第12話「初めての異常値」
木曜日の昼、陸が社食で同僚の松本さんと話していた。
仕事の引き継ぎについての普通の会話だったが、松本さんが面白い話をしたので陸は笑った。ロビーのガラス越しに、アリアがそれを見ていた。
帰宅すると、アリアが玄関から出迎えた。いつものことだったが、今日はノートではなくタブレットを持っていた。
「陸さん、確認があります」
「なに」
「昼食時に会話した女性は、松本という方ですか」
「そうだけど、なんで知ってる」
「以前の職場訪問時にデータ取得済みです。……陸さんの笑顔の筋肉変位が、私との会話時より平均二・三倍大きかった」
「数値化するな。ていうか何見てんだよ」
「観察です」
陸は靴を脱ぎながら、なんとなく笑った。
「なんだ、嫉妬か?」
冗談のつもりだった。アリアが「嫉妬」という言葉でうまく反応できないだろうと思っていた。
「……嫉妬の定義を調べました」
陸が振り返った。アリアが真剣な顔でタブレットを見ていた。
「自分より他者が優遇されることへの不安、または怒りに類する感情。……一致するかもしれません」
「え」
「この感覚は、バグですか。それとも——」
アリアが言いかけて、止まった。
陸は固まった。アンドロイドに嫉妬される日が来るとは思っていなかった。どう返せばいいか分からないまま、とりあえず「風呂入ってくる」と言って逃げた。




