表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
修繕士リシェルの晩酌録  作者: 笛吹葉月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/9

女子会、ほろ酔いの陣

 連日で冒険者ギルドを訪ねたリシェルは、今日こそ目当ての友人が出勤しているのを見つけた。

 ギルド内は相変わらずの活気だ。喧騒の中で受付カウンターに立つミラは、依頼票の束を片手に、笑顔で行列をさばき続けている。


「おはようございます。依頼品の受け渡しは奥の窓口へどうぞ。こちらのクエスト受注には証明書をお持ちください。救護室なら階段を降りてすぐになりますお大事に。パーティー募集ですか申請書をお預かりしますね。装備の購入は技師ギルドへご相談ください。え、食事? 関係ない話は後にしていただけますか。はい、次の方!」


 まるで音楽のように流れる声と、誰も文句を挟めないほどの段取りと速さ。休んだというから少し心配したが、まったくの杞憂だったらしい。

 にこやかに、そしてあくまで事務的に。美人の笑顔には圧がある、とリシェルは常々思っている。


 それぞれの冒険者たちが討伐や採集に出かけ、人波が落ち着いた頃。ようやくミラはリシェルの存在に気がついた。切れ長の緑の瞳がまるくなる。


「あら、リシェル。来てたのね」

「おはよう。繁盛してるね」

「おかげさまで」

「あんなに喋って、よく疲れないなって思うよ」

「まったくね。ニコニコしてないと怖がられちゃうの」


 美女は、眉を上げる仕草ひとつでも様になる。

 リシェルは缶入りの冷茶を差し出した。行列を一目見て、いったん諦めて外の露店で買ってきたものだ。ミラは大人しく受け取ると、すぐさま何口か飲んだ。


「ふう……ありがと。今日はウチで仕事?」

「うん、倉庫のランプ。誰かが蹴っ飛ばして壊したって」

「もう! ほんと、冒険者は壊すのが仕事みたいよね」

「あはは、だからわたしが食べていけるんだよ」


 リシェルは自らもお茶を飲みつつ、いくらか落ち着いたギルド内を見回す。せめて昼食までに終わらせないと、また人混みに巻き込まれかねない。


「ミラ、昨日は休みだったんだよね? 珍しい」

「仕事人間のあんたに言われたくはないけど」


 ため息と共に頬杖をつく。

 深緑のベストと白ブラウスに、タイトスカートはギルドの制服。見た目こそ上品だが、休憩中は平気で脚を組んでパンをかじる姿を、リシェルやグレンは知っている。


「いやいや。ミラだって仕事人間……えっと、仕事エルフ?」


 束ねた金髪から覗く特徴的な耳。厳密にはハーフエルフなのだが、区別して呼ぶ者はほぼいない。純血エルフはあまりに長命で、街で暮らすのを見かけるほうが稀なためだ。

 彼女はさらに不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「休みたくて休んだわけじゃないわ。実家に帰ってたの」

「へえ?」

「お見合いってやつよ、お・み・あ・い。どーしても、って親がうるさくて」


 この態度を見れば、結果は訊かなくてもわかる。

 いつにも増してツンケンとしている友人に、リシェルができることは。


「あー。久しぶりに、愚痴会でもやろっか?」


◆◆◆


 女子会……にはならなかった。たまたま工房へ遊びにきていたティーカが、興味本位でリシェルにくっついてきたからだ。十中八九、食べ物に釣られたと見ていい。

 ミラの一人暮らしの家には、リシェル、ミラ、ティーカの三人が集まることとなった。曰く「あんたの家じゃ、料理を広げられる場所なんてないでしょ」とのこと。否定する材料もなく、リシェルは大人しく手土産を持参した。


「いい加減に引っ越したら? あの工房もかなり古いじゃない。次に嵐がきたらどうするつもりなのよ」

「まあ、年代物ではあるけどさ」

「いつか崩れたら危ないわ」

「直せば使えるし。はい、これお土産」

「へえ、珍しいわね。ワインも飲むの?」

「こないだ冒険者ギルドに行った時に、グレンさんにもらったやつ」

「あの人、あんたのこと相当気に入ってるわよね」


 他人事のように言うミラは、冒険者ギルドより前にもいくつかの職を転々としている。エルフの血は半分しか流れていないとはいえ、寿命も異なる種族を相手に、先輩だの後輩だのを考えるのは辞めたのだと以前に笑っていた。


「引き抜きも割と本気みたいだし。あたしとしては嬉しいけど」

「わたしは修繕士だよ。冒険者ギルドに入っても、何もできないって」

「たまに新人のクエスト支援もしてるじゃない。それに、専属の技師って最近よく聞くわよ」

「んー……まあ、考えとく。グラスはどれ使えばいい?」

「どれでもいいわ。適当に棚からとって」


 三つ置いたグラスは種類がバラバラ。貰い物らしい。

 その間にもミラは台所でくるくると動き回っていた。干した魚をオイルに漬け込んだものを焼き、市場で買い込んだハーブと葉物を器に盛り付ける。

 先に食卓について両足をぷらぷらとさせていたティーカが、漂う匂いに喉を鳴らした。


「お魚?!」

「正解。リシェル、これ運んでくれる? ティーカに任せるとテーブルに辿り着くまでになくなりそうだから。――ねえ、そういえば竜ってハーブは食べられる?」

「おいしい? 食べてみたい!」

「はあ、物好きなドラゴンねぇ。街に下りてきてる時点で、だけど」


 ミラは魚とサラダ、それに切り分けたチーズを並べて席につくと、ワインをそれぞれのグラスに注ぐ。掲げながら、彼女の目が鋭く光った。


「今日は愚痴を聞いてもらう日。あんたたち、逃げないでね?」


 宣言され、リシェルは椅子に座りながら苦笑した。これは恐らく、長い夜になる。


 ワインはほんのりと甘口で、ハーブのサラダにもぴったりだ。ティーカは既に一杯目を飲み干している。


「で、お見合い相手はどんな人だったの?」

「聖堂勤めの真面目そうな男。確かに母の言う通り、優しそうな人間だったけど」

「嫌なら断ればいいのに。ミラならもっといい相手も選び放題なんじゃない?」

「そうかもね。でも、うちの親が『ギルドの仕事はもう十分でしょ』とか言い出してて」

「それはダメ!」


 リシェルは慌てて遮った。


「ミラが抜けたら、ギルドの窓口が三日は止まるよ」

「ありがたいけど、本来ならその状況を憂うべきね」


 骨も気にせずバリバリと魚を食べるティーカがすべてを平らげないうちにと、リシェルもミラもまずは取り皿へと避難させる。

 ミラはグラスを置き、わざとらしく声を潜めた。


「この街、意外と当たり(・・・)が少ないのよ。冒険者は自由人が多いし、職人は頑固者ばっかりだし」


 そこで彼女は、にやりとリシェルを見る。


「そういう意味では、バルドはまだ優良株ね」

「は? バルド?」

「そう、ああ見えてモテるの。うちのカウンターにも『あの無口な人、今日います?』って聞きに来る女の子たち、何人もいるし」

「いやいやいや、嘘でしょ……?」


 取り落としたフォークを握り直したところで、ティーカが勢いよく挙手をする。


「ティーカも聞いた! 酒場のお姉さんが、頼もしいひとだよねって」

「ほらね」


 得意げな竜を目線で示し、ミラは腕を組んだ。


「待って、本当に?」

「本当よ、あんたが知らなさすぎるだけ。そりゃ、なんであんな鉄塊みたいな男がとは、あたしも思うわよ?」

「リシェルおもしろい顔ー!」


 ティーカがけらけらと笑う。

 鉄塊は言い過ぎだが、知る限り、彼は趣味すら工具のメンテナンスだという筋金入りだ。まさかそんな話題になっているとは思いもよらず、リシェルの眉間は平らにならない。


「バルドはねー、いっつも石像みたい! だけど、リシェルと話すときは、ちょっと違うかも?」

「あら、あんたに野生の勘が残ってるとは驚きね」

「やせいのかん?」

「気にしないで」


 ミラは空のグラスにどぽどぽとワインを入れる。もう何本か、追加で持ってきたほうが良かったかもしれない。


「の、飲みすぎじゃない?」

「明日のことは明日考える。エルフは先の心配なんてしないの」


 取り澄ました言葉に、リシェルは堪らず噴き出した。


「ま、いいわ。バルドがどうとかはさておき……あ、そうそう。この前、ギルドに来た冒険者の話なんだけど――」


 三人の笑い声が重なり、湯気の中で弾けるように広がる。お見合いの愚痴は、気がつけばどこかへ消えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ