第三話 ここが、私の居場所
翌日。
リオ様やヴィルト様と共に、被害のあった街へ視察に赴いた。
現地では瓦礫などの撤去が始まっており、近くの病院では負傷者の治療が行われているという。
案内役の市長に話を聞きながら、巡察していく。周囲にはリオ陛下を一目見ようと市民たちが人垣を作っていた。
「リオ陛下がいち早く護衛騎士を派遣してくださったので、市民への被害は小規模で済みました。陛下の素晴らしきご判断で皆を救っていただいたことに、市民を代表して感謝申し上げます」
「不要だ」
リオ様は冷淡に返す。
「冗長な礼など要らん。現状だけを話せ。報告が遅れれば、その分だけ民に皺寄せがいく」
「承知いたしました。負傷者はすべてあちらの病院で治療を受けております」
「そうか」
「……大変無礼を申し上げますが、お妃様となる聖女ニア様に、負傷者を見舞っていただくことはできないでしょうか。聖女様が我が国の王妃となられること、国民一同歓迎しておりまして……」
その言葉に、思わず息を飲む。
災害の多い国に聖女が嫁いできたのだ。聖女に癒しの力を求めるのは当然だ。
震えそうになるのを堪えて、答える。
「……すみません。実は私には、治癒の能力がないんです……」
「なんと……」
言葉にされなくても分かった。
これは、失望の空気だ……。
息が詰まりそうになって、目の奥が熱くなる。この凍るような空気は、何度味わっても慣れない。
周囲の市民からも、にわかに困惑と落胆の声が聞こえる。
私はいつも、裏切ってばかりだ。
そこに割って入るように、ヴィルト様が声をかけた。
「ニア様は治癒回復の魔法はお使いになりません。しかし!ニア様は風魔法の使い手であり、昨日の竜巻を消し去ってくださったお方です!」
ヴィルト様の言葉に、今度は大きく民衆がどよめく。
「風魔法で竜巻を?そんなことできるの?」
「確かに昨日の竜巻は不自然な消え方をしたが……」
「そんなこと出来る人間がこの世にいるのか?」
困惑と、疑問の声。
風魔法の使い手は、この世界にそう多くはない。
「ニア」
リオ様が私を見る。
「軽く風を吹かせてやれ。……それで十分だ」
リオ様は言葉少なに、でも、力強く断言した。
……どうしてこの人は、私以上に私を信じてくれるのだろう。
せめてその信頼に、報いることができたなら。
「わかりました。では……」
両手を広げ、空を仰ぐ。
「風よ。我が祈りに応えて、清涼なる風を起こせ」
その瞬間、爽やかな風が辺り一帯を吹き抜けた。
柔らかな風が、民衆の耳や尻尾をかすめていく。
「風が起こったぞ!」
「本当に風の使い手なのね……」
「ん?この甘い香り……」
『お前の風の香りを嗅いだ』
リオ様の言葉を思い出す。
「この香りどこかで……」
「……そういやあの時この香りがした!」
「そうだ、この香りの代わりに竜巻が消えたんだ!」
「じゃあ本当に聖女様が!?」
香りが広がるように、民衆たちの声が一気に喜びのものに変わっていく。
「聖女様が俺たちをお救いくださったんだ!」
「あの竜巻をあの一瞬で!?」
「回復よりよっぽどすげえじゃねえか!」
「こんな方がこの国の王妃様になってくださるなんて……!」
降り注ぐ称賛の声。
自分に向けられているはずなのに、現実味がなくて、ただそれを受け止めることしかできなかった。
こんな声は今まで一度だって――受け取ったことが、なかったんだもの。
「だから言っただろう」
力強く肩を抱かれる。
見上げると、リオ様がすべて知っていた顔をしていた。
強いまなざしが私を射抜く。
「ニア。お前は役立たずなどではない」
「俺が誰よりも、知っている」
肩に置かれたリオ様の手に、力が籠った。
「これが、我が妻だ」
周囲に知らしめるような声。
そして。
「――昨日、ゼステアを救った女だ」
辺りに天まで轟くような喝采が、巻き起こった。
胸が締め付けられる。こんなにも優しい空気に包まれるなんて、思ってもいなかった。
否定されない世界は、こんなにも温かいのだと――初めて知った。
街での騒ぎが一段落したあと。
私はリオ様と共に、ゼステアの各地を見て回った。
ゼステアは厳しい土地であるけれど、人々はたくましく笑って生きている。
そして彼らの笑顔を守っているのが、隣にいるリオ様なのだと、肌で感じた。
各地を巡り、最後に私たちはルブストとの国境の山脈が見える場所までやってきた。
「あの山々を越えると、ルブストになります」
ヴィルト様の案内で、遠くの山々を眺める。
「あの向こうが……」
ゼステアに来るときも越えてきた山々だ。あの時は急な輿入れでそれどころではなかったが――こうして見ると、思いのほか、ルブストは近くにある。
「帰りたいのか」
視界に影が差す。
景色を眺めていたらいつの間にか、リオ様が私のそばに立っていた。
その声に顔を見上げる。
「っ、」
彼の視線が私を射抜く。
冷たい圧が、私を捕らえて離さない。
「まさか、帰りたいなどと、思っていないだろうな」
「いいえ。……そんなことは、」
言い切る前に、抱きすくめられた。
「言っておくが、お前を帰すつもりはない」
低い声が響く。
隙間もないほど抱きしめられて、リオ様の鼓動が聞こえてくる。
熱い鼓動。思わず息を飲む。
「どれだけお前を探したと思っている。……俺のそばを離れるなど、許さん」
リオ様は、なぜそれほどまでに私のことを――。
ここまで、私のことを求められるなんて、今までなかったのに。
「……お前は、簡単にいなくなる」
一瞬だけ、彼の声に悲しみの色が滲んでいることに気づいた。
「あの時も――お前は、俺を置いて消えた」
(ああ、やっぱり――)
リオ様は、私の知らない“私”を知っている。
何もわからない中で、ただその確信だけが、重石のように消えずに胸に残っていた。
今日は4話まで投稿いたします。




