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第6話 金色の瓢箪

翌日、王城へ続く石段を、ヒデヨシは上っていた。

腰には玉鋼刀。掌の傷はまだ痛むが、鞘へ添えた手には昨日までとは違う落ち着きがあった。

評定の間には、すでに重臣たちが並んでいる。ミツヒデンの視線を受け、ヒデヨシは高座の前へ進んだ。

「猿。手はどうだ」

「まだ少し痛みますが、働けないほどではありません」

「ならば、次の仕事をくれてやる」

ノレイオンは肘掛けから手を離した。

「オケハザードでヨシモーン討伐の策を示し、成し遂げ、俺の命を救った。その働きに報いる」

広間の視線が、青年へ集まった。

「ヒデヨシ。お前を、西の港町ヒメノワールの都督に任ずる」

一瞬、静寂が落ちた。

次いで、袖の陰から小さな笑いが漏れた。隣同士で顔を見合わせる者もいる。

「猿には、ちょうどよい土地だ」

囁きが耳へ届く。ヒデヨシは頭を下げたまま、その名を胸の中で繰り返した。

ヒメノワール。ノレイオンの指が、広間に運ばれた地図の西端を叩いた。

「かつてはジパングの海の玄関だった。

だが、今は役人が税を懐へ入れ、商人は奴隷を売買し利益を貪る。

波止場は傷み、倉は腐り、民の心は疲れ果て行き場を無くしておる」

笑い声が止まった。

「都督の居館はある。好きに使うがよい。」

『居館まであるのか。もう城持ちのようなものではないか』

前世では草履を取り、使い走りをし、寝る間も惜しんで働いた。

領地を拝借するまで、どれほど泥を踏んだことか。

それが今、町一つを任される。

【官兵衛… 都督としての権限を頂けるのは、大きな一歩です。

役所も倉も傷んでおりますから、住まいと民の食を先に確かめましょう】

『直せばよい』

〖半兵衛… まず現地の実情を調べ、立て直しの順序を決める必要があります〗

『うむ。順に直せばよい』

〚金兵衛… 屋根が残っていれば、そこから始められます。御館様、儂も腕が鳴ります!〛

ヒデヨシは顔を上げた。

「ありがたく、お受けします」

あまりに晴れやかな顔だった。嘲っていた重臣が、かえって目を瞬かせる。

「話は聞いていたな、猿」

「はい。立て直すところが山ほどあると伺いました」

ノレイオンの口元が上がった。

「楽な褒美ではないぞ」

「働きがいのある褒美です。海の玄関を、俺の手で開き直してみせます」

王は青年をしばらく見つめ、頷いた。

「この度の戦で示した才を、今度は政で示せ。都督として監督し治める権限を与える。蘇らせてみろ」

「御意!」

ミツヒデンは反対しなかった。ヒメノワールを任せる理由は分かる。

腐敗した町を立て直せば、王国の収入も海路も戻る。

失敗しても、王都の中枢が揺らぐわけではない、理にかなっている。それなのに、胸の奥に熱が残った。

王が死地へ向かう間、留守の城を守り、兵糧を数え、避難民を受け入れたのは誰だったか。

青年の名が称えられるたび、その問いだけが沈まずに浮かぶ。

『私は、何を望んでいる』

自分に問い直した時、胸の底で黒いものが、ふつふつと泡立った。

――お前の働きには誰が報いる。

耳へ届いた声ではなかった。思考の隙間に、覚えのない言葉が滑り込んだ。

ミツヒデンの指が、袖の中で強張る。

襟元の陰に薄く黒い邪気が滲んだ。胸の奥へ染み込んでいった。

誰も気づかなかった。ミツヒデン自身も。その囁きは、ただ不満を深めていった。

その囁きは、それ以上の言葉を与えない。芽生えた不満を残すだけだった。

「それともう一つ」

ノレイオンが立ち上がる。

「俺の命を拾った褒美だ。猿、宝物庫から好きなものを一つ取れ」

「一つなら、何を選んでもいいんですか」

「そうだ。ついて来い」

王の背を追いながら、ヒデヨシは笑みを抑えきれなかった。

都督に、居館に、宝まで。

『今世は、ずいぶん話が早いのぉ』

【官兵衛… 御館様、命を懸けた働きへの報いです。次は命を守りながら生かしましょう】

重い扉が開いた。宝物庫には、金銀、宝石箱、磨き上げられた武具が並んでいる。

「刀でも鎧でも構わん。気に入ったものを選べ」

ヒデヨシは腰へ触れた。

「刀は、いいものを得たばかりですので他を頂きます」

昨日、自分のために生まれ変わった玉鋼刀を、早々に置き換える気にはなれない。

棚の間を歩き、奥へ目を向ける。隅に、埃を被った小さな巾着があった。

上下に丸みがあり、中央がくびれている。口を結ぶ紐まで煤けたように暗い。

瓢箪の形だった。ヒデヨシの足が止まる。

金瓢箪の馬印。前世の戦場に掲げ、仲間が増えるたびに重ねた姿が、胸の奥を通り過ぎた。

「これは、何でしょうか」

「古くから置いてあるものだ。出所を確かめられる者も、もうおらん。見ての通りただの巾着だろう」

そっと手に取った。埃が指に移った、その瞬間。

《システム… 継承者ヒデヨシ。極品・無尽金瓢を獲得しました》

ヒデヨシは、巾着を落としかけた。

『極品じゃと?』

掌の中で埃がほどけ、布の奥から金色の艶が浮かんだ。

瓢箪のくびれをなぞる細い模様が、光の加減で見え隠れする。

〖半兵衛… 継承者として御館様の名が告知されました〗

『無尽金瓢とは、何じゃ』

【官兵衛… 装飾に分類される極品にございます。

内部への収納に限りがない。それが、この品の働きです】

『この小さな袋にか』

〚金兵衛… 外の大きさに収納量が縛られぬ品です。御館様、荷運びの仕事が大きく変わりますぞ!〛

「猿。そんな古い巾着でよいのか」

ノレイオンの声に、ヒデヨシは顔を上げた。

「はい。瓢箪の形が、気に入りました」

王は肩を揺らして笑った。

「欲があるのか、ないのか分からんな。ならば、それをくれてやる。持っていけ」

「ありがとうございます」

頭を下げ、巾着を腰へ結ぶ。

『なぜ、誰も気づかなかったのじゃ』

【官兵衛… 継承が成立したのは御館様が触れた時です。

それ以前に誰がどこまで知っていたかは、確かめられません】

『余が選ばれた、というわけか』

〚金兵衛… まずはご自分の荷で試してくだされ。何を運べるか、確かめるのが楽しみですな!〛

『うむ。手拭いで試してから、旅の荷を収めよう』

宝物庫を出ると、ノレイオンは西へ続く廊下を指した。

「猿、さっそく出立の準備にかかれ。任命の書付と必要なものは用意させる。三日後には発て」

「承知いたしました」

「猿」

呼び止められ、振り返る。

「ヒメノワールの民は、お前の武功だけで腹を満たせるわけではないぞ」

ヒデヨシは笑みを収めた。

「分かっています。町をよみがえらせてこそ、務めを果たせます」

王は頷き、それ以上は引き留めなかった。家へ帰るなり、ヒデヨシは三人へ都督任命の話をした。

「港町の都督になった。皆で、西へ行こう」

「今度は海のそばに住むの?」

アサヒの目が輝く。トモは喜ぶ前に、家にある荷へ目を向けた。

「三日後なら、すぐにまとめないといけませんね。住むところはあるのですか?」

「居館がある」

「皆で住める状態なのですか?」

「……着いてから確かめる」

ヒデナガが兄の顔を見た。

「兄上、また何か隠してないか?」

町の事情を説明すると弟はしばらく考え膝の上で手を組んだ。

「俺も、兄上の家臣として働くよ。帳面や食糧のことなら手伝える」

「頼む。俺一人じゃ手が足りない」

「ああ。でも、まず皆が住める場所から確かめよう」

言葉はいつもの弟のままだった。その頼もしさに、ヒデヨシは深く頷いた。

その夜、人目のない部屋で無尽金瓢を試した。

『まずは、これじゃな』

自分の手拭いを、開いた口へ寄せる。収納を念じると布はするりと吸い込まれた。

巾着を覗いても底に手拭いは見えない。

『どこへいった』

【官兵衛… 取り出す品を思い浮かべてください】

手を差し入れ手拭いを念じる。指先へ馴染みの感触が戻った。

引き出した布を広げ、ヒデヨシは声を殺して笑った。

『荷車が何台あっても足りぬ荷を、これ一つへ収められるのか』

〚金兵衛… 収納に限りはありません。

ただし中身は増えませんから、御館様、運ぶ品はきっちり揃えましょう!〛

準備の間、ヒデナガには鉄刀と甲冑も用意した。

弟は鎧の紐を結び直し、荷と書付を何度も照らし合わせていた。

ヒデヨシも浮かれているばかりではなかった。

役人の名、港の収入、倉の数。受け取った書付から分かることを拾い、

足りない情報を書き留める。行ってから、見なければ分からぬことが多かった。

ヒデナガは、家族の食料と任地へ持つ書付を別々に並べた。

兄が片方へ手を伸ばすと、もう一方も確かめるよう促す。

町の仕事を引き受けても、道中の皆を飢えさせては始まらない。

その静かな支度に、ヒデヨシも浮き立つ心を落ち着けた。

三日後の朝、家の戸を開けると、ハンベータが立っていた。

旅支度の青年は、ヒデヨシへ一礼した。

「ヒメノワールへ向かわれると伺いました」

「見送りに来てくれたのか?」

「いえ。私も、あの町へ友に会いに行くのです。よろしければ、道中をご一緒させていただけませんか?」

「それはいい。また道中で話せるな」

二つ返事だった。トモたちに青年を紹介すると、ヒデナガが荷を持ち直して頭を下げた。

荷を抱える弟と、旅に加わる青年。ヒデヨシは二人へ声を掛けた。

「ヒデナガ。王城へ置いていく書付は、分けてあるな?」

「ああ。家の戸締まりも済ませた。兄上は、自分の着替えを入れ忘れてないか」

「そっちは、ちゃんと確かめたぞ」

弟は頷き、最後に荷紐を引いた。

先に港のことを考え始めていた兄を、いつもの支度へ引き戻す手つきだった。

ヒデヨシはハンベータの方を見た。

肩へ掛けた荷は少なく、手元の軍配は歩く邪魔にならぬよう収めてある。

「友というのは、どんな人なんだ?」

「昔、同じ師のもとで学んだ者です。会えば、旅のお話を聞きたがるでしょう」

「なら、道中の話を仕入れていかないとな」

ハンベータが小さく笑った。先日も、雨が降らない場合や伝令が遅れた場合まで尋ねてきた青年だった。

策がうまく運んだ話だけをすれば、途中で問いを挟まれるに違いない。

そう思うと、ヒデヨシも自然に笑えた。

知らない港へ向かう道で、考えを交わせる相手が一人増えたのだ。

『あの問いの鋭さを、港でも借りたいものじゃな』

【官兵衛… まずは、ご一緒する道を大切になさってください。

何を望んで旅をしておられるのかも、これから伺えるでしょう】

『うむ。会うて間もない。こちらの都合だけで役目を押しつけてはならぬか』

【官兵衛… 某も、働きぶりやご本人のお考えを伺いながら、信頼を重ねていきたいと存じます】

『なら、まずは同じ道を歩くとしよう』

ヒデヨシは二人を眺めた。

弟の気遣いも青年の問いの面白さも、言葉を交わし、共に動く中で分かってきたことだった。

一緒に歩けば、もっと分かる。アサヒが西の空を指した。

「海は、あっち?」

「ああ、あっちだよ」

戸を閉めたトモが、四人のそばへ並ぶ。

ヒデヨシは腰の金色の瓢箪へ触れた。町を預かる書付も、道中に使う自分の荷も、そこへ収めてある。

前世の馬印とは違う、小さな瓢箪。

今度は、その中に何を積み重ねていくのだろう。

「行こう。ヒメノワールを、もう一度海の玄関にするんだ!」

王都で用意された馬車へ荷を積み、五人は西への道へ踏み出した。

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