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朱月のアリス  作者: 白塚
第3章 海軍と炎幕編
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【第3章】29話「別れの決断」


 教室へ向かう途中の学舎の廊下。すっかり回復した椿は菊池と共に歩いていた。


「流石、復活するまでが早いな。目を覚ますまでに二日かかったというのに」

「えへへ…二日も寝てたなんて知らなかったよ…治りが早いのは発現した天使の力が関係してるかもだって。このままもっと強くなってみせるよ!」


 胸を張る椿を見て菊池は微笑む。そんな椿の両耳にはフローライトのピアスが光っている。教室の戸の前に着くと、菊池は一旦立ち止まった。


「それじゃあ、一旦先に入って待っていてくれ。すぐ戻るから」

「はい」


 椿は教室に入ると、そこには白川の姿が。


「椿!無事だったか。色々あったって聞いたけど…。空襲とか鬼、大丈夫だった?」

「何とかね。アタシも飛行機何機か堕としたんだぜ。すげーだろ」

「は!?す、すご……。俺はたまたま教室にいたから、軍人さんたちと一緒に地下壕に行ったから何が何だか分からなくてさ。次の日のニュースで色々知ったんだぜ」

「無事なら何よりだよ。…でも美幸、いないね…」


 本来なら教室に三人いるはずだが、美幸の姿だけ見えない。椿は災害艦機が襲いかかって来た瞬間を思い出す。ナオ先輩も、鷹村さんも撃たれて死んでしまった。美幸も、腕を失ってしまったのを見た。二日間眠り続け、尚且つ病室から出るのを許されたのはさらにその三日後。ナオの家族の意向で家族葬にするとのことだったが、通夜に行くこともできなかった。後日、挨拶に伺うつもりではいるが――。


「お待たせ。すまないね」


 入って来たのは菊池。その後ろには白衣を着た軍医――藤井と……。


「美幸…!」


 俯いて二人の軍人の後ろにつくようにして美幸が入って来た。セーラー服の右腕の部分は力無く垂れ下がっている。右腕を失ってしまった美幸は菊池とともに教壇に立ち、力無く笑った。


「美幸のことなんだがな。…神埼や藤井、そしてご家族とも話し合った結果、彼女はこの学校から去ることとなった」

「「え……」」


 菊池の言葉に絶句する椿と白川。藤井は優しく微笑み、肩をすくめた。


「一命は取り留めたとはいえ、右腕を失ってしまった。何とかリハビリを経て歩けるようにはなったが、これでは呪い師としてどころか普通の生活をすることも厳しい。そして、彼女の精神衛生面上から考えても、ね」

「椿、白川…ごめんね……」


 普段の明るさは鳴りをひそめ、今にも泣き出しそうな顔で美幸は力無く謝る。


「私ね…鷹村さんのお葬式、行ったの。ご家族に、謝りたくて…私のせいで死んじゃったから。でも、誰一人私を責めなかった。あなたが生きていてくれてよかった、て言うの。富田さんからも、同じこと言われた。その時、思ったの。私、ここの世界では、生きていけないって……」


 美幸の両目から涙が溢れ出す。菊池がそっとハンカチを差し出した。


「それにね。わたし、怖くて…ずっとあの時の夢を見るの…。ないはずの右腕が、痛くて。…もう、ぽんちゃんの顔もまともに見られなくなっちゃった……!」


 藤井は優しく美幸の背をさする。美幸は身体を震わせ、嗚咽混じりに泣きじゃくる。椿と白川も、いつの間にか涙を流していた。菊池は美幸の頭を撫でると、二人の顔を見る。


「美幸がここにいるのは今日いっぱいだ。今日の夕方には自宅に戻るとのことだ。今日の授業はお休みにしよう。だから、あとは三人でゆっくり過ごしなさい。あとで、何か飲み物と食べるものを持って来てあげるから」


 そう言うと、菊池は藤井に目配せをして二人は教室から出て行った。椿は立ち上がり、泣きじゃくる美幸を抱きしめた。


「美幸、大丈夫だよ。アタシらは、ずっと友達でしょ。自分を責めないで……。鷹村さんのためにも、自分のいのち大事にしよ。鷹村さんが悲しんじゃうよ。ね。笑お…?」

「うん…うん……!」


 学生ズは菊池たちが用意してくれたスナック菓子やジュースで急遽美幸の送別会を開いた。噂を聞きつけた二年生、神田和樹、寺田サキも途中から参加した。五人は思い思いに会話やお菓子をつまんだりしつつ楽しんだ。暗い表情だった美幸にも、いつの間にか普段の明るい笑みが戻って来ていた。


 時間が過ぎるのは早いもので、あっという間に外は暗くなり始めた。学校の正門には美幸の両親が車で迎えに来ていた。荷物の大半は既に送っているとのことだったため、美幸が持っているのは大きめのスーツケースひとつ。


「じゃあ…私、行くね。短い間だったけど、ありがとう」

「いつでもDMでも、通話でもしてね!」

「また三人で遊ぼう」


 美幸は目に涙をいっぱい浮かべ、二人に抱きついた。椿と白川も美幸を抱きしめ返す。菊池と藤井は優しくその様子を見守った。


「ここにも、いつでも遠慮なく遊びに来ていいからな」

「はい…お世話になりました、先生」


 美幸は深々と頭を下げると、背を向けた。美幸の両親もこちらに一礼してから、車に乗り込んだ。車が走り出す。後部座席の窓が開き、美幸は涙をこぼしながら笑みを作って手を振った。


「白川、椿、先生…!またね!!」

「うん!うん…!またね!!また会おうね!!」


 椿らも必死に手を振りかえす。走り去っていく車を四人はずっと見送っていたが、やがて車は見えなくなってしまった。椿は目に浮かんだ涙をごしごしと袖でぬぐった。


「少し、寂しくなってしまったけれど…。戻ろうか」


 椿と白川は頷き、それぞれの寮へと歩いて行った。椿は白川と並んで歩きながら、話しかける。


「美幸のお母さんたち、初めて見た。美幸のお家は確か群馬にあるんだったよね。ね、白川のお母さんたちはどんな人なの?」

「どんな…俺あんまり親と仲良くないからさあ…。いわゆる、“教育ママ”ってやつ。俺頭悪いから」

「え!?頭いいじゃん!いつも勉強教えてもらってるし、テストとかも八十点より低い点取らないじゃん!」


 驚いて目を丸くする椿。椿の点数は調子が良くて七十点、赤点スレスレの点数を取ることなど日常茶飯事である。白川は困ったように笑った。


「百点じゃないと許してくれないんだよ。俺の弟はめっちゃ頭良くて、百点ばっかりとってるし。八十点は悪い方って言われてきた。九十点とか取っても、なんで百点じゃないんだってものすごく怒るんだ。ご飯抜かれたこともあったな。…次第に俺にはもう期待してないみたいなこと言われて、弟ばかりに構うようになっちまった。俺から話しかけても冷たい対応しかしてくれないし。親父は単身赴任だからほとんど家にいないし。家に居たくなかったから、ここに来た。補助金とかもいっぱい出るし」

「……ごめん」


 椿は胸が痛くなった。呪い師になる人間には、複雑な事情を抱えてこの学校にやってくる者もいるとは聞いていたが……。謝る椿に白川は笑う。


「謝んなよ。気にしてない。それに俺は今の生活が楽しいよ。みんな褒めてくれるし、優しくしてくれる。幸せだよ。じゃ、俺こっちだから。またな!」

「…うん。またね!」


 椿は白川に手を振る。立ち止まってられないな、と椿は己を鼓舞し、自身も歩き出した。



 *



 椿たちを見送っていた菊池と藤井。菊池は藤井を横目で見やる。


「神埼の方は、どうだ?」

「ああ…。意識は戻っているよ。ただまだ少し喀血があってね。本人は軍務に戻りたがっているがもちろんダメに決まっている。復帰できるまでには、一ヶ月近くかかるかもね。ま、元気は元気だ。押さえつけるのに大変だよ」


 藤井は困ったように笑いながら煙草を取り出し、火を点ける。菊池は病室で暴れる神埼の様子が容易に思い浮かび、笑みを浮かべる。


「それから。大刀洗くんだが、彼はすごいな。彼も絶対安静なんだが、もう四回ほど脱走している。上もこれには困ったようで、数名の衛生兵を常駐させるという条件付きで復帰することを許したようだ。…おそらく、ベリアルの力と内海の口添えがあったのだろうね」

「すげえな、あいつ……人間だよな?」


 おそらくね、と笑う藤井。大刀洗は動けるようにはなったものの、体温調節が難しいらしく防寒着を着ているらしい。藤井は煙草の煙を吐き出すと、菊池を見やる。


「…それで、菊池殿。いつになったら私のことを食べてくれるのかな?」

「…まだ言っていたのか、それ」


 菊池は眉間にシワを寄せてため息をついた。そんな菊池を見て藤井は楽しそうに笑う。


「そんな嫌そうな顔をしないでくれよ。災害艦機を喰い千切る君の姿、とても美しかった。それと同時にあの爆撃機が羨ましかったよ」

「相変わらず変な奴。私じゃなくてムラサメにでも頼めばすぐ食ってくれるだろうよ」

「うーん、ムラサメ殿もいいが、私は菊池殿がいいのだよ」


 何がそんなに嬉しいのか、にこにこと笑う藤井を見て菊池は再び大きなため息をついた。


「今はダメだ。私が神埼に怒られる」

「そうか……。気が向くその日を待ち侘びるとしよう」


 菊池は藤井を置いてさっさと歩き出す。神埼の奴はよくこんな変人と一緒に仕事ができるな、と感心しながらもう何度目かわからないため息をついた。

 

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