第8話 開演のベルは、あの日鳴った
いつも『夢見るひずみ』をお読みいただき、本当にありがとうございます!
前回の第7話、サークルの部室であの写真が白日の下に晒されてしまうという、最悪の結末を迎えてしまった真夢。
秘密がバレた絶望と恐怖の中、暗室の赤黒い光に照らされた彼女の奥底から、誰も知らない「もう一つの影」が這い出てきます。
第8話、真夢の真の「ひずみ」が暴かれる瞬間を、どうぞ見届けてください。
レンズ越しに見る世界は、いつもどこか他人事のようで心地よかった。
現像液の独特な匂いが立ち込める暗室。赤いセーフライトが、私の指先を、そしてトレイの中でじわじわと浮かび上がってくる一枚の写真を、禍々しい赤黒い色に染め上げていく。
第7話のあの最悪な結末。白日の下に晒されてしまった、私と後輩の夢の、あのきわどい写真。
サークルの部室でみんなの視線がそれに向いた瞬間、私の世界は音を立てて崩れ去った。息が触れ合うほど互いの距離を詰め、お互いにしか見せないような危うい表情を浮かべている私たち。隠し通さなければならなかった二人の秘密を、もう言い訳することなんてできない。
「……私の、せい?」
ぽつりと呟いた自分の声が、暗室の壁に跳ね返って鼓膜を刺した。冷たい汗が背中を伝う。すべてが終わってしまったという絶望が、脳の奥を締め付ける。
頭の奥で、カチリ、と硬質な音が響いた。
暗闇の向こうから、あの声が聞こえる。何年も前に、私の心を粉々に砕いて、どこかへ消え去ったはずの、あの忌まわしい記憶の残響。
『全部、あなたのせいでしょ』
「あは」
喉の奥から、自分でも驚くほど乾いた、冷酷な笑い声が漏れた。
瞬きをした次の瞬間、私の視界は反転する。さっきまで絶望に震えていた「真夢」の意識は、急速に冷たい泥の底へと沈んでいき、代わりに、もっと肥大化した、鋭利な私が水面に顔を出す。
ああ、またこの退屈な世界に戻ってきた。あの子――臆病で、秘密がバレることを恐れて、写真サークルの『優しい真夢先輩』を必死に演じていた可哀想な人形は、恐怖のあまりもう眠ってしまった。
私はトレイから濡れた写真を乱暴に引き揚げると、ピンチで吊るすこともせず、指先でその表面を強く爪立てた。写真の中で私に抱かれている夢の顔。秘密がバレて怯えている顔も、きっと可愛いんだろうな。
『ねえ、全部あなたのせいにしてあげる。だから、みんな終わらせちゃおうよ』
頭の中で、私と私が会話を始める。大切なものを失う恐怖から生み出された、夢への歪んだ愛を守るための、私を壊すための怪物。
ポケットの中でスマホが震えた。夢からのメッセージが表示される。
【真夢先輩、あの写真……みんなに見られちゃいましたね。私たち、もうサークルにいられないかも……どうしたらいいですか……?】
私は口元を歪め、画面を凝視した。
怯えるあの子なら、きっと『大丈夫だよ、私がなんとかするからね』と優しく嘘を吐くのだろう。
しかし、今の私の指先がタップしたのは、全く違う言葉だった。
暗室の赤黒い光の中で、私の中の『誰か』が、スマホの画面に毒を吐き出すように文字を打ち込んでいく。
怯えるあの子――写真サークルの『真夢先輩』なら、きっと震える指で優しい嘘を吐くのだろう。でも、今この身体の主導権を握っているのは、私ではない。
あの子が絶望の底に沈んだときにだけ現れる、冷徹で攻撃的な、私の中の『男』の人格。
彼は歪んだ笑みを浮かべ、夢からのメッセージを冷たく見下ろしながら、慣れた手つきでフリック入力をしていく。その口調は、サークルの誰も知らない、低く、残酷な響きを孕んでいた。
【夢、あの2人――慶太も夢果も、最初から僕たちのことを憎んでたんだよ。僕たちの関係を邪魔したくて仕方がなかったんだ】
画面の向こうで、夢が既読をつけて息を呑む気配が伝わってくるようだった。
彼は容赦なく、決定的な言葉をさらに打ち込む。
【だからさ、僕が2人を完璧に終わらせる『最高のショー』を見せてあげる。楽しみにしてて】
送信ボタンを押すと、暗室の静寂に電子音が小さく響いた。
彼はスマホをポケットに放り込むと、トレイの中で赤く染まったままの写真を指先でそっとなぞった。写真に写る夢の怯えた顔が、愛おしくてたまらない。
慶太と夢果。私たちの秘密を暴き、あの子を泣かせた罪は重い。力ずくで壊すなんて野蛮なことはしない。もっと美しく、もっと確実に、2人が築いてきたすべてを内側から崩壊させてあげる。サークルという狭い世界の中で、誰からも信じてもらえなくなるような、底なしの絶望へ叩き落とす。
「さあ、まずは何から始めようか」
真夢の唇から漏れたのは、低く、愉悦に満ちた男の声だった。赤い光に照らされたその瞳には、すでに2人を破滅へ導くための、完璧な罠のシナリオが写り込んでいた。
第8話をお読みいただきありがとうございました!
絶望した真夢先輩が引きこもる代わりに表に出てきたのは、サークルの誰も知らない、低く冷徹な「男」の人格……。
怯える夢を利用し、慶太と夢果の二人を内側から崩壊させるための「最高のショー」を始めようとする彼の目的とは一体何なのか。サークル内の関係性がここから一気に、より深い泥沼へと加速していきます。
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次回、彼が仕掛ける「最初の罠」とは――。どうぞお楽しみに!




