女子会、ほろ酔いの陣
連日で冒険者ギルドを訪ねたリシェルは、今日こそ目当ての友人が出勤しているのを見つけた。
ギルド内は相変わらずの活気だ。喧騒の中で受付カウンターに立つミラは、依頼票の束を片手に、笑顔で行列をさばき続けている。
「おはようございます。依頼品の受け渡しは奥の窓口へどうぞ。こちらのクエスト受注には証明書をお持ちください。救護室なら階段を降りてすぐになりますお大事に。パーティー募集ですか申請書をお預かりしますね。装備の購入は技師ギルドへご相談ください。え、食事? 関係ない話は後にしていただけますか。はい、次の方!」
まるで音楽のように流れる声と、誰も文句を挟めないほどの段取りと速さ。休んだというから少し心配したが、まったくの杞憂だったらしい。
にこやかに、そしてあくまで事務的に。美人の笑顔には圧がある、とリシェルは常々思っている。
それぞれの冒険者たちが討伐や採集に出かけ、人波が落ち着いた頃。ようやくミラはリシェルの存在に気がついた。切れ長の緑の瞳がまるくなる。
「あら、リシェル。来てたのね」
「おはよう。繁盛してるね」
「おかげさまで」
「あんなに喋って、よく疲れないなって思うよ」
「まったくね。ニコニコしてないと怖がられちゃうの」
美女は、眉を上げる仕草ひとつでも様になる。
リシェルは缶入りの冷茶を差し出した。行列を一目見て、いったん諦めて外の露店で買ってきたものだ。ミラは大人しく受け取ると、すぐさま何口か飲んだ。
「ふう……ありがと。今日はウチで仕事?」
「うん、倉庫のランプ。誰かが蹴っ飛ばして壊したって」
「もう! ほんと、冒険者は壊すのが仕事みたいよね」
「あはは、だからわたしが食べていけるんだよ」
リシェルは自らもお茶を飲みつつ、いくらか落ち着いたギルド内を見回す。せめて昼食までに終わらせないと、また人混みに巻き込まれかねない。
「ミラ、昨日は休みだったんだよね? 珍しい」
「仕事人間のあんたに言われたくはないけど」
ため息と共に頬杖をつく。
深緑のベストと白ブラウスに、タイトスカートはギルドの制服。見た目こそ上品だが、休憩中は平気で脚を組んでパンをかじる姿を、リシェルやグレンは知っている。
「いやいや。ミラだって仕事人間……えっと、仕事エルフ?」
束ねた金髪から覗く特徴的な耳。厳密にはハーフエルフなのだが、区別して呼ぶ者はほぼいない。純血エルフはあまりに長命で、街で暮らすのを見かけるほうが稀なためだ。
彼女はさらに不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「休みたくて休んだわけじゃないわ。実家に帰ってたの」
「へえ?」
「お見合いってやつよ、お・み・あ・い。どーしても、って親がうるさくて」
この態度を見れば、結果は訊かなくてもわかる。
いつにも増してツンケンとしている友人に、リシェルができることは。
「あー。久しぶりに、愚痴会でもやろっか?」
◆◆◆
女子会……にはならなかった。たまたま工房へ遊びにきていたティーカが、興味本位でリシェルにくっついてきたからだ。十中八九、食べ物に釣られたと見ていい。
ミラの一人暮らしの家には、リシェル、ミラ、ティーカの三人が集まることとなった。曰く「あんたの家じゃ、料理を広げられる場所なんてないでしょ」とのこと。否定する材料もなく、リシェルは大人しく手土産を持参した。
「いい加減に引っ越したら? あの工房もかなり古いじゃない。次に嵐がきたらどうするつもりなのよ」
「まあ、年代物ではあるけどさ」
「いつか崩れたら危ないわ」
「直せば使えるし。はい、これお土産」
「へえ、珍しいわね。ワインも飲むの?」
「こないだ冒険者ギルドに行った時に、グレンさんにもらったやつ」
「あの人、あんたのこと相当気に入ってるわよね」
他人事のように言うミラは、冒険者ギルドより前にもいくつかの職を転々としている。エルフの血は半分しか流れていないとはいえ、寿命も異なる種族を相手に、先輩だの後輩だのを考えるのは辞めたのだと以前に笑っていた。
「引き抜きも割と本気みたいだし。あたしとしては嬉しいけど」
「わたしは修繕士だよ。冒険者ギルドに入っても、何もできないって」
「たまに新人のクエスト支援もしてるじゃない。それに、専属の技師って最近よく聞くわよ」
「んー……まあ、考えとく。グラスはどれ使えばいい?」
「どれでもいいわ。適当に棚からとって」
三つ置いたグラスは種類がバラバラ。貰い物らしい。
その間にもミラは台所でくるくると動き回っていた。干した魚をオイルに漬け込んだものを焼き、市場で買い込んだハーブと葉物を器に盛り付ける。
先に食卓について両足をぷらぷらとさせていたティーカが、漂う匂いに喉を鳴らした。
「お魚?!」
「正解。リシェル、これ運んでくれる? ティーカに任せるとテーブルに辿り着くまでになくなりそうだから。――ねえ、そういえば竜ってハーブは食べられる?」
「おいしい? 食べてみたい!」
「はあ、物好きなドラゴンねぇ。街に下りてきてる時点で、だけど」
ミラは魚とサラダ、それに切り分けたチーズを並べて席につくと、ワインをそれぞれのグラスに注ぐ。掲げながら、彼女の目が鋭く光った。
「今日は愚痴を聞いてもらう日。あんたたち、逃げないでね?」
宣言され、リシェルは椅子に座りながら苦笑した。これは恐らく、長い夜になる。
ワインはほんのりと甘口で、ハーブのサラダにもぴったりだ。ティーカは既に一杯目を飲み干している。
「で、お見合い相手はどんな人だったの?」
「聖堂勤めの真面目そうな男。確かに母の言う通り、優しそうな人間だったけど」
「嫌なら断ればいいのに。ミラならもっといい相手も選び放題なんじゃない?」
「そうかもね。でも、うちの親が『ギルドの仕事はもう十分でしょ』とか言い出してて」
「それはダメ!」
リシェルは慌てて遮った。
「ミラが抜けたら、ギルドの窓口が三日は止まるよ」
「ありがたいけど、本来ならその状況を憂うべきね」
骨も気にせずバリバリと魚を食べるティーカがすべてを平らげないうちにと、リシェルもミラもまずは取り皿へと避難させる。
ミラはグラスを置き、わざとらしく声を潜めた。
「この街、意外と当たりが少ないのよ。冒険者は自由人が多いし、職人は頑固者ばっかりだし」
そこで彼女は、にやりとリシェルを見る。
「そういう意味では、バルドはまだ優良株ね」
「は? バルド?」
「そう、ああ見えてモテるの。うちのカウンターにも『あの無口な人、今日います?』って聞きに来る女の子たち、何人もいるし」
「いやいやいや、嘘でしょ……?」
取り落としたフォークを握り直したところで、ティーカが勢いよく挙手をする。
「ティーカも聞いた! 酒場のお姉さんが、頼もしいひとだよねって」
「ほらね」
得意げな竜を目線で示し、ミラは腕を組んだ。
「待って、本当に?」
「本当よ、あんたが知らなさすぎるだけ。そりゃ、なんであんな鉄塊みたいな男がとは、あたしも思うわよ?」
「リシェルおもしろい顔ー!」
ティーカがけらけらと笑う。
鉄塊は言い過ぎだが、知る限り、彼は趣味すら工具のメンテナンスだという筋金入りだ。まさかそんな話題になっているとは思いもよらず、リシェルの眉間は平らにならない。
「バルドはねー、いっつも石像みたい! だけど、リシェルと話すときは、ちょっと違うかも?」
「あら、あんたに野生の勘が残ってるとは驚きね」
「やせいのかん?」
「気にしないで」
ミラは空のグラスにどぽどぽとワインを入れる。もう何本か、追加で持ってきたほうが良かったかもしれない。
「の、飲みすぎじゃない?」
「明日のことは明日考える。エルフは先の心配なんてしないの」
取り澄ました言葉に、リシェルは堪らず噴き出した。
「ま、いいわ。バルドがどうとかはさておき……あ、そうそう。この前、ギルドに来た冒険者の話なんだけど――」
三人の笑い声が重なり、湯気の中で弾けるように広がる。お見合いの愚痴は、気がつけばどこかへ消えていた。




