰を定め、銃剣の訓練も重ねた。

気付けば、衛兵の数は二百人から三千へと増えていた。

その訓練場の脇を通ったとき、半兵衛がヒデヨシを呼び止めた。

〖半兵衛… あそこの衛兵をご覧ください。以前より足並みが揃っております〗

『屈強そうな兵じゃのぉ。見た目だけで、力まで分かるものか』

【官兵衛… 体格だけでは判じられません。御館様、軍は規律、装備、連携も含めてご覧ください】

隣の盾を支える衛兵を見て、ヒデヨシは頷いた。

『一人の強さだけに頼る軍には、せぬことじゃな』

港へ船が戻った。荒れた道に荷車が行き交い、閉じていた店の戸が開く。

廃村になった集落から、隣町から、人々が働き口を求めて来た。

家を直す者が増えれば材木が売れ、材木が売れれば船が来る。

大誓堂の屋根が完成したころには、新しい通りにも灯がともっていた。

無尽金瓢を腰に、ヒデヨシは現場を回った。運べる荷は自分で運び、決めるべきことはその場で決める。

夜は帳面と向き合い、翌朝にはまた泥のついた道へ出た。

復興に着手してから、およそ二年の月日が経過していた。

その間に、ヒデヨシは自分の紋を太閤桐と定めた。

銀の腹当ての中央には、同じ銀色で桐の紋を浮き彫りにしてある。

腹当てへ指を置くと、初めて武具を支給された朝を思い出した。

守るべきものは、あの時より増えている。金の組紐を結び直し、今日も町へ足を向けた。

清潔な水が流れ、下水の臭いが薄れた町で、子供たちが裸足のまま駆けていく。

波止場には、かつての最盛期にもなかったほどの船が並んでいた。

新しい荷と技が集まり、工房の灯は夜まで消えない。

ヒメノワールは、ただ昔へ戻るだけでなく、先を行く都市へ育ち始めていた。

その夕餉に、皆が久しぶりに揃った。

トモの用意した大皿をケンシロンが受け取り、ガラシャンが空いた椀へ料理を取り分ける。

アサヒとティファは席を寄せ、ヒーミコが二人の話に耳を傾けていた。

セリーンはヒデヨシの隣へ座った。

彼が杯を取ると、同じように手を伸ばし、目が合って慌てて料理へ視線を戻す。

背後を救われたあの日から、彼の隣で過ごす事が増えた。

町のことで怒る顔も、子供へ笑う顔も知るほど、初めの胸の高鳴りは消えずに深くなっていた。

ヒデヨシはその向かいで、二人の青年が帳面を遠ざける様子を眺めた。

『官兵衛。二年じゃ。初めてここへ来た時と、皆の顔つきも変わったの』

【官兵衛… はい。任された仕事を、お互いに確かめながら進めてこられました。

御館様も、よくご覧になっていたかと】

カンベロンの指には、帳面を繰った墨が残っていた。

膳の脇へ置かれた鉄扇は閉じられ、今は椀を持つ手が先に動く。

「明日の荷の話は、食べ終わってからにしよう。今広げたら、また飯が冷めるぞ」

ヒデナガが押しやった紙を、カンベロンは笑って重ね直した。

ケンシロンは卓の端へ座り、子供を連れた給仕が通るたび肘を引いた。

「さっきまで巡回してたんだろう。少し休んだらどうだ」

ヒデヨシが肉の皿を寄せると、彼は一礼して受け取った。

「ありがとうございます。夜の見回りは、交代の者へ引き継いでおります」

セリーンも、戸口へ向けていた目を卓へ戻した。

「ここまで聞こえる笑い声も、以前より増えましたね」

「皆のおかげでこの街の再建も進んできている。こうして温かい飯が食える場所にもなった」

ヒデヨシが答えると、彼女は微笑んだ。並べた椀を直す指が、その手へわずかに触れた。

ティファはアサヒに皿を渡していた。

視線に気づいて首を傾げた彼女へ、ヒデヨシは何でもないと笑った。

ハンベータは、そのやり取りを見て杯を置いた。

「港の者から、また船を増やしたいとの相談がありました。ただ、荷を降ろす場所も、人手も要ります」

「船だけ増やせばいいって話じゃないな」

「はい。まず、今の荷がどこからきてどこへ運ばれていくのかを確かめてまいります」

二年間の働きが思い出された。船と荷の動きを読み、詰まる前に道を開くハンベータ。

帳面の不正を掘り起こし、日々の仕組みを固めるカンベロン。

〖半兵衛… 互いに任せるところを知り、足りぬところを補っておられますね〗

『内にも外にも、頼れる者がおる。余も働かねばならんの』

ヒデヨシは杯を置いた。

「差し詰め、ハンベータは右腕。カンベロンは左腕というところか」

ハンベータは少し照れたように微笑み、カンベロンは鉄扇を膝へ置いた。

「二人とも、これからも俺を支えて欲しい。皆で前へ進みたい、俺が間違えれば止めて欲しい」

食卓に柔らかな笑いが広がった。ハンベータもカンベロンも肩を揺らす。

「それなら、都督殿にも今以上の働きをお願いいたしましょう」

「兄上、それなら北の倉の報告も忘れるなよ」

ヒデナガまで加わり、ヒデヨシは両手を上げた。

「分かった、分かった。今夜くらい、ゆっくり飯を食わせてくれよ」

トモが大皿を引き寄せ、アサヒが残っていた料理を兄の椀へ盛る。

ティファは彼の前へ水を置いた。セリーンが、その忙しない手元を見て笑っていた。

窓の外には港の灯が続いている。かつて奴隷の値を叫んだ広場から、今は帰り道の人々の声が届く。

仕事を終えた者が、明日も戻って来られる町になった。

ヒデヨシは椀を持ち上げ、湯気の向こうに仲間たちの顔を見渡した。

後世に語り継がれる今孔明と今張良。二人の才を生かす場所をこれからも皆で広げていく。

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