第二話 戸惑うほどの執着に
あのあと。抱きしめられた余韻がまだ体に残ったまま、私たちは見張り塔を降りた。
災害対応を指示する獣王様の横で、さきほどの獣王様の言葉を何度も思い返す。
その言葉の真意がわからないまま、気づいたら――。
「これはどういうことなんでしょうかね?」
私は獣王様の膝の上に座らされていた。ここは獣王様の執務室。私たちのほかは誰もいないけど、とても気恥ずかしい。
おそるおそる獣王様の顔を見ると、何か問題でも?といった表情で獣王様が私を見ている。
「どういうこともなにも、お前は俺の妻だろう」
「確かにそうなんですけども!……陛下、」
「リオだ」
「えっ?」
「夫を他人のように呼ぶな」
「で、ですが……」
「リオ」
「……リ、リオ様」
「ああ、それでいい」
彼は満足そうに目を細めて、続けた。
「――俺のニア」
その言葉に、思わず頬が熱を帯びる。
「……やっとお前を見つけたんだ。今までそばにいられなかった分、もう離さん」
夫が妻を愛でるのは、ごく当たり前のことだ。
だけど、つい数時間前までのリオ様の態度とは違いすぎる!
そのギャップに私が戸惑っていると、リオ様はひとつ咳払いをして続ける。
「……最初に言った言葉は撤回する。お前を見誤っていた」
その言葉に、わずかに肩の力が抜ける。けれど――他にも疑問は残ったまま。
さきほどからずっと「見つけた」「探していた」と言われているが……、私とリオ様は初対面のはずだ。少なくとも私には覚えがない。
……だとすると、誰かと勘違いしている?
「大変申し上げにくいのですが……、人違いでは?」
「それはない」
即答だった。
「お前の風の香りを嗅いだ。俺の探し求めていた人間の香りと同じものだ。俺たち獣人は、一度嗅いだ香りは間違えない」
獣人は、嗅覚を含めた五感がとても優れている。
そう言われてしまうと、私にはもう反論の余地がなかった。
「ずっと探していたお前が、まさか俺のもとに嫁いでくるとは……なにが起きるかわからないものだな」
リオ様が私の頭に頬を寄せ、抱きしめられる。さきほどからリオ様の尻尾の先が、くすぐるように足に触れてきて落ち着かない。
「明日は挙式を予定していたが……今日の被害の対応が落ち着くまで延期だな」
「私がもっと早く駆けつけていれば最小限に抑えられたのに……申し訳ありません、リオ様」
「謝るな。お前はあの場では最善の行動をとってくれた。……あの時も」
「え?」
また過去を匂わせるような言葉。彼は何のことを言っているの?
「災害は忌むべきものだが……今回はあの竜巻があったからこそ、お前に気づけた。しかし、竜巻さえなければ予定通り式を挙げられたのに……もどかしいものだな」
リオ様は悩ましげに、息をついた。
「陛下、失礼いたします」
「入れ」
扉の向こうからヴィルト様の声。反射的にリオ様の膝の上から降りようとしたが、リオ様は無言で私の腰を抱く腕の力を強めたので、それは叶わなかった。
「被害状況の報告を……、いたします」
ヴィルト様は私たちの状況を見て、一度驚いたように目を瞬かせたあと、そのまま特にこちらには突っ込まずに報告を続けた。
「発生場所は東南区画。竜巻は“砂の海”から上陸、住民はすべて避難しています。避難誘導時に竜巻近くにいたため負傷した兵士が十数名、避難時に転倒などで負傷した住人が数名おります。瓦礫の散乱や倒木などはありますが、建物の倒壊はありません」
「あの区画の建物は補強工事が進んでいたからな……。明日、ニアと共に現場の視察に行く」
「承知いたしました。……あと、竜巻が収まった時についてですが」
「なんだ」
「竜巻が収まった際に、周囲に甘い花の香りがしたと、複数の兵士から報告が」
「……そうか」
甘い花の香り。さきほどのリオ様も、私の風の香りを嗅いだと言っていた。
「あの規模の竜巻が急に消滅したのは――過去に前例がありません」
前例が――ない?
「現場にいた者たちは花の香りも含めて疑問に思っているようです。」
「やはり、ニアの魔法が竜巻を消滅させたということか……報告ご苦労だった」
「では、私はこれにて」
ヴィルト様が部屋を出たあと、リオ様は誇らしげに私に笑いかけた。
「聞いただろう?ニア、お前があの街を救ったんだ」
「そんな、たまたまうまくいっただけです……!」
そう、これは偶然うまくいっただけ。
私自身だって私の魔法が街を救ったなんて信じられないのに、どうしてリオ様は私をここまで信じてくれるのだろう。私みたいな、出来損ない聖女のことを。
「そう……私なんて、役立たずですもの……」
「誰がお前にそんなことを言った」
その瞬間、一気に空気が張り詰めた。
リオ様の唸るような低い声が響く。私を抱く腕の力が強くなる。
「誰が言った。教会か?それとも王族か?……ああそれとも、ルブストの連中全員か?……お前のことを、知りもしないで」
「……リオ様?」
足に触れていた尻尾が逆立つのがわかる。怒りに満ちているのが痛いほどわかる。
「ニア。お前はそのように言われる存在ではないことを、俺は知っている。お前は、この獣王たる俺の妻にふさわしい存在だ。……今のお前がそれを信じられないと言うのなら、何度でも証明してやる。いかにお前が、何物にも代えがたい存在であるかを」
私はもう、言葉を紡げなかった。
(リオ様、貴方は一体……)
「……明日は視察だ。直に国民の声を聞けば、嫌でも実感するだろう」
リオ様は、私が知らない“私”を――まるで最初から知っているかのように語る。
第三話は明日20時に投稿いたします。
短めで完結予定です。
よろしければ引き続きお付き合いください!




