口下手な技士仲間
港町エルネアの冒険者ギルドは、いつ訪れても騒がしい。
壁にみっしりと貼られた依頼書を、熱心に見つめる新人パーティー。獣人が尾や猫耳を忙しなく動かし、オーク達が軽々と荷を担いで通り過ぎる。昼から酔っ払っている老兵もいれば、神経質そうにコインを数える者まで様々だ。
リシェルが所属する技師ギルドとは大違いだった。あちらは――良くも悪くも――互いの技術や作品にしか興味がないから。
「リシェル! ちょうどいいところに」
顔馴染みの冒険者に呼びかけられ、リシェルはカウンターへ向けていた足を止めた。声をかけてきたのはそれなりに経験がある冒険者で、何度か装備品の修理を請け負ったこともあったはず。
傍に伴っているのは、いかにも初心者の少年。青ざめた顔で、革で巻かれた何かを握りしめている。
「どうしたの?」
「こいつの武器が折れちまってよ。ほら、この姉ちゃんに見せてみな」
どうせ足を止めたついでだ。運ぶつもりだった魔導具の箱を床へ置き、腰に巻いたツールベルトから手袋を取り出す。
「折れた?」
力なく差し出された短剣を、ひょいと持ち上げ観察する。
「……あー。これは、付け根の芯金が甘いね」
「まだ買ったばっかりで……高かったのに」
少年は目に見えて消沈していた。
「新品ほど壊れやすいのよ。使い慣れてないとね」
言いながら、トン、と叩く。ギギ、と音を立てて刃が戻る。
歪んでいた短剣は、あっけなく元に戻った。
「はい、できた」
「え…………い、今ので直ったの?!」
「当然。まだじゅうぶん使えるよ」
「え、え?」
少年はぽかんとしたまま短剣を受け取った。それから我にかえった様子で、勢いよく頭をさげる。
「ありがとうございます!」
「いいよ、このくらい」
通りすがりの獣人から「礼なら酒でもやったらいいさ!」と野次が飛び、リシェルは呆れ顔で片手を振った。魅力的な報酬だが、さすがにこの程度の仕事で、ルーキーから依頼料をとろうとは思わない。
「よお、リシェル。またお得意様が増えたのか?」
そんなやり取りをしていたところで、ぬっ、と大きな影が背後に立つ。オークと並んでも見劣りしない大柄な男は、この冒険者ギルドの長だ。
「こんにちは、グレンさん。修繕屋の常連になるのも考えものだけどね」
豪快に笑うギルドマスターを見上げ、リシェルは肩をすくめた。
「納品か?」
「うん。頼まれてた携行魔導灯。あと、簡易修繕キットの追加分」
「そいつは助かる。おまえンとこの品は本当にしっかりしてるからな!」
「今後ともご贔屓に。伝票は――」
品物の詰まった箱を慎重に手渡す。職員が座るカウンターへ視線を向け、いつもの場所に、見慣れた受付嬢の姿がないことに気付く。
視線を追ったグレンが、先に口を開いた。
「麗しのミラ様なら、今日はいないぞ」
「……それ、本人の前で呼ばないほうがいいよ。特別扱いされるの嫌だって言ってた」
「といってもなあ。エルフとドワーフを同じ扱いするってのも、俺たち人間にはなかなか難しいだろ?」
「まあ、わかるけどさ」
エルフの血を引く友人は、特に人間や亜人からの人気が高い。
「にしても、ミラが休みだなんて珍しい。みんな、さぞガッカリしたことだろうね」
「ご明察。どいつもこいつも、途端にやる気をなくしやがって」
看板娘と一言でも交わそうと、それ目当てで通う冒険者も多かった。手が届かない高嶺の花にも、憧れるだけなら自由である。
「ところでリシェル。引き抜きの話なんだが――」
「あー! このあとバルドのところに行かなきゃいけないから! また!」
「ちょっ、おい!」
言葉を遮り、人混みを慌ててすり抜ける。精算は後で、優秀な受付嬢に頼むとしよう。
◆◆◆
技師ギルドに所属する職人は様々だ。
リシェルのように修理を主とした修繕士。それに、目の前で図面とにらめっこしている男のような、設計技師。
「おまえが持ってきたこれ。寸法が合ってねえな」
「えー?」
青年バルドは、魔導炉や装甲機構など、大型装置の設計や整備を行う専門家だ。鋼色の髪を短く刈り、無精ひげ気味。リシェルのよりも広く設備の整った工房で、試作や実験を日々繰り返している。
もちろん、今のように小さな歯車一つにこだわることもあるが。
「や、そこの部品はそれで合ってるよ。むしろ、数値通りにやったら動きが固くなったし」
「そうやって感覚で動くと事故るぞ」
「数字で直せるなら苦労しないって」
「理論を軽んじる技術者がどこにいるんだ?」
「そんなこと言ったら、魔導具自体、理屈がよくわかってないじゃない」
ふたりは年齢も近く、付き合いも長い。なんとなく気が合う同僚だし、相手の腕はもちろん認めている……が、その分ぶつかることもしばしばだ。
現在、小型魔導炉が暴走しやすいというギルドの悩みから、安全装置の設計を共同で進めているところ。顔を上げずにリシェルはレンチを回し、バルドも部品の調整を進める。
やがて、あれこれと応酬を経た結果の試作品。
魔導炉が低く唸り、歯車がゆっくりと回った。小さな火花を散らしながら動いた機構は、滑らかな回転音を響かせている。
「……悪くないな」
「……悪くないね」
思わず漏れた互いの言葉に、顔を見合わせ苦笑する。なんだかんだでいつも最終的にこうなるのだから、不思議なものだ。
見計らったかのように、街の鐘が終業を告げた。リシェルは深呼吸し、手の油を拭ってにやりと笑う。
「さ、今日もいい仕事をした。晩酌日和だね」
「毎日言ってるな」
「だって、毎日頑張ってるもの」
「ほどほどにしとけよ」
――もう少し作業を続けるらしいバルドは、帰りに、「工房の裏手に生えている果物を持っていけ」と言った。毎年のことなので、リシェルも遠慮などしない。これで果実酒を仕込み、できあがったら一緒に飲むのが恒例なのだった。
今夜の夕飯は、貯蔵庫の残りもの全部入り鍋である。あれこれと入れて煮込むだけの、簡単極まりない調理。
肉は、報酬代わりにと猟師からもらった余り。中途半端に残っていた野菜の端切れも、元は、ギルド裏の共同畑でとれたもののお裾分けだった。
(人の優しさって、だいたい食材の形してるよね)
支度ついでに晩酌も兼ねてしまおうと、帰り道の露店で買った麦酒を、調理場に立ちながら飲む。
こうも暑いと、いつもは気になる隙間風も役には立たない。湯気に蒸された頬を手で扇ぐ。夕飯が完成する前に飲みきってしまいそうだ。
(果実酒の仕込みは、今度の休みにしよう)
あの木は勝手に育つんだと嘯く彼が、何度か手ずから剪定までしていることをリシェルは知っている。魔導炉の熱のおかげでよく育つことも事実だが、年を増すごとに収穫量が増えているのは気のせいではないだろう。鳥や獣との攻防も増しているだろうに。
赤銅色の皮で、酸味と渋みがある実は、酒に漬けると角が取れて甘くなる。水で割ると、ほんのりスパイスのような後味がするのも不思議だ。
(今から漬ければ……秋ぐらいに、飲み頃かな)
先に楽しみがあるのは良いことだ。単純に、そう思う。
鍋の底でコトコトと野菜が煮える。塩とハーブ、それから少しだけ土の匂い。リシェルはほのかに甘い湯気を思い切り吸い込んで、また麦酒を一口あおった。




