第六話 十年越しの答え合わせ
静かに、意識が浮上する。
「……」
鉛のように重い体。すぐそばに温かい気配。
まぶたをゆっくりと持ち上げる。王城の、寝室だ。
重い体に反して、意識は徐々に鮮明になっていく。ふわりと、かすかな気配が鼻先を掠める。
なんとか視線を動かして、温かい気配の方を見る。
そこには私に寄り添って寝息を立てるリオ様がいた。
「ん……、ッニア、気が付いたか」
私の香りに気づいたのか、リオ様が跳ね起きる。
軽くうなずくと、リオ様は安堵の息をついた。少しやつれた顔をしている。
そのまま強く、私の手を握られる。
どうやら私は魔力の過剰出力で、三日三晩眠っていたそうだ。
「お前が無茶をするのは変わらないな……」
リオ様が懐かしむようにそうこぼす。
そうだ、私ずっと、そのことが知りたかったんだ。
「リオ様、わたし……」
私が知らない“私”を知るリオ様。どうして知っているのか――。
固く握られた手を見る。
――違う。前にも、こうして手を握られたことがある。
『どこへ行く!』
記憶の奥底から、かつて見た光景が呼び起こされる。
そうだ、まだ私が『ハズレ』だったころ。街を襲う砂嵐。私が唯一、助けることができたあの子。
『おいて行かないで!』
握られた手を離すことしかできなくて、一人立ち去ったあの時。
少年の声が背中に刺さって。
あれは、まさか――。
「あの日……あの子は、リオ様……?」
答えを乞うように、手を握り返す。
リオ様の鋭い瞳が私を映す。その表情が、泣き出しそうに崩れる。
手が、痛いほどに握られて――。
「……遅い」
かすれた声が漏れる。
「俺が、どれだけ……! お前を探したと……!」
ずっと探していたと。もう離さないと。
リオ様はそう言った。あの日からどれだけの時間が経った?
リオ様は一度息を飲みこんで、続ける。
「っ、……どれだけ待ったと、思っている」
私がずっと、胸にしまっていた記憶。
助けた彼を置いて、私は立ち去ってしまった。
「ごめん、なさい……。ずっと……待っていて、くれたのに……」
あの日の少年と同じ表情をしたリオ様に、告げる。
「リオ様、私は――もうどこへも、行きません」
それからリオ様は過去のことを――十年前の大災害のことを、話してくれた。
「――あの大竜巻で、俺の両親は死んだ。この世にもう家族はなく、しかし王族として民を率いなければならなかった俺は自棄になって……死のうとした」
あの日のことを思い返す。
町中の人が竜巻から逃げるなか、たった一人、虚ろな目をした少年が、逃げようとしなかったことを。
「あの時は各国から救援が来ていてな……、国民と外部の者とが入り乱れていた」
「誰が誰だか判別できないなかで――死のうとした俺を竜巻からかばった奴がいた」
無我夢中で少年を抱きしめて、必死で自分と少年を風で守った。
「砂と逆光で顔はよく見えなかったが、あの状況であれをやれた人間は、他にはいなかった。覚えているのは、俺をかばった時にまとっていたあの香りと――立ち去る時に言った、『もう、君は大丈夫』という言葉だけだ」
「その言葉に、俺はずっと――支えられていた」
「……あの日、初めて思えたんだ。生きて、この国を守らなければと」
リオ様はそう言って、微笑んだ。
目頭が熱くなる。そこから十年、リオ様はずっと私を探してくれていた。
「引き留めようとしてもあっさりとかわされてしまったからな……。意地でも繋ぎとめておけばよかったと、ずっと後悔していた」
「お前と再会して――今度こそ、手放したくないと思った」
リオ様の言葉に、もう涙が止められなかった。
私の風魔法も、あの長い孤独な時間も、すべて今に繋がっている。今までの時間は、決して無駄ではなかった。
私が孤独の時間を過ごす間も、ずっと彼は私に手を伸ばし続けてくれていた。
私を認めて、必要として――愛してくれていた。
「……泣くな、ニア」
リオ様の手が私の頬を優しく撫でる。
「リオ様、私は……」
でも、これからは。
与えられた以上に、私も返したい。
世界でたった一人だけ。私のすべてを認めてくれたあなたに。
私を認めて、必要として――愛してくれるのは。
他の誰でもなく――あなたがいい。あなたでなければ嫌だ。
「あなたと共に有る未来を、私は選びたい」
「今度こそ、末永くあなたのおそばに……あなたを、愛しています」
たった一人の、私の愛しい人。
私の言葉に、彼は顔を綻ばせた。
「ああ。ニア……俺も愛している」
「末永く、お前と共に有ろう」
とろけるような甘い声。言葉が優しく、染みわたっていく。
その余韻に浸る間もなく、ふと私の上に影が差して――そこからはもう言葉もなく、キスの雨が降ってくる。
その瞬間、優しく風が漂って――ひときわ甘い香りが、部屋に満ち溢れた。
次回、エピローグとなります。




