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朱月のアリス  作者: 白塚
第3章 海軍と炎幕編
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【第3章】27話「後遺症と契約」


 静寂に包まれる街。しかし救護テントが張られている一角は未だ騒がしいままであった。氷の呪いが解け、五体満足の者は軍事用の地下シェルターへと案内されていった。中には再び業務に戻ると息巻いている憲兵も見られたが、呪いの残滓があってはいけないため、シェルターへ行くようにと命令されていた。そして、救護テント。バラバラになってしまった身体を元通りにすべく治癒系の能力を持つ者たちが必死に治療を行っていた。


 そんな中、ムラサメは未だ意識が戻らず、うなされたままの椿を抱えてテントに駆け込んだ。衛生兵に案内され椿をベッドに寝かす。


「申し訳ありません、今腕のいい軍医は皆席を外していて……」

『分かってるよ。…でも、なる早で』


 今すぐにでも椿を診て欲しいが、今はそれどころではないことくらいムラサメにも分かっていた。衛生兵が氷水を入れた袋を持って椿の額に乗せると、一礼して慌ただしく出て行った。ムラサメは人を呪うことはできても呪いを解く、治してやることはできない。歯痒さを感じながら椿の手を握る。


『ごめんね、椿……』


 すると、どたばたと音を立てて誰かが入ってきた。


「ここに寝かせればいいんだな!?」

『…サミダレ』


 菊池(サミダレ)がムラサメの姿を認め、片手を上げる。菊池は大刀洗と飯塚の二人を担いでいた。


『手伝うよ』


 ムラサメは飯塚を受け取る。かなり大柄だが、ムラサメの怪力の前にはどうということはない。二人をベッドに寝かせる。飯塚はただ気絶しているだけのようだが、大刀洗の様子がおかしい。意識はないようだが荒い呼吸をし、その身体は小刻みに震え、時折軽度の痙攣のようなものを起こしている。


『…呪いが解けてないのか?』

「分からん。ガブリエルに解呪はしてもらったはずだが…氷の呪いを受けた状態でかなり無理をしたと聞いた。…下手したら、呪いが精神面の方に及んどるのやもしれん。私にできることは、今は無い」


 がたがたと震える大刀洗に毛布をかけてやる菊池。悔しそうに唇を噛んでいる。ムラサメはそんな菊池を凝視する。


「…どうした?」

『いや。やられた喉。もう痛くないか』

「ああ、もう大丈夫だ。ホレ、この通り跡も残っていない」

『そうか。それならいいんだ』


 ムラサメは安堵したような笑みを浮かべる。


『あの白女…サミダレを傷つけやがって。祟られて死ぬとは、いい気味だ』


 ぼそりと呟いたムラサメの言葉を菊池は聞き逃さなかった。深呼吸をし、ムラサメに向き直る。


「なあ。ムラサメ――」

「神埼大尉!!お願いです止まってください!!」


 叫び声と共に勢いよくカーテンを開けて入ってきたのは、白と黒の髪に顔の縫い目が特徴的な軍医、神埼である。しかしその白衣と軍服は真っ赤に染まり、神埼自身も目や口から血を流していた。


『お前…ボロボロじゃないか。…力を使いすぎて命まで削ってるな!?一旦休んだ方が』

「黙れ。…ッハァ、素人は、黙ってろ……!」


 あまりの神埼の気迫にムラサメですら思わず押し黙る。必死に止めようとしている部下であろう衛生兵を振り払い、フラフラとした足取りで椿の顔を覗き込んだ。


「ひどい熱だ…覚醒ゆえの過労だろうな。力に身体が…ゲホッ、付いていかなかったんだろう」


 神埼は震える手で椿の額に触れる。苦しそうに呼吸していた椿の呼吸が少し落ち着く。椿の体内で荒れ狂っていた妖力を鎮め、体力を回復させたのである。神埼は激しく咳き込み、血を吐いた。倒れそうになる神埼を咄嗟に菊池が受け止める。


「神埼、神埼。もう休め。お前が保たん!」


 神埼は無視して菊池を力無く突き飛ばす。飯塚をちらりと見たが治療の必要なしと判断したのか真っ直ぐ大刀洗の元へ向かう。大刀洗は相変わらず体を震わせ、目を開いているが意識は無いようだった。


「…どうなってやがんだ。ゲボッ、ゲホッ!…呪いが抜け切ってねえ。複雑に魂にまで絡みつきやがって…。何とか、してやんねえ、と……」


 だが、神埼の身体はとうに限界を迎えていた。さらに勢いよく血を吐き出すと、その場に倒れる。菊池が受け止めるが、目を開けたまま気絶している。


「神埼!神埼!しっかりしろ!!…待ってろ、私ならお前を癒せるやも……」

「失礼いたしま…まあぁっ!!その方、どうなさったの!?」


 目を向ければそこには桃色の髪をしたひとりの天使。ガブリエルだ。後ろには内海もいる。菊池自体に治癒能力はないが、自身の眷属に限り回復、蘇生が可能なのである。神埼は菊池の眷属という位置付けにあるため、菊池が治癒を試みるが、一向に回復する気配がない。


「!?なぜだ、なぜ回復してくれない……!」


 焦った様子の菊池のそばにガブリエルが寄り、血塗れの神埼を覗き込む。


「ご自身の体力を使って他人の回復力を底上げする、治癒させるといったのがその方の権能ですね。…その方は自身の体力はおろか、命…魂まで削られたようです。内臓の損傷もそのためでしょう」


 ガブリエルは光り輝く蝶を喚び出し、神埼に纏わせる。少し神埼の表情が和らぐ。血のついた衣服を脱がし、顔中の血を拭いてから神埼をベッドに寝かせると、ガブリエルは大刀洗をも覗き込む。


「…魂にまで呪いが根を張ろうとしています。呪いを受けたまま無理をなさったのですね…中で思念体のようなものが必死に抗っていますね。守護霊のようなものでしょうか…。ルシファーさん、お水ありますか?」


 ルシファー――内海は衛生兵から受け取ったコップ一杯の水を桃色の天使に差し出す。ガブリエルはコップの水の中に輝く蝶を入れていく。蝶は水に触れるとふわっと溶けていく。ガブリエルはそっと震える大刀洗にその水を飲ませていく。口の端から微量の水が溢れるものの、ごく、ごくと飲んでいく。未だ震えは止まっていないが、痙攣は止んだ。ガブリエルは悲痛そうにその可憐な顔を歪めた。


「ごめんなさい…ここまで酷い方がいらっしゃるとは思わなくて、処置が遅くなってしまいました…。この方は、もしかしたら後遺症が残るかもしれません」

「後遺症って…ど、どんなのですか?」

「体温調節が難しくなるかもしれません。現に、ここの気温は二十五度前後なのに、こんなに凍えています。帯状疱疹のように、疲労が溜まるとこうして動けなくなってしまうことも、あるかと……」


 沈黙が下りる。ガブリエルはその大きな目に涙を浮かべている。


「本当にごめんなさい……。完全に私のミスです。この方のために、このお水…呪いを薄めるための霊水はきちんと私自身が手配いたします。この霊水をこの方には肌身離さず持っていただいて、数時間おきに飲む、ということを徹底すれば多少不便ではありますが、軍人さんとしてもこのまま働けるとは思いますが……この方には妖力が無い、というのがとてもネックでして……」


「えーと……取り込み中?」


 神埼が乱暴に開け放ったカーテンからそっと顔を覗かせたのはベリアル。大刀洗の様子を見にきたようだ。


「おや、ベリアル。こんなところでお会いするとは」

「ゲッ!?る、ルシファー様…お久しゅうございます……」


 内海の視線から逃れるようにペコペコしながらそっと大刀洗が寝かされているベッドに近づく。


「大刀洗に妖力が無いのが何でネックなんだ?」

「へ?あ、ええと。霊水をこまめに飲んでいただいていても完全に呪いの発作を抑え込めるわけでは無いといいますか。妖力をお持ちの方なら自身の妖力で呪いに抗うことができるのでこの方ほどひどくはならないのですが……」

「じゃあ、あたいが大刀洗に妖力をやるよ」


 ガブリエルが目を丸くする。内海はほうと頷いた。ムラサメが口を開く。


『なるほど。椿みたいに、契約することで妖力を得ると』

「確かにいい案ですが…ベリアル。何を企んでいる?」


 眼光鋭い内海に睨まれてベリアルはあたふたと手を顔の前で振る。


「る、ルシファー様!違います!決して下心など…いや、下心か……そ、その。この男にほ、惚れてしまったので…この男の力になって多少なりとも認められたいなあって…。だ、だから代償を求めてるわけではないんです!!じ、自己満!!そう!あたいの自己満です!!」


 内海とその後ろにいる衛生兵は微妙な顔をしているが、ガブリエルとムラサメは感心したように笑った。


「ベリアルさん…!恋する乙女って感じで素敵です!その恋、実るといいですね!」

『惚れた弱み、というやつか。分かるぞ。惚れた者には認められたい、力になりたいと思うものだからな』


 分かってくれるっすか!とキラキラした目で見つめ合う三人を横目に内海はため息をついた。


「まあ、いいでしょう。悪巧みをしていないのは分かりました。彼とはもう仮契約は済んでいるのでしょう?それなら早く…」

「寒い…何だここ……ベリアル?」


 大刀洗が目を覚ましたのだ。菊池とベリアルが咄嗟に顔を覗き込む。菊池が説明する。


「大刀洗。寝起きで悪いが今すぐにベリアルと契約してくれ。お前の命に関わる。安心しろ、ルシファーの前で悪巧みはしないと誓ってもらったからお前に不利はない。何かを差し出す必要もない」

「ち、誓ってはないけど…大刀洗!あたいと契約してくれるか!?あんたの命が大事なんだよ!!」

「…分かった………する……」


 大刀洗が呟いた瞬間、大刀洗の手の甲に紋様のようなものが刻み込まれる。


「契約完了だ。これで晴れてあんたはあたいの契約主(マスター)だぜ。妖力はもう共有されてるはずだ。少しは楽になったか?」

「ああ…さっきよりは全然良い……」


 ゆっくりと大刀洗は上半身を起こす。ガブリエルは大刀洗のタフさに驚いたようだったが、謝罪の言葉を口にしようとして大刀洗に制される。ガブリエルは取り急ぎ作った大量の霊水を置くと、他のテントを回るため内海と共に去って行った。内海が居なくなったのを見届けて、ベリアルは大刀洗に向き直った。


「なあ…。さっき何も差し出す必要はないと言ったが…一個だけ、いいか」

「おい、ふざけるなよ貴様…」

「コウさん、いい。…何がいいんだ」


 金色の目を光らせてベリアルに掴み掛かろうとした菊池を大刀洗は止め、ベリアルに目を向ける。


「そ、そのな。…キス、してほしい」


 菊池とムラサメはぽかんと口を開ける。ベリアルは淫らな悪魔として名を馳せる。だからこそ乙女のような要求に菊池とムラサメは驚いたわけだが。しかし、関係ないとばかりに大刀洗はふっと微笑むと、一気にベリアルと距離を詰め、その頭を掴むと口付けを交わした。


「んっ……!?」


 さすがのベリアルも驚愕の表情を見せる。大刀洗は唇を重ね合うだけでは物足りないと感じたのか、ベリアルの口に舌を入れる。


 菊池は目の前で突然キスシーン、それもディープキスに発展したことに驚き、何となくムラサメの目を手で覆うがバシッと弾き返された。見れば『子供扱いするな』とでも言いたげな目でこちらを睨んでいる。


「ぷ、ぷはっ。お、おまえ本当に人間か!?テクが高度すぎる!!」

「うるせえよ、てめーがキスしてえって言ったんだろうがよ」


 顔を赤らめ目を見開いているベリアルを尻目に、人生二周目舐めんな、と呟きながら口元を裾で拭う軍神。しかしまた寒くなったのか、毛布にだるまのようにくるまってしまった。


 菊池とムラサメは、何はともあれ椿が起きていなくてよかったと思っていた。

 

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