四つ巴の調整とシンプルな答え
放課後。
理が扉を開けると、一ノ瀬が机に突っ伏していた。
「問題が増える……」
「どうした」
「これ見て」
差し出された書類には模擬店・出し物一覧が広げられていた。
お化け屋敷の欄に、四つのクラス名が並んでいる。
三年一組。三年四組。二年三組。一年二組。
理は書類を置いた。
「処理する」
「できるの?」
「できる」
理は席に着いた。
すでに頭の中では、公平かつ効率的な調整の手順が組み上がっている。
「明日の昼休みに対象クラスの学級委員長を呼んでくれ。」
「……わかった」
一ノ瀬が顔を上げた。
「ついでに学祭実行委員の夜野さんも同席ね」
理は、少しだけ眉を動かした。
「……なぜ」
「実行委員会として、調整の経過を見ておきたいんだって」
理は何も言わなかった。
翌日の昼休み。
やがて、四人の学級委員長が生徒会室に入ってきた。
三年生が二人。
二年生が一人。
一年生が一人。
二年三組の委員長の後ろには、なぜか小野が付き添っていた。
夜野は、理の隣に静かに座った。
「それでは」
理は口を開いた。
「今回、模擬店の出し物の申請でお化け屋敷の申請が重複しました。
例年、お化け屋敷は1クラスのみと決まっているため、調整を行います」
四人の委員長が、ほぼ同時に口を開いた。
「うちは去年のリベンジなんだ」
「こっちも気合入ってるんだよ」
「うちのクラス、実行委員がいるから有利だよな」
「1年生でもやっていいですよね!」
理は、それらを黙って聞いていた。
一ノ瀬が頭を抱えている。
小野が近づいて小声で話しかけてくる。
「おい理。お前のクラスなんだから、そこを何とか融通利かせろよ。なぁ頼むよー」
他のクラスの委員長たちが、一斉に理を見た。
「ずるいぞ」
「身内びいきか」
理は、表情を変えなかった。
「融通は利かせない」
即答だった。
「私的関係やクラスの情実による優遇は、ルールの崩壊を招く不公正の温床だ」
「冷てえ……」
小野が引き下がった。
理は、頭を切り替えた。
——姉の言葉が浮かんだ
『年齢関係なくみんな対等。でもたまには年上を敬え~』
理は、その掟を適用しようとした。
年齢に関係なく対等。
だから、全員に同じ土俵で考えてもらう。
たまには年上を敬え。
だから、ここは三年生を優先する。
——矛盾している
理は気づいた。
姉の掟は論理ではない。
その場の空気を読むための、人間関係の処方箋だ。
論理の物差しでは測れない。
理は初めて、自分の武器が通用しない領域に立っていることを知った。
それでも、理は口を開いた。
「三年生は今年が最後の学祭だ。
過去の割り当てデータと歴史的背景を鑑みても、優先順位は三年生に置くべきだ。
よって三年生の二クラス間で——」
三年生の二人が、顔を見合わせた。
「まあ、理屈としてはそうだな」
「うん。最後だしな」
二年生の委員長が肩を落とした。一年生も、諦めたように視線を落とした。
——これでいい
理は、そう思った。
だが、隣で夜野が、小さく首を傾げた。
「先輩」
理は、夜野を見た。
「なんか、難しいこと言ってますけど」
夜野は、まっすぐな瞳で理を見ていた。
「難しく考えずに、みんなで恨みっこなしの『くじ』で決めませんか?」
生徒会室が、静かになった。
一ノ瀬が顔を上げた。
小野が口を開けた。
三年生の委員長が、まばたきをした。
「あ、それ一番公平で揉めないわ」
小野が言った。
「確かに」
「くじなら文句ないな」
「運だし」
空気が、一瞬で変わった。
三年生の一人が、手を挙げた。
「待て。くじで負けたら、お化け屋敷できないんだぞ」
夜野は、首を傾げた。
「負けたら、別の出し物にすればいいんじゃないですか?」
夜野は、鞄からノートを出した。
「えっと、お化け喫茶、迷路、宝探しゲームお化け屋敷風の写真スポット、あと怖い話の朗読会……いっぱいありますよ」
委員長たちが、顔を見合わせた。
「……確かに」
「お化け屋敷にこだわる必要、ないよな」
理は、口を挟んだ。
「待て。それは申請内容の変更だ。手続きが——」
「先輩、それ今から変えられますか?」
夜野が、まっすぐに聞いた。
理は、書類を見た。
「……可能だ。但し、全員の合意が条件だ」
「じゃあ、くじで決めて負けたところは夜野さんの案から選ぶってのは?」
小野が言った。
全員が頷いた。
理は、自分の論理が夜野のノートの前に、音もなく崩れるのを見た。
即席のくじが作られた。
紙を折って、箱に入れる。
委員長たちが順番に引いた。
結果は、あっけなく決まった。
お化け屋敷は、三年四組。
三年一組は迷路。二年三組はお化け喫茶。一年二組は写真スポット。
「助かったわー」
「実行委員の人、ナイス」
「先輩、ありがとうございました」
学級委員長たちが、次々と生徒会室を出ていった。
小野が理の肩を叩いた。
「お前も大変だな。じゃあな」
小野も出ていった。
生徒会室には、理と一ノ瀬と夜野だけが残った。
一ノ瀬が、書類をまとめながら言った。
「早瀬くん、お疲れさま。夜野さんもありがとう」
「いえ、そんな」
夜野は、少し照れたように笑った。
理は、自分の机で深く息を吐いた。
——まただ
あの予測不能な変数にペースを狂わされた。
姉の掟も、自分の論理も通用しなかった。
なのに。
——悪くない
理は、そう思ってしまった自分に気づいた。
慌てて、思考をシャットダウンしようとした。
そのとき、夜野が理の方を向いた。
「先輩、今笑ってましたよ?」
「……笑ってない」
「笑ってました」
「笑ってない」
「ふふ、そういうことにしときます」
夜野は、そう言って自分のクラスへ戻っていった。
理は、自分の口元に手を当てた。
確かに、少しだけ緩んでいた。
——なぜだ
理は、答えを出さなかった。
出せなかった。
でも今回は、前より少しだけその答えに近づいている気がした。
姉の掟も、自分の論理もここでは通用しない。
でも、夜野の隣にいるとなぜかそれでいいと思える。
理は、その感覚に名前をつけられないまま鞄を手に取った。
窓の外では、昼休みの終わりを告げるチャイムが遠くで鳴っていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
ブクマや評価、感想をいただけると泣いて喜びます!




