【第3章】30話「宴」
災害艦や鬼たちを撃退してからおよそ二週間。世間からは犠牲者が出たことへの批判も出たものの、素早い航空隊の対応や防衛神、そして街の火を鎮火させた謎の龍神に対する称賛の声なども上がっているようだった。しかし、そんなことに関係なく日々は過ぎ、呪い師や軍人たちは各々の仕事に再び明け暮れていた。
そんな中、再び姿を現した防衛神――北と日吉が宴をしようと言い出した。賛成派と反対派で揉めに揉めたが、何故か都心から少し離れた菊池邸にて宴が開かれることとなった。椿は送られてきていた住所をナビアプリに設定し、ムラサメと共に歩いていた。椿は黒を基調としたワンピース、ムラサメは相変わらず上下黒づくめのシャツとズボン。しかし、その髪のネオンピンクのインナーカラーが一際目立つ。椿に言われて染めたものだ。
「おーい!椿ちゃーん!!」
名を呼ばれ、振り返るとそこには三人の軍服姿の人物。
「小郡さんに、ベリアルさん…大刀洗さん!元気になったんですね!」
大刀洗はまだ冬ではないというのにカーキの外套を羽織っており、その首元には憲兵の兵科色と同じ黒いマフラーを巻いている。特徴的なほくろが隠れてしまった代わりに、次の彼のトレードマークになりそうだ。大刀洗はマフラーを少し下げて笑った。
「何とかな。こんな格好してねえと凍えて死んじまいそうになるがな。椿ちゃんも菊池ん家行くとこか?一緒に行こうぜ」
五人は一緒に歩き出す。大刀洗曰く、菊池の邸宅は遠くから見てもすぐ分かるような立派な屋敷とのことだった。そんなことを話しているうちに、立派な塀に囲まれた門が見えてきた。
「これっすか…でけえ……」
ヤクザの家みたい、と椿は思ったが口には出さなかった。一行は門の戸を開け、屋敷の敷地内に入る。そこには菊池隊の面々がわたわたとビール瓶の入った箱を運んだりしていた。あれこれ指示していた菊池が椿たちを認め、笑みを浮かべて手を振る。
「はるばるご苦労。君らはもう中に入ってくつろいでいてくれ。神埼はもう来てるぞ」
玄関をくぐり、大広間に向かう。今回来る者は航空隊の現役機のパイロット数人、北と日吉、菊池隊、大刀洗含め憲兵数人。そして海軍からは涼太郎、戦艦大和、長門、雪風。佐官クラス以上の者は来ておらず、あくまで個人間の宴会ということのようだ。
「よう、大刀洗。元気してたか」
椅子にふんぞり返って我が家のようにくつろいでいるのは神埼。まだ仕事には戻れていないようだが、退院できたようだ。その手には既に缶ビール。
「シゲ〜!心配したぜ、血ィ吐いて倒れたとか言ってたからさあ!もう飲んでんのかよ」
「まだ安静にしていろと言われたからな。酒はオッケー」
本当かぁ?と訝しげな顔をしている大刀洗たちを置いて椿はそっと端っこの席に座る。ムラサメもその隣に座る。
「お!椿ちゃんやん!お疲れ!こないだはお手柄やったなあ」
元気の良い関西弁。丸サングラスに航空服を着込んだ男、北が椿の近くの席にどかっと勢いよく胡座をかいて座った。その手には日本酒と思われる瓶。
「北ちゃんおひさ!アタシなんてそんなに役に立ててないよ。北ちゃんの零戦乗った勇姿、見たかったなあ」
「うふふふ、そない褒めたって何も出えへんよ!アメちゃんあげるで」
レモン味の飴を受け取る椿。ついでにムラサメにもくれた。飴を口の中で転がしながら椿は周りを見渡した。
「内海、やっぱり来れないって?」
「せやなあ。ガブリエルの嬢ちゃんも呼べんか聞いたけど、あん人たちは忙しすぎるみたいやなあ……。一番世話になったんやけどな」
椿は眠っていたためガブリエルの姿を見ていない。もしかしたら今日の宴会に来るかな、なんて考えていたのだが、やはり難しいようだ。いつの間にか豪華な料理が運ばれてくる。ぷりぷりのお刺身に、天ぷら、寿司。エビチリや回鍋肉などの中華の品にフライドポテトなんかもある。椿は目を輝かせる。テーブルに軍人たちが揃う。菊池の妻、綾子もいる。菊池が立ち上がり、ビールを掲げた。
「諸君!色々あったな。だが今こうして皆で宴会の席についていられることを嬉しく思う。今夜は嫌なことも悲しいことも忘れて、好きなように飲んで食おう!!乾杯!!」
「乾杯!!!」
菊池の音頭に皆酒の入ったコップを掲げる。椿は未成年のためジンジャーエールである。早速椿は海老の天ぷらを頬張る。サクッと軽い衣に、ぷりぷりの身の海老。いくらでもいけそうだ。ムラサメも刺身を美味しそうに食べている。軍人ともあり皆声がデカいため、かなり賑やかだが菊池邸の周りには住宅は少なく、山間部に位置するため騒音を気にする必要はない。
「こんばんは。席二つ、空いてます?」
「内海!富田さんも!!」
現れたのはいつもと同じく黒いスーツに身を包んだ長身の男二人。長い黒髪に赤い瞳が特徴的な内海に、対照的に海のような青い瞳に髪を左右に撫で付けた富田。北は嬉しそうに笑った。
「お〜!!来れたんか!ここ空いとるで!!」
二人は椿たちのちょうど向かいの席に座る。内海は手に持っていた薄めの段ボールを開ける。
「じゃん。神酒です。他の方々にも出してあげてください」
サッと現れた野間が受け取り、佐々木らとともに配っていく。大の酒好きの北は神酒を受け取り、嬉しそうに微笑んだ。日吉も心なしか嬉しそうだ。
「内海さん…いつもいつもこんなに良い神酒をありがとうございます。お世話になったのはこちらなのに」
「何、良いんですよ。たくさん働いていただいた神様にお礼をするのは当たり前のことです」
頭を下げた日吉に笑いかける内海。富田は早速冷えた缶ビールをあおっている。あまりの飲みっぷりに椿は思わず聞く。
「ビールって…そんなに美味いんすか」
「ンア?未成年が飲むもんじゃねーぞ。まあそうだな、はじめは苦くてどうかと思ったんだが…気付けば身体がキンッキンに冷えたビールを欲するようになるんだよ」
ぐい、とビールをさらにあおる富田。椿はへー、と相槌を打ちながらぽろりと漏らす。
「でも、それなら普通にコーラとかで良いような気がする」
「……オメーも大人になったら分かる日が来るぜ」
配られた神酒を受け取ったムラサメが椿の隣で一口酒を口に含む。
『…これは。相当の一級品だな……。ここまでのものを飲むのは初めてかもしれない』
「ふふ、お口にあったのなら何よりです」
酒が入り、少しずつ気が大きくなってきた軍人たち。さらに賑やかになる宴の場。料理がハイスピードで空になるが、それを上回るスピードで追加の料理と酒が運ばれてくる。大刀洗は用意してもらったのだろう、毛布を羽織りながら次々に料理を口に放り込んでいる。その様子をどこか優しげな瞳で酒を片手に神埼が見守っている。その隣でベリアルは不思議そうに料理の品々を眺めていたが、一口頬張っては目を見開いている。海軍軍人の方を見やれば、天ぷらを賭けて雪風と涼太郎がじゃんけんをしている。椿も料理に舌鼓を打ちながら、賑やかな場の雰囲気を楽しんでいた。
*
宴会が始まり数時間。夜は更け、あと数十分で日付が変わる時刻である。帰って行った者は少ないが、酔い潰れて酒の席で眠り込んでしまった者はぼちぼちいる。賑やかさは鳴りをひそめてしまった大広間を椿は抜け出し、縁側に出た。もちろんムラサメもついてきた。よく手入れの行き届いた庭と青白い光を放つ月を見ながら二人は並んで座る。
「ここにいたか。うるさかったかい?」
「師匠。ううん。何だか夜風に当たりたくて」
菊池とその双子の弟、涼太郎もいる。涼太郎の手には缶ビール。二人の兄弟も椿たちの隣に腰を下ろす。
「リョウさん。雪風さんとのじゃんけん勝負、どうなりました?」
「も〜全負けよ。天ぷらはこれ以上おかわり無いって聞いてたから絶対確保したかったのに……あそこで幸運艦発動すんのはズルだと椿ちゃんも思わない〜!?」
雪風の二つ名は“幸運艦”。幸運を味方につけた雪風と運任せの勝負をするのはかなり自殺行為じゃないかと椿は思ったが、気づいていない様子で可哀想なので口には出さなかった。
「にしても。ムラサメも、師匠も、リョウさんも。いっぱい飲んでたのに全然酔ってないんだね」
『ちょっとは酔ってるぞ。ほろ酔いといった感じだ』
「我々は最恐と名高い祟り神ズだからな。肝臓の分解パワーも神クラスよ」
菊池の言葉が何だかおかしくて椿は笑ってしまう。笑い合う男三人を見つめる椿。師匠――菊池孝太郎と涼太郎は双子の兄弟だ。そんな二人を見つめるムラサメの視線を見ながら、椿はあることに思い至っていた。言っていいものか少し逡巡したが、思い切って言ってみることにした。




