【第3章】28話「フローライト」
「ん…あれ、ここは……」
椿が目にしたものは、木目の天井。知っている天井だ。ゆっくりと上半身を起こす。すごく体が重い。ここは…学舎の医務室の、個室?するとすぐ横でガタンッ!と大きな音がする。
『椿!?椿!!目覚めたんだね、良かった!!』
勢いよく抱きついてきたのはムラサメ。別れたときの白いシャツではなく黒いシャツを着ている。猫の姿のハチも現れ、フワフワの体ですりすりしてくる。ムラサメに力強く抱きしめられ、苦しいなと思いつつも記憶を辿る。
――確か、ヒメとかいう鬼と戦って……。自分の妖力を使って宝石みたいなのを呼び出したんだっけ。
『椿…すごい高熱だったんだよ。一時は四十度超えてた。睡眠薬盛られたのもあるけど内海曰く、多分椿に目覚めた能力が原因だろうって』
椿は自分の額を触ってみれば冷えピタが貼ってあるのが分かった。すでにぬるくなってしまっているが。
「ムラサメ…ずっと居てくれたの?」
『もちろん。百合も、みんな心配してたよ。呼んでこようか?今はまだいい?それともごはんにする?食欲ある?』
質問攻めに遭った椿は思わず吹き出した。ムラサメが不思議そうに見ている。
「んふふ、ごめんね。心配してくれてありがと。昔、アタシがインフルエンザにかかったときの内海にそっくりだったから。…なんか食べようかな、お腹空いちゃった。あったかくて食べやすいものがいいな」
『あったかくて食べやすいもの…分かった。準備してこよう』
しばらくしてムラサメがお盆に乗せて運んできたものはうどん。具はわかめとかまぼこ。ベッドに備え付けてある机をムラサメに準備してもらい、早速口をつける。柔らかめの麺と出汁のきいた優しいお汁が胃に染み渡る。椿は夢中で頬張った。すると、扉の開く音。内海だ。
「失礼します…。おや、お食事中でしたか」
「むぐ。いいよ。食べながら聞くから」
ムラサメは椿のとは別にコップを取り出し、麦茶を注ぐと内海に差し出す。内海は笑って受け取る。
「目が覚めたようで良かった。食欲もあるようで一安心です。さて、本題にさっそく行きますね。あなたの能力のことです」
椿は麺をすすりながら内海の赤い瞳を見る。ムラサメも静かに聞く構え。内海はスーツの胸ポケットから煌めく結晶のカケラを二つ取り出す。椿が生み出した、クリスタルのカケラたちだ。
「これらは私らが特殊な術を施して保存させたものです。…一定時間経つと消えてしまうようでしたのでね。はじめは妖力石かと思ったのですが、れっきとした鉱物でした。どの欠片もピンクと水色のグラデーションがかった透明感のある鉱物。ぱっと見は同じですが、二種類に分けられます」
内海がそれぞれ二つの欠片を指差す。
「こちらはトルマリン。そしてこっちはフローライト。どちらも地球上に存在する鉱物です。まあ、これらは椿の妖力によってほんのわずかに能力が与えられていますがね」
ムラサメは二種類の鉱物を覗き込み、その美しさに目を細める。内海は手に持っていたクリアファイルから数枚の資料を取り出す。どうやら、その鉱物についてまとめられた資料のようだ。
「椿、あなたがこの鉱物たちを操り戦っていた様子を記録係から見せていただきました。あの鬼に対して電気を放った石はおそらくトルマリンでしょうね。トルマリンの和名は電気石、とも呼ばれていますので。ちなみに、フローライトの和名は蛍石です。熱を加えると光って弾けるので」
内海は鉱物について書かれた資料の一文をトントンと指差す。
「フローライトが熱を加えられると光り、弾けるようにトルマリンにも熱を加えられると帯電する、という性質があります。おそらくコレを元にした術が椿の術なのでしょうね。その熱が、おそらく椿の体温と直結している。体温を上げると、あなたが呼び出したトルマリンたちにも熱が加えられる。…まあ、諸刃の剣ですね」
「もぐもぐ…電気放ったのがトルマリンだってのは分かったけど、フローライトは?」
内海はフローライトの資料を取り出し広げる。
「フローライトは、おそらくあの場にいたこの光を浴びた、椿とその味方側である者に対して能力の底上げを行っていたようです。現に、その場にいた菊池や大刀洗からそういった証言はとれましたので。フローライトだけじゃありません。この二種類の鉱物はパワーストーンとしても知られています。フローライトは集中力の向上、精神の安らぎといった効果。ブルートルマリンは冷静さを引き出してくれるといったように。あなたも、青い光を受けて頭が冴え渡ったのではないですか?」
「ん!そう!めっちゃ眠かったのに青い光見たら頭がすーってなったの!!」
内海は頷く。
『なるほど。いわゆるバフ効果ってやつか。サミダレ曰く集中力もだが技の威力…攻撃力も上がったと言っていた。なかなかの権能だね。しかし、封印の権能は?』
ムラサメに問われ、内海はしばし資料に目を落としたものの、困ったように笑った。
「それがですね、分からないんです。調べた限りこの鉱物たちに魔除けに特化しているといった記述は認められませんでした。だから恐らく、それこそが椿の真なる権能。術の種類は多い。誰にだって得手不得手はある。召喚術が得意な者、降霊術が得意な者、結界術が得意な者……。私は封印術を得意としますが、椿も封印術を得意としているのかもしれません」
封印術。という言葉にムラサメがわずかに顔をしかめる。ムラサメは内海に封印されていた当事者というのもあろう。
「つまり…アタシのこの術、すげーってこと?」
「まあ、そうではあるのですが……。言ったでしょう。諸刃の剣であると。発動にはあなたの体温を上げる必要がある。それも四十度近く。あなたの体が保ちませんので、無闇矢鱈には使わない方が良いかと」
椿は少ししょんぼりしてしまった。ずっとハチに助けられてばかりだったから、少しは自分の足で立てたと思っていたのに……。そんな椿の心情を見越してから、内海は優しく微笑む。
「まあ、悪魔を呼び出して戦いを行うことを主としている者もいるので、椿姫…ハチに頼るのは悪いことではありませんよ。それに。天使の力が発現したのでしょう?自身も晴れて真の妖力持ちとなり、なんと飛べる。素敵じゃないですか」
椿はチョロいので、内海の言葉にエヘヘと嬉しそうに笑う。
「まあね〜。空中遊覧も悪くないよね。今度は緊急事態じゃない時に、ゆっくり飛びたいね」
「おや、いいですね。良い夜景を知ってますよ。お供します」
「え?内海も飛べんの?」
『僕も!僕も行く!!』
気絶していたため内海の竜の姿を知らない椿。ムラサメも負けじと必死に会話に割り込んでくる。内海は楽しそうに笑った。
「空中遊覧のときは百合も、他のメンツも誘いましょうかね。ま、とにかく。椿、フローライトとトルマリン…“煌花石”の使用は慎重に、というか打開策が見つかるまであまり使わないようにね」
「はあーい」
いつの間にか名前つけてんな、と思いながら椿は残りの麺をすする。内海はそこで、思い出したようにポケットから巾着袋を取り出した。
「あなたに、コレを託そうと思いまして」
椿は一旦箸を置き、巾着を開ける。そこに入っていたのは緑と紫のグラデーションがかかった一センチほどの石がついたピアス。
「これも、フローライトです。あなたのと違って、ピンクと青ではありませんがね。…これはね。私が大事な人からもらったお守りです」
「えっ…!そんな大事なもの……」
「いいんです。きっとそれがあなたを守ってくれる。今度は、私が守る番だから」
椿は内海の言葉の意味がいまいち分からず、小首を傾げる。内海はそんな椿を愛おしそうに眺め、頭を撫でると席を立ち上がった。
「じゃあ、私はこれで。何かあったらムラサメたちに遠慮なく言うんですよ」
「分かった。ありがとう!!」
椿はうどんの優しい味のスープを大きなお椀ごと持ち上げごくごくと胃に流し込む。内海が扉に手をかける間際、ムラサメが思い出したように口を開く。
『ブルートルマリンは冷静さを引き出すと言ったが…ブルーということはピンク色のトルマリンにも何か意味はあるのか?』
内海は立ち止まり、振り返ると微笑んだ。
「ピンクトルマリンは、別名“愛の石”。恋愛運や、良縁を引き寄せるそうですよ」
ブフッ!!
椿が思わず吹き出したが、内海はふふっと上機嫌そうに笑い、病室をあとにした。




