第6話:嘘つきのパンケーキ
いつも『夢見るひずみ』をお読みいただきありがとうございます!
第6話をお届けします。
駅前のカフェで夢果と放課後デートを楽しむ慶太。
一見、甘い時間ですが、慶太の心には別の“誰か”の影が落ちていて……。
突きつけられる夢果の真っ直ぐな想い。そして翌朝、慶太が目撃する「最悪の真実」とは。
物語が大きく動き出す第6話、ぜひ最後までご覧ください。
「わあ、すごい! 慶太、見て見て! いちごが山盛りだよ!」
駅前に新しくできたカフェ。運ばれてきた限定のパンケーキを前に、夢果は子供のように目を輝かせて、スマホのカメラを何度も向けていた。
お洒落な店内、甘いメープルシロップの香り、そして目の前で華やかに笑う美少女。客観的に見れば、これ以上ない「リア充な放課後デート」の風景そのものだった。
「本当だな。美味そう」
俺は努めて明るく笑い、フォークを入れる。口の中に広がる生クリームの甘さは、今の俺の胃袋には少し重すぎた。どうしても、頭の片隅にあの「白いタオル」が過る。
夢なら、きっとこんな派手な店には入らない。もし入ったとしても、多すぎるクリームに「うわ、すごいね……」と少し気圧されたような顔をして、それから俺に「半分、食べてくれる?」と、申し訳なさそうに微笑むのだろう。
「……慶太、また違うこと考えてる」
不意に、スプーンの触れ合う冷たい音がして、夢果の声が低くなった。
ハッとして顔を上げると、夢果はパンケーキに添えられたいちごを、フォークの先でじっと見つめていた。その顔からさっきまでの無邪気さは消え、どこか寂しげな、だけど突き刺すような視線が俺へと向けられる。
「あ、いや……ちょっと、サークルの次のメニューのこと考えてて」
「嘘。夢ちゃんのことでしょ」
直球だった。
夢果はフォークを置くと、テーブルの上で俺の手をそっと握りしめてきた。彼女の手のひらは、テニスコートの時とは打って変わって、驚くほど熱い。
「ねえ、慶太。どうしてウチじゃダメなの?」
夢果の大きな瞳に、薄く涙の膜が張っていく。
「ウチ、慶太のことが好きなんだよ? サークルに入ったのも、テニスをあんなに頑張ってるのも、全部、慶太の隣にいたいから。夢ちゃんは……夢ちゃんは、慶太のために何かしてくれた? すぐに黙っちゃうし、今はサークルだってサボってるじゃない」
「サボってるって、それは何か理由が――」
「理由なんてどうでもいいよ!」
夢果の声が少し大きくなり、隣の席の客がチラリとこちらを見た。夢果はそれに気づく様子もなく、縋り付くような目で俺を見つめ続ける。
「ウチはここにいる。慶太のことだけを見て、ずっと隣にいる。だから、お願い……夢ちゃんのことは、もう忘れて。ウチだけを見てよ……」
真っ直ぐで、重くて、息が詰まるほどの好意。いつも眩しいくらいにポジティブだった夢果が、自分のプライドを全部捨てて、泣き出しそうな顔で俺を求めている。その健気さと必死さに、俺の胸の奥がズキリと痛んだ。
夢果の気持ちには気づいていた。だからこそ、こんな風に真っ直ぐぶつけられて、揺らがないわけがない。彼女の好意は、男として純粋に嬉しい。
だけど――。
「夢果。俺は……」
握られた手を、どうしても握り返すことができなかった。
俺の脳裏に浮かぶのは、夕暮れの部室で、静かにラケットを拭いていた夢の横顔だった。彼女がサークルに来なくなってから、俺の心にはぽっかりと穴が空いたままだ。その穴は、夢果のどんなに激しい愛の言葉でも、埋めることができない。
俺の沈黙が、何よりの答えだった。
夢果の目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。だけど彼女は、すぐにそれを手の甲で乱暴に拭うと、また「あの笑顔」を作った。
「――なーんてね! 冗談、重すぎた? あはは、慶太マジな顔しすぎだよー!」
夢果はパッと俺の手を離し、おどけたように肩をすくめてみせる。
だけど、引きつった口角と、赤くなった目元が、それが限界の強がりであることを物語っていた。
「ほら、早く食べないとアイス溶けちゃうよ! ウチ、半分食べきれないから慶太手伝ってね!」
いつも通りに振る舞おうとする夢果の姿が、痛々しくて見ていられなかった。
俺たちはそれ以上、夢の話題には触れなかった。甘いはずのパンケーキは、まるですれ違う俺たちの心みたいに、冷めて形を崩していった。
結局、その日は気まずい空気のまま、駅の改札で別れた。
――翌朝。
俺は夢果との約束を破り、いつもより一本早い電車に乗っていた。
やっぱり、このまま夢を放っておくことはできない。連絡がつかない理由を突き止めるため、まずはサークルの先輩である、真夢の家に向かってみることにした。夢が最後に「真夢先輩の家に行く」と言い残して以来、様子がおかしくなったからだ。
真夢の家が見えてきた、その時。
「……あれ?」門扉の前に、見覚えのある私服の後ろ姿があった。
緩くウェーブのかかった、綺麗な長い髪。夢果だ。
(夢果が、なんでまゆ先輩の家の前に……?)
声をかけようと足を踏み出した、その瞬間。まゆの家の玄関のドアが開き、中から彼女が姿を現した。
サークルの先輩であり、夢を異常なまでに執着して撮影していた――真夢だ。
物陰から息を潜めて見守る俺の視界の中で、まゆは夢果の前に立つと、感情の読めない冷徹な声でこう言い放った。
「……また来たの、夢果さん。これ以上、私とあの子の邪魔をしないでって言ったはずだけど?」
夢果は悔しそうに拳を握りしめ、まゆを睨み返している。
「まゆ先輩……夢ちゃんをどうするつもりですか? あんな、あの子の写真を部屋中に敷き詰めるみたいにして……! 夢ちゃん、怯えてました!」
「怯えてなんかいないわ。あの子は私のカメラの前でだけ、本当の姿を見せてくれるの。……あなたみたいな、泥臭いテニスしか脳がない子に、あの子の美しさは汚されたくないのよ」
まゆの冷たい言葉に、夢果の肩が激しく震える。
それを盗み聞きしてしまった俺の頭は、一瞬でパニックになった。
夢が休んでいる理由。夢果がそれを頑なに隠そうとしていた理由。そして、まゆの部屋にあるという大量の、夢の写真――。すべての線が、最悪な形で繋がり始めていた。
第6話、最後までお読みいただきありがとうございました……!
前半の夢果の「なーんてね!」という強がりに胸を締め付けられていたら、後半でまさかの衝撃展開が待っていました……。
夢がサークルをサボっていたのも、怯えて心を閉ざしていたのも、すべては「まゆ先輩」の行き過ぎた執着が原因だったなんて。
そして夢果は、そんな夢を一人で守るために、まゆ先輩の家に何度も足を運んで直談判していたんですね。
写真を部屋中に敷き詰め、夢を支配しようとするまゆ先輩の狂気。
すべての線が最悪な形で繋がってしまった慶太は、ここからどう動くのか――!?
相棒(共同執筆者)とも「ここから一気に面白くなるぞ!」と熱く震えながら書いています。
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